第17話 迫りくる絶望の予兆
俺とベンケイが食べ終わる頃には、銀のおかもち二つに、きっちり六人前の長谷川飯が収まっていた。
「出前、頼むぞ」
ユメと一つずつおかもちを抱えて、模型店へ向かう。二軒隣、歩いても五分とかからない距離だ。
店の前に着くと、すでに仲間たちが顔を出していた。
「……長谷川飯か?」
雷人が尋ねる。俺は無言でうなずいた。 その瞬間、全員の表情がほころぶ。確かにこれは美味い。正直、藍太郎はこの道で食っていけるだろう。
出前を終えて店に戻ると、テーブルの上にはすでに三皿の長谷川飯が並んでいた。
「それでは我々も昼食にしましょう」
「じゃあ、俺は洗い物しますね」
食べ終わった俺にできることはそれくらいだ。
「いえ、大丈夫です、このままで。どうせここにはもう戻りませんから」
そうか……この世界は戦いが終われば消える。なら片付けなくても──いや、それでも何か引っかかるな。
「ヨシツネくんは警戒。敵が来たら真っ先に動いてもらうからね」
ユメがイタズラっぽく笑う。 まるで、戦闘より昼飯の方が重要と言わんばかりだ。
「まぁ、昼飯時に敵は滅多に来ないけどな。向こうも飯食ってんだろ。デザートでも食えよ。コーヒーゼリーか杏仁豆腐、どっちがいい?」
ネムルが冷蔵庫を覗きながら、話しかけてくる。
「ああ、じゃあコーヒーゼリーを頼むよ」
すぐに皿へ特盛で盛ってくれた。こういうことは手際がいい。
「それじゃ、いただきます」
四人でテーブルを囲む。ベンケイはもうお腹いっぱいらしく、影の中で丸まって寝ていた。車でも、ここでもずっと食ってたからな。
俺もスプーンを手に取り、ゼリーを口へ運ぶ。
「それで……ついて来れそうですか?」
藍太郎が真剣な目で問いかける。
初めて能力者同士の戦闘を経験した。剣道とはまるで別の世界。 足は負傷したが、なんとか一人は倒せた。
それでも──ネムルが傷を負ったのは、俺の判断ミスだ。
「まだわかりません。でも、次は……迷惑かけないようにします」
「次から、ですか。年明けには新しいはんを決めます。その時までに結果を残してください」
なるほど。三年生は卒業する。 つまり、九条班も真田班も消え、今の一年生から新たな班長が生まれるということか。
現班長は三年が二人、二年が二人。すでに次代を見据えた構成なんだろう。
──ナツキを取り戻すためにも、班を率いる立場は有利だ。
「はい。選ばれるよう努力します」
「おおー」
ネムルが感心したように声を漏らす。
「長谷川飯を継ぐのは、ネムルくんかヨシツネくんか……ユメさんも狙っていいんですよ」
「私は遠慮します」
ユメが微笑んで首を振る。
「懐かしいですね。私も九条飯を受け継ぎ、ここまで来ました。でも、九条先輩の域にはまだまだ届きません」
藍太郎が遠くを見るように言う。
──そうか、去年は九条班だったのか。
「飯に選ばれるというのは、その年で最も資質ある者という意味です。ぜひ、勝ち抜いてください」
ユメが何か言いたそうに、少し呆れ顔で俺を見てくる。
なんだ? 俺の決意が足りないとでも言うのか?
「はい、長谷川班を超える倉田班を作れるように努力します」
「長谷川飯を超える倉田飯……楽しみにしてますよ」
藍太郎が満足げに頷く。どうやら期待に応えられたらしい。
和やかな笑い声が店内に満ちる中、初日の昼食は静かに幕を閉じた。
***
ユメが食後の杏仁豆腐に手を伸ばそうとしていたその時、ユウトがひょこっと顔を出してきた。
「長谷川さん、ごちそうさまでした!今日も本当に美味しかったです!」
深々と頭を下げる姿は、まるで弟子が師匠に礼を尽くすようだった。
「それで、真田さんがお呼びです」
どうやら伝令の役らしい。
「はい、了解しました」
藍太郎は静かに席を立ち、店を後にした。
残された俺は、ユウトに手招きされ、店の入り口近くにある木の椅子へと並んで座る。
視線を向けると、ネムルが小上がりの畳でゴロンと寝転がっていた。完全にリラックスモードだ。 ……あれはもう昼寝寸前だな。
「……大丈夫そう?」
ユウトが小声で訊いてくる。
初めての戦闘。大丈夫かと問われれば、正直わからない。けれど、やらなきゃいけないことはある。
「ああ。班長を目指そうと思う」
言葉にすることで、自分に言い聞かせるように。 逃げないために。
「そっか。うん、それもいいかもね」
ユウトは穏やかに笑った。その笑顔が、妙に背中を押してくれる。
たぶん、剣道をやめた情けない俺のこと、ずっと心配してくれてたんだろうな。 ……まるで保護者みたいだ。
「ユウトくんもデザート食べる?」
スプーンを咥えながらユメが声をかけてくる。
「お、マジ?何があるんだ?」
「コーヒーゼリーと杏仁豆腐だってさ」
俺が答える。
「あ、あと冷凍庫にアイスもあるかも」
「じゃあ、バニラアイスあるかな」
ユウトが厨房に向かおうとすると、ユメが笑いながら手を振った。
「いいよ、座ってて」
しばらくして、山盛りのアイスが三つ、テーブルに並ぶ。
「私も食べたくなっちゃって」
ユメが照れ笑いしながら、俺の分まで用意してくれたようだ。
「ちなみにヨシツネくん、この世界でいくら食べても現実では太らないのよ」
ビシッと指を差される。 ……いや、俺はダイエットしてないけど。まあ、女の子には死活問題なんだろう。
三人でアイスを囲む。
「そういえば、私とネムルって幼なじみなんだけど、二人も?」
「そうだね。ナツキっていたでしょ? 三人でいつも遊んでたよ」
ユウトが答えると、ユメの表情が一瞬、陰る。
「そっか……ナツキちゃん、いい子だったもんね」
俺がナツキは──と言いかけたその瞬間。
「来るぞ。十五人くらいだ!」
ネムルがガバッと起き上がり、叫ぶ。
その表情から、先ほどまでの眠たげな色は完全に消え失せていた。




