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サマー・ロスト 剣を捨てた無気力少年、負けたら「存在消滅」のデスゲームで覚醒する。  作者: うにまる
一章

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第1話 終わる日常

 夏休みが明けて、すでに数週間。

 俺の中にはまだ、夏の残りカスがしつこく居座っている。


 そいつは妙に粘着質で、いつまでも晴れない不快感のように、俺の心にへばりついていた。


 俺の名は倉田義経くらたよしつね

 ここ、東陵高校とうりょうこうこうに通う一年生だ。


 特に目標もなく、部活にも入っていない。放課後は即帰宅。一言で言うなら、めんどくさがりの極致のような人間である。


 通っている東陵高校もまた、どこを切り取っても『普通』を体現しているような場所だ。


 校舎は新旧の建物が混在し、設備は新しくもなく古くもない。進学率も治安も、すべてが『そこそこ』で統一された学校──それが俺の日常だ。


 ホームルームが終わり、机に突っ伏して小さく吐き出す。


(……つまんねえな)


 部活へと向かう者、遊びに行く者、熱心に自習に励む者。 クラスの活気とは裏腹に、俺だけが完全に蚊帳の外だ。


「ヨシツネー、放課後どっか行こー!」


……そんな明るい声が、俺に向けられることはもうとっくになくなった。

 いや、もしかしたら最初からなかったのかもしれない。


 教室の隅には、朝倉優翔あさくらゆうとがいた。 昔の親友。今は部活仲間と楽しそうに笑い合っている。自然体で、光を放っているかのように眩しい。


 俺とは──もう、住む世界が分かれてしまった人間だ。


「……帰るか」


 カバンを肩にかけて、放課後の喧騒を抜ける。 誰とも関わらず、ただのその他大勢のまま、校舎を出た。


 外はまだ夏の名残が濃い。カップル、部活仲間、スマホに夢中なグループ。輝くような生徒たちがすれ違っていく。 羨ましい? 


……いや、そんなわけない。 そう否定するほど、胸の奥がチクッと痛む。


(今日も、何も変わらなかったな)


 そう呟きながら、バス停へ向かう。


「……あれ?」


 バス停のベンチ。薄い青の木製。見慣れたはずの風景なのに、妙な違和感が走る。

 昨日まで、グレーの金属製じゃなかっただろうか。誰が、いつ、変えた?


 何かを忘れている。あるいは、何かのピースが抜け落ちている。最近そんなことが多い気がする。


(思い出せない……)


 最近、こういう瞬間が増えている。

 何かをなくした感覚。大事な何かが抜け落ちたまま、戻ってこない感覚。


「……気のせいだろう」


 そう自分に言い聞かせて、バスに乗り込んだ。

 家に帰ると、俺は制服のままベッドに倒れ込む。


 天井を見つめ、何も考えずに過ごす──いつもの怠惰な時間。


 でも、どうしても思い出す。 昔は違った。俺にもはっきりとした夢があった。 剣道。小さい頃から打ち込み、勝って当然、期待されて当然。充実した日々。


 けれど、あの日を境にすべてが変わった。


  不快な気分と、手の中の竹刀の重さだけが、やけに現実的だった。 以来、道場にも剣道部にも顔を出していない。 部屋の隅に転がる竹刀とメダルは、今ではただのガラクタだ。


 スマホを開くと、クラスのグループチャットが流れていた。 だが、俺に向けられたメッセージは一つもない。 幼なじみだったユウトでさえ、夏休み明けから妙に距離を置くようになった。


……気づかないうちに、嫌われたのかもしれない。理由はわからない。


***


 その夜、俺は夢を見た。 内容は覚えていない。── 誰かが泣いていた。誰かが、俺の名前を呼んでいた。 それだけが、胸の奥に焼きついていた。


「…………」


 布団の中で、無意識に拳を握る。 理由なんてない。ただ──ひどく、内臓を掴まれるような胸の苦しさだった。


***


 ふあぁ……と、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。 いや、正確には、昨日からずっと深い眠りにはつけていない気がする。


 剣道のことを思い出すたび、頭の中に嫌な記憶がちらつく。そのたび、昨日も今日も、眠りが浅い。


 今さら未練なんて──ない。……はずだ。


 顔を洗い、制服に袖を通す。 鏡の前の自分は、やる気ゼロの無気力な高校生だ。 でも学校には行く。惰性でも登校さえすれば普通の高校生のフリはできるから。


 学校はバス停から徒歩五分。坂の上にある校舎は、どこも丁寧に手入れされている。


 クラスに着けば、いつもの光景。 ワイワイ騒ぐ女子。やたらテンションの高い男子。 仲良しグループの輪の中で、俺の居場所はない。 まあ、別に構わない。


 ユウトの姿も見える。窓際でスマホを見ている。 目が合っても、お互いそっと視線を逸らす。 理由は──わからない。いや、本当はわかっている。夢を捨てた、無気力な俺に愛想が尽きただけなのだろう。


「よう、ヨシツネくん。今日も元気ないねぇ」


 隣の羽佐間はざまが軽口を叩く。図々しいけど、悪い奴じゃない。適当に相槌を打とうとした、その瞬間。


「そういえばさ──昨日の夕方、バス停にいたよな?」


(……え?)


「なんか、ずっと同じ場所で立ち尽くしてたけど、大丈夫か? 誰かを待ってたのか?」


 背筋がひやりと冷えた。


──俺は昨日、ベンチに座ってすぐにバスに乗って帰ったはずだ。

 立ち尽くしていた記憶なんて、ない。

 思い出そうとした瞬間、脳の奥で電流のような鋭い痛みが走った。


 キーンコーン、カーンコーン……


 クラスの喧騒がチャイムによって途切れた、その一瞬。鋭い音。それは、女性の、悲鳴ではない、心臓を締め付けられるような、切なく、懐かしい「嗚咽」のような音だった。


『ヨシツネ……』


──その声は、泣きながら、確かに俺の名を呼んだ気がした。


 全身の血が、一瞬で熱くなる。この声を知っている。この感情を知っている。幼い頃から、何度も何度も。


──俺は、何を忘れている?


 言語化できない。何かがおかしい。


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