第10話 歪んだ誓い
ユウトの後について階段を登ると、一つの教室の前で足を止めた。
「一年はこの部屋だ。藤守にはもう会った?」
「うん、さっき会ったよ」
「あいつの能力でベッドとか出してくれるから、多分準備は整ってると思うけど……」
ユウトが教室を覗き込むと、きちんと五つのベッドが並んでいた。
「うん、ちゃんと増えてるな」
確認を終えたユウトは言った。
「じゃあ、そのベッド使って。……って、荷物とかは持ってないよね?」
「ああ、手ぶらだ」
「なら、屋上でも行こうか」
屋上に出ると、ユウトはポケットから無造作にパックのオレンジジュースを取り出し、俺に手渡してきた。いかにもユウトらしい気遣いだ。
「さて……何から話せばいいかな」
その前に、俺は言わなければならないことがあった。
「その前に、ごめん」
ユウトは驚いた表情を見せる。
「何が?」
「色々さ。一人で抱え込ませちゃったんだろ」
その瞬間、ユウトの表情が一瞬崩れそうになる。
「……ベンケイって名前の、刀を出す能力……もう戦えるのか? お前」
震える声で尋ねてくる。ずっと心配してくれていたんだな、とわかる。
「ああ、ごめんな。俺、ずっと情けなかった」
「いや、記憶を弄られていたんだ。仕方ないよ」
ユウトの言葉に胸の奥が少し温かくなる。
「そっか……まあ、巻き込まれたのは不運だけど、吹っ切れられたなら、それでいいのかもね。ナツキも、今のヨシツネを見て喜ぶと思う」
そして、ユウトも目を伏せがちに謝ってきた。
「それと……ナツキを守り切れなくて、ごめん」
さっきまで俺はナツキのことを忘れていた。責められる立場じゃない。 ユウトと気まずくなっていたのは、多分ユウト自身が罪悪感を抱えていたからだろう。
昔からこいつはそうだ——親友の苦しみを想像すると、自分の胸も締め付けられる。 何を言えばいいのか、答えは出ない。責めるのも違う、許すのも違う。正解なんてないのかもしれない。
「……うん」
結局、曖昧な返事しかできなかった。
「このゲーム……っていうか、よくわからないけど……俺は消えたくない。ユウトにも、もちろん先輩たちにも消えてほしくない。だから、強くなりたい」
「そうだね」
今度はユウトが、曖昧な返事を返す番だった。
「そもそも、なんで戦うんだ? 殺し合いなんて、普通に考えたら異常だろ」
ユウトは腕を組み、少し迷うように沈黙する。 そしてやっと口を開いた。
「今、言っていいか分からないけど……多分、ナツキは生き返らせられる」
「は?」
ユウトは続ける。
「さっき、能力をもらったモニュメントがあっただろ? よその学校のアレを破壊すれば、裏報酬として生き返らせられるらしい」
「……あの王様ってやつのことか?」
「あー、そうそう」
ナツキのために他校を潰すのか——それは許されるのだろうか?
「俺はやるつもりだ」
ユウトの瞳には迷いがない。その強さに胸を打たれつつも、心はざわめいていた。
ナツキと会いたい。その思いは誰よりも強い。 しかし、それは、他校の数百人の未来を奪うことでもある。
……それでも、俺も。
他人の願いを奪ってでも、自分の願いを選ぶ。 それは誰かから見れば醜い選択かもしれない。 けれど今は、もう二度と大切なものを失いたくない。
俺は黙って握りこぶしをユウトに差し出す。 ユウトも同じように拳を作り、突き合わせた。
ナツキが帰ってくるなら、異常者にでもなってやろうじゃないか。
その後も、ユウトとは様々な話をした。 この世界のこと、子供の頃の思い出、ナツキの話、そしてベンケイのこと。ユウトの能力についても聞けて、有意義な時間になったと思う。
話が一段落した頃、ベンケイが足元にまとわりつき、恨めしそうに「クワッ」と口を開ける。
「……梅干が欲しいのか?」
どうやら図星らしい。 ベンケイは尻尾を振り、期待に満ちた目で見上げてくる。
仕方なく俺たちは食堂へ移動することにした。
「さすがにもう誰もいないか」
十時頃だろうか。広い食堂は電気が消えて真っ暗だ。 ユウトが電気をつけると、冷蔵庫で梅干のパックを見つけ、ベンケイに手渡す。 ベンケイの目が輝き、喜びを全身で表していた。
「熱中症対策かな。あってよかったね」
とユウトは微笑む。 その優しい眼差しが、ユウトらしい。
「そういえば、一年は五人だっけ?」
ベッドの数を思い出し口に出すと、ユウトが答える。
「あー、うん。男子はそうだね。女子と合わせて十……いや、ヨシツネが入って十一人か」
そういえば男女別だったな。
「うちのクラスって誰かいるの?」
「女子だけど東海林さん。あとは別のクラスだね」
「あんまり面識ないな」
社交的じゃない俺には当然のことだ。それを察したか、ユウトが笑ってフォローしてくれる。
「まずは長谷川班の人たちから交流していけばいいんじゃないかな?」
さすが親友、コミュ障への的確なアドバイスだ。
「班は四つ。各班大体五〜六人編成。攻撃班が真田先輩、遊撃班が長谷川先輩、迎撃班が桐谷先輩、防衛班が九条先輩」
「桐谷先輩……?」
聞き覚えのない名前に思わず問い返す。
「他の先輩に比べて静かな感じだから知らないかもね」
「確かに三年の二人は有名人だから知ってただけだしな」
「まあ、そのうち会うんじゃないかな……」
そう言ってユウトは笑って肩をすくめた。 俺としても、まだ会っていない先輩のことをあれこれ考えても仕方がない。ここに来てから、知らないことの方が圧倒的に多いんだから。
ベンケイは、酸っぱい顔と嬉しそうな顔を交互に見せながら、パックの梅干をあっという間に平らげた。
十粒って約束だったはずが、二十粒以上あった気がする。それでもベンケイが喜んでいるなら問題ない。
「さて、そろそろ寝ようか。シャワー浴びる?」
ユウトはベンケイの満足そうな顔を確認してから、穏やかに声をかける。
「ああ」
今日は色々ありすぎて、頭の中はまだぐるぐるしている。 ユウトと話して少し落ち着いたとはいえ、すぐ眠れるとは思えない。 だがシャワーを浴びれば、少しは気分も落ち着くだろう。
そう思い、ユウトの勧めに従ってシャワー室へ向かう。途中、日用品置き場で歯ブラシや石鹸、下着などを受け取る。
「ここのは自由に使っていいから、こだわりがあるなら明日コンビニででも揃えてね」
二人で体育館に行き、シャワーで汗を流す。置いてあった下着は緑・白・青のストライプの入ったコンビニブランドで、意外と良い代物だった。 こういうことも自分たちでやらないといけないんだなと実感する。
教室に戻ると、すでに室内は暗くなっていた。 どうやら他の生徒たちは寝ているらしい。 今さら挨拶のために声をかけるのは、空気を読めていない気がする。
「なあ」
ヒソヒソ声で話しかける。
「寝てていいのか? 王様を守らなくて」
「ああ、六時のサイレンが鳴った後は、ほかの学校には入れないから気にしなくていい。おやすみ」
「そっか。おやすみ」
「ああ、それとアレを“王様”って呼んでるのはカエデちゃんだけだから、正式名称はキングね」
「あっ、そうなんだ……」
(というか、カエデちゃんって呼んでるんだ)
今日は激動の一日で、考えすぎて眠れない──そんな気もしていたのに、気づけば泥のように深い眠りに落ちていた。




