第14話 鮮血の初陣
指定された交番に着くと、真田と一年の女子が立っていた。 ユウトの姿は見当たらない。
「プールサイドに黎明のルークを確認。向こうはこちらの南東に設置したルークを狙っているらしい。最低四名確認」
真田は必要最小限の情報を淡々と伝える。無駄のない報告だ。
「雷人、南東ルーク側の指揮は頼んだ」
「了解です、模型店ですよね?」
真田が頷くと、雷人は交番のそばに停めてあったバイクに跨がり、そのまま去っていった。
「さぁ、デビュー戦だな」
真田がにっこりと笑ってこちらを振り返る。
「んじゃ、俺とヨシツネで壊してくる。サポートは任せた。いくぞ」
クイッと顎で合図するその仕草に、思わず俺の心臓が早鐘を打つ。
……ええ?
『行くゾ!』
なんでお前までやる気満々なんだよ!?
藍太郎はウンウンと頷き、ネムルは彼女と談笑している。真田班の一年は、あからさまに同情じみた目を向けてきた。
「おーい、置いてくぞー」
真田の声が背中を押す。
(軽すぎるだろ、コンビニに行くんじゃないんだから)
とはいえプールまでは五百メートル程度。置いていかれるわけにもいかず、俺は慌てて駆け出した。
──後五回は死ねるんだ。やるしかない。もちろん死にたくはないが。
数十歩進んだところで、空気がガラリと変わった。 喉に薄い膜が張りつくような息苦しさ。熱はないのに、まるで乾いたサウナに放り込まれたみたいな違和感だ。
「黎明のエリアに入ったな。すぐ来るぞ」
真田が告げる通り、道の先に黎明の制服を纏った二人が現れて道を塞いだ。
「左をやれ。ただの鞭使いだ」
言葉は簡潔だが、俺の腹の底には冷たいものが落ちる。
いや、言うのは簡単だが──俺は竹刀相手にしか戦ったことがない。鞭は未知だ。間合いは四メートルくらいか、明らかに不利だろう。
構えの中、相手を見やる。黒髪をハーフアップにまとめ、鋭い目を持つ少女。知的で冷たい空気を纏っている。 こんな普通の子を──斬らなければならないのか。
だが、彼女は仕掛けてこない。守りに徹し、時間を稼いでいるのか。仲間を待っているのか。それとも、俺という未知の存在を警戒しているのか。
『任せロ!』
思案している隙に影からベンケイが飛び出した。完璧な奇襲だ。 相手は刀を警戒していたのか、一瞬、顔を強張らせる。……いや、俺自身も驚いている。
ベンケイが爪を伸ばして首筋を狙う。 直前、鞭がスッと差し出されて防がれた。だがさらにもう一本、左手から鞭が伸びてきてベンケイを弾き飛ばす。 よく見ると、鞭を“持っている”のではない。手の先そのものが鞭へと変化しているのだ。
「どこが“ただの鞭使い”だよ!」
ツッコミを呑み込みつつ、ベンケイが作った隙に乗じて右の鞭を斬りつける。
──スパッ。意外にも、あっさり切れた。思ったより切れる。行けるかもしれない。
しかし返す刀で左の腕を狙った瞬間、切ったはずの右鞭がぐるりと絡みつき、体勢を崩される。
「だからどこが“ただの”なんだよ!」
と叫ぶ間もなく、相手の左鞭が頭を狙って襲いかかる。 だがそれを、ベンケイが真正面から受け止めた。
絡んだ鞭を一息で断ち切り、俺はハッとする。 これは試合じゃない、生き残りを賭けた本当の戦いだ。
左腕を切るフェイントを入れて、代わりに渾身の蹴りを腹に叩き込む。
「……くっ」
少女が声を漏らし、地面に崩れる。
人を蹴る罪悪感がないわけではない。だが向こうは本気で殺しに来ている。こちらも覚悟を決めるしかない。
倒れた彼女の首元へ刃を振り下ろそうとした、その瞬間—— 甲高い金属音が鳴り響いた。 俺の刃を遮ったのは、飛び込んできた奇妙な機械だ。
「おまたせ」
鋭い目をした、ひょろっとした少年がそこに立っていた。 新たに現れた少年の背後には、小型のドローンが三機。カタカタと羽音を立てながら、獲物を狙う蜂のように浮遊している。
「おいおい、女相手にそこまでやるかよ。──やっぱ東陵は容赦ねぇな」
少年は唇の端を吊り上げ、挑発するように笑った。
返す間もなく、一機が急降下。金属の羽が閃き、俺の刀に当たって火花が散る。
「くっ……!」
少女の鞭とは違う。速い。しかも四機のドローンが連携し、休む間もなく襲いかかってくる。
一体の攻撃は軽いが、数とタイミングの連携が厄介だ。 ベンケイとの連携でなんとか凌ぐものの、押し切られるのは時間の問題だった。
「立てるか、レンカ」
「……まだ、やれる」
少女が再び鞭を形作る。その隣で、少年がにやりと笑った。
──ドローンだけでも手一杯なのに、鞭まで加われば完全に不利。どちらかを先に潰すしかない。
その時、ふわりと白いものが視界を横切った。綿のようなものが鞭に絡みつき、動きを止める。
「そっちは任せて」
背後から、ユメの落ち着いた声が届く。
振り返ると、ネムルとユメが駆けつけていた。 この場はネムルとユメ──長谷川班の一年コンビが俺のフォローか。 ネムルは「防御は任せろ」と言っていた。
なら……信じるしかない。多少の無茶でも支えてくれるはずだ。
──よし、狙うはドローン使い。
『ベンケイ、一機目を止めろ』
『任せロ!』
影がうねり、ベンケイが飛び出す。
一機をベンケイが落とし、二機目を俺が崩せば、あとは首を狙うだけ。三、四機目はネムルの防御に任せる、最悪でも相打ちには持ち込める。
(……頼んだぞ)
その時、ドローン使いの視線が一瞬逸れた。 新しい敵に注意が向いたのだろう。
そのわずかな隙を逃さず、俺は飛び込む。
四機のドローンが同時に俺に殺到する。
あと二歩。首筋を狙った一機をベンケイが弾き飛ばす。 あと一歩。右脇腹を狙ってきた二機目を刀の柄で叩き落とし、そのまま相手の首を突いた。
「──くひゅっ!」
イヌカイの喉から苦鳴が漏れる。同時に左足に激痛。三機目が突き刺さっていたらしい。
膝が崩れかける──だが、四機目は枕のようなものに押し潰されていた。ネムルの能力らしい。
……腹に穴が開いていてもおかしくなかった一撃を防いでくれた。だが、できれば二体とも止めてほしかったところだ。
「イヌカイ!」
レンカと呼ばれた少女が悲痛な声を上げる。
──枕と綿じゃ、トドメは刺せないかも知れない。俺がやるしかない。
だが、足に突き刺さったドローンの爪が動きを封じていた。
やがて、イヌカイと呼ばれた少年が完全に光へと変わり、消滅する。その瞬間、残っていたドローンも同時に霧散した。
「……クソッ!」
レンカが叫び、鞭を荒れ狂わせて綿を振り払う。触手が地面を裂き、街灯をへし折った。
間に倒れ込む街灯を背に、少女は逃げ出す。
「待て!」
刀を握り締めたが、足の激痛で追えない。 視界の端で、レンカの鋭い瞳と一瞬ぶつかる。彼女は路地裏の闇に消えていった。
三対一での戦いより、仲間との合流とルークの防衛を優先したのだろう。敵ながら、見事な判断だ。
静寂。消滅したドローンの羽音が、まだ耳に残っている気がする。 俺は大きく息を吐き、地面に片膝をつく。
「……とりあえず、初戦は勝ちだな」
背後からネムルの声がした。




