第12話 爽やかな朝、あるいは殺し合い
みんなに続いて玄関へ向かうと、真田とユウト、そして四人の生徒に出会った。真田班は六人編成らしい。 ユウトがひらひらと手を振っていた。 軽く笑顔を返す。
校庭に出ると、キングの前に二十一人全員が集まっていた。 談笑する者、独り言をつぶやく者、ストレッチに励む者──それぞれ思い思いに時間を過ごしている。 リラックスしている者もいれば、やはりどこか緊張感を漂わせる者もいる。これから戦いに向かうのだから当然だ。
「パン、パン」
九条が手を叩くと、全員の視線が一瞬で集まった。
「昨日はお疲れ様。よく眠れたかな? おかげで首尾よく四箇所のルークを設置できた」
昨日の成果を手短に報告する。
「そして、新しく仲間が増えた。一年の倉田義経くんだ」
視線が一瞬で俺に集中する。背中に冷たい汗が流れる。 大勢に見られることに慣れていない。こういう場面が、一番苦手だ。
とりあえず「どうも」とだけ口にして頭を下げる。案の定、居心地は悪い。
「近接戦闘系なので長谷川班に入ってもらう。おいおい交流を深めて欲しい。さて、望月くん」
呼ばれた生徒が前に出る。 三年生だろうか、背は高く、銀縁の細フレーム眼鏡をかけている。冷たく整った顔立ちに知性の光が宿り、隙のない佇まいが鋭さと威圧感を際立たせる。
「ああ、今日の作戦だ」
その声は落ち着いていて無駄がなく、空気を切り裂くような冷徹さがある。
「今日は主に黎明のルークを削る。暁天は聖グと当たるだろう。桐谷は聖グのフォロー、真田は黎明の削りに回ってくれ。長谷川はビジョップの回収後、真田に合流」
一つ一つ指示を落ち着いて伝え、皆が頷く。話が流れることで、注目が逸れたことに内心ほっとする。やはり大勢の前で紹介されるのは苦手だ。
そのとき、キングから奇怪な音が響く。
「ガガ……ビリリ……ヒュウウ……」
機械が軋むような、不協和音が混ざった音。音楽とも雑音とも言えず、異界から漏れ出した声のようでもある。
「ヌル…」
男の低い声にも似たものが聞こえると同時に、凛が光に包まれた。
「おしっ」
先ほどまでの気怠そうな雰囲気は消え、髪をサッとポニーテールに結び、拳を胸の前でトンと打ち合わせる。戦闘モードに切り替わったのだろう。 足元から光が濃くなり、徐々に消えていく。
「長谷川!」
望月が叫ぶ。
「鴉羽高校北東、スケートパーク近くの公園です」
デバイスを覗き込みながら藍太郎が答える。
「早めにエリアから離脱して、北西へ。スポーツのタムラ周辺で合流しろ」
タムラ……昔よく剣道具を買いに行ってたあそこか。 昔は田村武道具という店だったが、リニューアルしてスポーツ全般の道具を売っている。その経緯から格闘技系のものが多い。
修武館御用達のお店だが、スポーツをやってない人間には縁がなく、大きな店でもなく有名でもないだろう。
「オッケっす」
凛は指でマルを作る。即答のあたり、格闘技経験者なのだろうか。
「無事で」
九条が祈るような目を向ける。死なないで欲しい──その願いが伝わる。
「はい」
光が強くなり、凛が完全に消えた。
「斉藤、長谷川班に」
「はいよ」
望月の指示で、藍太郎が最後のポジベリを雷人に渡す。 昨日食堂で揉めていた二人だが、今日は一緒の班に加わるのか。ちょっと心配だが、まあなんとかなるんだろう。
「よし、始めよう」
九条の声が響き、戦いの幕が開く。
──不安もある。でも、それ以上に、高揚感がこみ上げる。
(さあ、行くぞ)
心の中で小さく呟く。
こっち、と藍太郎が目線で合図してくる。俺は頷き、校門の方へ向かった。
途中でユウトと目が合う。言葉はいらない。視線だけで「頑張ろう」と伝わった。 長年の付き合いの安心感を実感する。
駐車場にはごつい四駆が停まっていた。角張ったフォルムに重厚な車体。まるで悪路も力ずくで進むような風格だ。
「ヨシツネくんは後ろに乗ってくれたまえ」
藍太郎の声に従い、俺は後部座席に。助手席には雷人。緊張が少し高まる。
「俺たちは先行します」
ネムルが低いシートのアメリカンなバイクに跨り、ユメが自然とその後ろに。息の合った動作が微笑ましい。
合流地点までは車で二十分ほど。時計は七時五十九分。バリアが徐々に薄れ、八時、完全に消える。 車もバイクも動き出した。
「市民プール近くに聖グ生。スルーでいい」
ダッシュボードのデバイスから望月の声が聞こえる。
「了解」
「そういや、ヨシツネって言ったか? 能力は使っておかなくて良いのか?」
雷人が助手席から声をかけてくる。 なるほど、もういつ戦闘になってもおかしく無いのか。
「ああ、そうですね」
『ベンケイ、出てくるか?』
返事はないが、影からヌルッと出てきた。相変わらず愛想のないやつだ。
「ちなみに俺の能力は中距離。つまり十メートル前後までなら攻撃できる。あいつらも大体そんな感じだ」
雷人がフロントガラス越しに、前のバイクの二人を指さす。 なるほど、能力にも射程があるのか。
「基本的に、距離が長く使える能力ほど攻撃性は低い。遠距離まで効果を及ぼすのは、偵察とか妨害とかだ」
たしかに、もし遠距離から強力な攻撃を一方的にできるなら、この戦いなんてとっくに終わってるはずだ。
「十メートルって言うと、バスくらいの長さですね」
運転席の藍太郎が補足してくれる。 確かにそれならイメージしやすい。通学で毎日乗ってたしな。敵に出会ったら、その距離を意識すべきってことか。
「まだ具体的にはわからねえだろうが、刀ってことは近接系なんだろ?」
「そう……なんですかね?」
実際、俺自身もまだ感覚が掴めていない。
「まあ、戦闘になったらとりあえず突っ込んでみろ」
笑いながら雷人が言う。 なんとも大雑把なアドバイスだ。
「サポートはするから安心してください。何事も早めに経験しておいた方がいいので」
藍太郎が優しくフォローしてくれる。
……何事もって、死ぬ経験も含まれてないよな?
『安心しろヨ。ヨシツネには、かすり傷一つ負わせナイ』
『それは頼もしいことで』
ベンケイはユウトからもらった梅干しグミをくわえて、機嫌が良いのか満足げに尻尾を振っている。
エンジン音に揺られながら、俺は窓の外を眺めた。
「ヨシツネくん、酔いそうなら早めに言ってくださいね」
藍太郎がバックミラー越しに声をかけてくる。
「いえ、大丈夫です」
「この車ってシートふかふかだろ。気づいたら寝てるんだよな」
雷人があくびをしながら背もたれに沈み込む。確かに座り心地がいい。
「たしかに、乗り心地良いです。これ高級車ですよね。長谷川先輩のなんですか?」
思わず口に出すと、助手席の雷人が一瞬こっちを見て、にやりと笑った。
「当然、盗んだものだ」
「えっと……」
「異世界なんだから問題ない」
……そっか、まぁ俺たちしかいないんだからな。でも納得していいのかこれ。倫理観がブレそうだ。
雷人が再びこちらを向き、口を開いた。
「で、ヨシツネ。運転はできるか?」
「え、できないですけど……」
年齢的に免許を持てるはずないし。当然だろう。
「じゃ、今日の夜から運転の練習だ。こっちじゃ運転必須だから」
まあ、この世界じゃ移動手段として重要なんだろうな。
「はい……わかりました」
必須なのなら仕方ないだろう。
「運転なんてすぐ覚えますよ」
藍太郎がサラッと言う。そういうものか。
「音楽かけるぞ」
雷人がスマホを車のオーディオに接続する。 ゆったりとしたビートとジャジーなメロディが車内に響く。
盗んだ車で無免許運転練習か。心の中で思わず突っ込む。 でも、先輩たちは全く普通に会話している。
──この世界じゃ、これが日常らしい。
少しだけ笑ってしまう自分に気づき、俺は窓の外に視線を戻す。
流れる街路樹、朝の光、清々しい空気で始まる殺し合い。 ──何だかんだで、俺、ちゃんとこの世界に巻き込まれてるんだな、と実感した。




