第9話 旧校舎の夜
「黎明工科、暁天高専、聖グラディス学園、修武館第二、綾香女学園、鴉羽高校、そしてうちの東陵高校。今は七校だけど……この戦いが始まった四年前は、全部で十六校あったらしいよ」
マジかよ……思い返せば、生徒数の多さも、施設の充実度も、今まで不思議だったけど。
なるほど。淘汰された結果ってわけか……。
「じゃあ、最後の一校になると……何があるんですか?」
「それがね〜、謎。分かってないの。でも噂では──現実でも能力が使えるようになる、らしいの〜」
なるほど、この力はあくまで“こっちの世界限定”ってことか。
つまり、ベンケイとも、こっちの世界でしか会えないってことだよな。とは言え、刀が出せてもな。ただ捕まるだけなんじゃ無いか?
ダイゴの能力とかは便利そうだけど。
そんな話をしているとき、外から流れてきたのは、防災無線の「ふるさと」。午後6時の定時メロディーだ。
「さてっと〜」
カエデが食べ終えたメロンパンの袋を器用にくるくるっと畳み、サラダの空き容器にインした。
「ごちそうさまでした〜」
手を合わせる動作も、どこか丁寧だ。
既に食べ終えていた俺とダイゴを見て、先輩がにこにこ。
「2人とも、食べるの早いね〜さすが男の子〜」
真っ直ぐに目を見つめられ少し恥ずかしい。
「じゃあ、僕の役目はここまでですね。持ち場に戻りますね」
そう言って、ダイゴが俺たちのゴミをサッと回収してくれた。なんて出来る子だろう。ふと見ると、さっき割れた窓のそばでは、マネキンたちが無言でガラス片を掃除していた。
(地味に万能すぎるな、あいつら。やっぱり現実で使えたら便利だろうな)
「それじゃ、私たちも行こっか〜」
「……はい」
どこに行くのか、正直まだよくわかってない。
けど──もうすでに“異世界に飛ばされて、殺されて、自分の影からトカゲが飛び出してきた”んだ。これ以上のサプライズは、さすがに……ない、はず。
ないよね?
体育館を出て、薄暗い旧校舎へ向かう。
カエデの霧に当たったおかげか、さっきまでの疲れと不安はすっかり抜けていた。
歩きながら、カエデがぽつぽつと説明してくれる。
「今、うちの学校にいるのは、ツナッチを入れて21人〜。他の学校はだいたい30人くらいかな〜。ちょっと押され気味〜」
えっ、それって普通に結構まずいんじゃ……?
カエデがふわりと笑う。
こんな世界なのにどこかのんびりしている。
「この世界で生きていくには、衣食住の確保も大事なの、ヨシツネくんは外に出ていくから担当は食かな」
「ってことは……食料を調達したりとか……?」
「そうそう、料理もしてもらうかもね〜。お弁当ばっかりだと、飽きちゃうし〜」
そうこうしてるうちに、旧校舎へ到着。
新校舎に比べて年季が入ってて、ちょっと不気味な雰囲気が漂ってる。
「校内組はゴミを捨てたり、片付けしたり。地味だけど大事なお仕事〜、朝ごはんもこっちの担当かな〜」
カエデが校舎の玄関の扉をノックする。
(……いや、それ、意味あるんだろうか?)
「衣は特に何もないかな〜。みんな制服で過ごしてるし。下着とかかな。でも服の調達はお外組、管理は校内組って感じ〜」
異世界で20人以上の共同生活。
そりゃあ役割決めとかないと、あっという間に崩壊するよな……。
「新校舎が女子、旧校舎が男子ね。一階はどっちも自由に出入りできるけど、二階以上は異性は立ち入り禁止〜」
「まあ、女子がこっち来ることなんて、ほとんどないけどね〜」と笑った。
旧校舎の食堂に着くと、中から何やら言い争う声が。
「お〜い」
カエデが、いつもの調子でゆるく呼びかける。中では、ユウトが2人の先輩の間に割って入り、必死に止めていた。
「どったの〜? お姉さんに話してみ〜?」
「か、カエデ先輩!?いや、こ、こいつがアホでしてっ!」
言い争っていた先輩の一人が、頬を真っ赤にしながら相手を指差した。
「アホとは失敬だね、君」
冷ややかなツッコミを入れてきたのは、もう一人の先輩──
(たしかこの人が長谷川先輩。生徒会書記で、俺と同じ班になるとか言ってた人)
「うんうん、喧嘩するほど仲が良きかな〜」
カエデは、ニコニコしながら全てを受け流していた。まるで聞いてない。けど、そのゆるさが場をおさめるのだからすごい。
「この子、新入り。攻撃組ね〜。あとはツヨポンに任せるから〜」
そう言い残すと、カエデちゃんはふわっとVサインを掲げながら歩き出す。
「じゃね〜ツネッチ、また明日〜」
「……あっ、ありがとうございました」
いろいろ配慮してくれた。訳のわからない異世界に来てから、ずっと側にいてくれた。そんな人がいなくなると、思ったより物凄く不安になるものだ。
(……いや待て、これ能力の副作用とかじゃないよな?依存しかけてる?)
それにしても……気まずい。
喧嘩してた先輩たちはまだ微妙にピリついてるし、ユウトともろくに話せてない。
本当ならすぐにでもユウトに謝るつもりだったのに、タイミングが最悪すぎる。
いや、まず自己紹介だろうか……そもそも名乗っていないし。
でも、俺にはそのハードルが高すぎた。
「ガッハッハ! 今日も粉砕してやったわい!」
救世主が登場する。
現れたのは──三年の暴れ応援団長こと真田剛だ。声がデカいけど、その勢いがありがたい。
「おう、ヨシツネ!どんな能力だった?」
「あっ、えっと」
『ベンケイ、出てきてくれるか?』
『……えー、寝るからイヤダ』
『そこをなんとか。みんなに紹介したいんだ』
『じゃあ、さっきの赤い実、5個くれるならイイゾ』
『……わかったから、頼むよ』
影から、ぬるりと姿を現したのは俺の相棒――トカゲの召喚獣、ベンケイ。
「ふむ、召喚獣ですか。たいしたものですね」
長谷川先輩がメガネをクイッと光らせながら言う。
「あ、1-Aの倉田義経っていいます。こいつはベンケイ」
このタイミングしかないだろうと、流れで自己紹介をしてしまう。
ベンケイという名前を聞いてユウトが懐かしそうな悲しそうな複雑な顔をした。
「これはご丁寧に。私は二年の長谷川藍太郎と申します」
「俺は同じく二年の斉藤雷人だ、よろしくな!」
あれ、なんか……喧嘩してた空気、いつの間にか消えてる。
(真田先輩、やっぱ救世主……)
「てっきりお前は、自分で戦うタイプかと思ってたが……で、こいつは強いのか?」
『刀も出してくれるか?』
『赤い実10個な』
『はいはい、わかりました……』
ベンケイが影の中から、すっと刀を取り出した。
「こうやって、ベンケイが刀を出してくれるんです。だから、俺も戦えます」
「ほぉ……それは面白い」
真田がニヤリと笑う。その笑顔を見て、──戦えるって言っちゃいけなかったのかも、と思った。
「じゃあ長谷川、お前が面倒見てやれ」
そして真田は、どんと両手を広げてこう言った。
「飯だ飯! お前らはもう食ったか〜!?」
さっき夕飯は済ませてしまったけど、付き合ったほうがいいだろうか。そんなことを考えている──。
「あ、俺こいつと少し話したいので」
ユウトが絶妙なタイミングで助け舟を出してくれた。
(ナイス判断)
「じゃあ、ユウトくん、寮の生活の基本を教えてあげてください」
藍太郎の頼みに、ユウトが軽くうなずく。
「で、何で喧嘩してたんだ?」
真田が、2人を見ながら尋ねる。……え、蒸し返すんだ。
「こいつ、わざと俺のコーラの蓋開けて炭酸抜いたんですよ!」
雷人の怒りが再び顔ににじみ出た。
「いえ、ですからそれはこちらの善意でして」
藍太郎が反論する。
「行こうぜ」
「了解」
言い争う二人を横目に、ユウトの後ろにそっとついていくことにした。




