プロローグ
プロローグは前日譚です。読み飛ばしていただいても、本編への支障はありません。
なぜ、こんなことになったのか。 どれほど思考を巡らせても、納得のいく答えなど出るはずがなかった。
私は息を切らし、ただ走る。
ここは夢見市の工場地帯。 壊れた重機が転がり、倒れた鉄骨が交差し、瓦礫の山が迷路のように連なる廃墟だ。
その中を、私はただひたすらに逃げていた。 背後からは、追手の男たちの下品な笑い声と、重い足音が絶え間なく響く。
「はっ……く……!」
呼吸が苦しい。疲労で足は鉛のように重く、何度もバランスを崩しかけた。 それでも──止まれない。
(……もう一度!)
手のひらに、淡い蒼光が煌めいた。 空気が収束し、追手との間に「ドンッ」と巨大な土管が落とされた。それは、母校の校庭に転がっていたあの土管と寸分違わぬ複製。
「無駄だって言ってんだろ」
次の瞬間、周囲の鉄屑がガラガラと空中に舞い上がった。
錆びた鉄骨、ひび割れた鉄板、壊れた歯車。それらが追っ手の男の肩に吸い寄せられ、音を立てて組み上がっていった。
ガキン、ガコン、ギリギリギリ……!
鋼材が指を、パイプが筋を、ギアが関節を形作る。 完成したのは──ショベルカーのバケットのような、悍ましい異形の義腕だった。
義腕の男が自慢するように笑う。
「かっこいいだろ?」
義腕が唸りを上げ、複製された土管を一撃で粉砕した。 地面が抉れ、瓦礫が激しく弾け飛ぶ。粉塵が空を覆った。
「きゃっ……!」
私は衝撃で跳ね飛ばされ、瓦礫の山に背中を強打する。 痛みに咳き込みながら、それでも必死に走った。
──消えたくない。まだ、ここで終われない。
涙で滲む視界の中、私は複製を繰り返した。 車のドア、三角コーン、厚い鉄板、割れた街灯のポール。 即席の障壁を築きながら、廃材の谷間を駆け抜ける。
「無駄な時間稼ぎだな。この状況で逃げ切れると思ってんのかよ」
声が、近い。 振り返れば、せっかく作り上げた仕掛けは、次々と異形の義腕によって破壊されていた。
──そして。 現れたのは、無骨な鉄柵と倒壊した壁。 右も左も、乗り越えられない瓦礫の山。完全な行き止まりだった。
(……袋小路)
指が震える。登れない。出口はない。
「行き止まりだよ、っと」
鋭い目の少年が道をふさぐように現れた。彼の肩越しに浮かぶのは、黒光りする二機の円盤型ドローン。スリットから展開した鋭利な刃が、「ギィ……」と甲高い音を立てた。
それは、まるで猛禽が獲物を狙う直前の威嚇の鳴き声のように。
(……詰んだ)
「ヨシツネ……」
思わず、その名を零す。 伝えられなかった想い。まだ、言いたいことがあったのに。
「イヌカイ。お前が仕留めろ」
義腕の男が冷酷に命じ、イヌカイと呼ばれた鋭い目の少年が指を鳴らす。 2機のドローンが同時に襲いかかろうとした──その瞬間。
轟音。爆炎。 ドローンの一体が火花を散らし、爆発四散する。
「ったく、ホムラ先輩、仕留め損ねてやんの」
イヌカイが呆れと苛立ちの混じった声を上げる。 音の方に目をやると、満身創痍のユウトが立っていた。 顔には深い擦り傷があり、制服は血に濡れて破れ、息も荒い。
「ユウト……」
ユウトはいつだってそうだった。 友達思いで、私が困った時には必ず、ボロボロになっても駆けつけてくれる。
「クロタさん、そいつはお願いしますね」
イヌカイの言葉に、義腕男の腕が再び変形を始める。
「ユウト!!」
私が叫んだ瞬間── 腹に、灼熱と衝撃が走った。
(……え?)
視線を落とす。 自分の体を貫いているのは、もう一体のドローンの赤黒い刃だった。 口から血が零れ、視界が揺らぐ。
──時間が止まった。 身体が崩れ落ち、世界が遠ざかる。
(ユウト……ヨシツネをお願い……)
最後に残った願いだけが、熱い灯りのように胸に残った。
「──ナツキ!!」
ユウトの悲痛な叫びが響く。 悲しくて、あたたかくて、悔しくて。
そして私は──深い闇へと沈んでいった。




