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8.鏡映し



■■■■



()()()()()()に身を包んだ令嬢とダンスを踊り終えると、彼のピアスの片方がパチッと小さく音を立てて色が変わった。

その音を聞いて近くに居たエルネスト様に目配せすると彼も頷いたので片方のイアスの色も変わったのは間違いないだろう。

(あぁ、ようやくか…) ホッと胸をなでおろす。

『鏡映し』の魔道具を用いて主である殿下と入れ替わることはままあったが、こんなにも長期間になったのは今回が初めてのことだ。


入場の前からダンスを終えた後もどこにも行けないように目の前の令嬢をエルネスト様やアルティアーナ嬢と共に周囲を固めていたが、ピアスの片方が色を変えたのを合図にこれまであった緊張感がふっと抜けた。


「エルネスト様、アルティアーナ嬢」

「レイモンド、いま殿下がどこにいるのかわかるか?」


「…はい。おそらくバルコニーのほうかと。」


姿を入れ替えるだけではなくお互いがどこにいるのかの探知も出来るから、顔をあげて殿下がいるであろう方角を見た。


「では、移動しようか。」

「はい。」

「え?」


ひとり状況を飲み込めないでいる()()()()()()()の手を引き有無を言わさずエスコートする。

少し後ろからはエルネスト様とアルティアーナ嬢が寄り添いながらついてきてくださっている。


「え?どこに行くの…ですか?」

「バルコニーです。」

「どうしてそんなところに?それにさっき殿下がどうのって…あのっアルティアーナどういうことなの?」

「そんなにご心配なさらないでくださいな。ちょっと答え合わせをしにいくだけですわ。」

「えぇ…どういうこと?」


侯爵令嬢でありエルネスト小公爵様の婚約者であるアルティアーナ嬢を呼び捨てにすることも今日限りで終わりだ。彼女は今日まで離宮で()()()()()様の専属侍女になっていた。

そもそもこのような入れ替わりをし小公爵や侯爵令嬢までも巻き込み大規模なおままごとをしていたのは、二か月前に婚姻前に王宮へとあがる第三王子の婚約者が入れ代わっていたせいだ。

真っ先にそのことに気が付いたのは婚約者であるシュリオール殿下だった。

王子宮の前に付けた馬車から降りてきた彼女を執務室の窓から見ただけで「あれは誰だ?」と言ったのだ。

最初、何を言い出すのかと意味が解らなかった。執務室に集まったメンバーは顔を見合わせ「…まさか自分の婚約者の顔を忘れたのか?」とさえおもってしまったくらいだ。


しかしそうではなく、本当にアマリリス様はアマリリス様ではなかったのだ。

姿形や顔も声も同じ、…だが違う。違和感があるということではなく、その場に集まっていた人々は親交のある顔ぶれだったにもかかわらず一言の挨拶もないのは丁寧で律儀な彼女()()()ない。


機転を利かせたエルネスト様が偽のアマリリス様を執務室から連れ出してからは一気に慌てた。

偽物が来た理由で真っ先に思い浮かんだのは、本物のアマリリス様に身に何かあったのではということだ。土砂崩れという災害に巻き込まれたのでは…という不安。

しかしそうであるなら一報が入らないのはオカシイ。代理でそのことを言いに来た様子でもないところを見ると、意図的に入れ替わった?…にしては、あまりにも無知というか不用心すぎる。

あーでもないこーでもないと侃々諤々するが、一旦その究明は横に置いて時間稼ぎをしてくださっているエルネスト様が足止めをしている間に「来てしまったのをどうするか。」の対策を優先させることにした。


いくら見目がアマリリス様でも違う令嬢をこのまま王子宮に滞在させるわけにはいかない。

婚約者同士や伴侶でもない男女がひとつ屋根の下で(部屋が違っても)一夜を過ごすことはよろしくないのは常識だ。

そこで急ぎ監視役としてアルティアーナ様が「未来の義妹のためならば」と侍女の役割をかってくださった。といっても常に傍にはいられないからと数人の、本来アマリリス様に侍ることが決まっていた信頼できる侍女たちにも協力を仰ぎ、第三王子妃筆頭侍女の助言で「監視し易い小さな離宮を王子宮だと偽りましょう」ということで、幼い子供の遊び場用の離宮に案内する手はずを整えた。


もしも彼女が本物のアマリリス様なら気が付くだろうということを幾つも散りばめたのになにも気づかないどころか、彼女は素直に従った。どうみても世間知らず。令嬢としても及第点に足りていなかった。

離宮に喜ぶその頃にはもう身元の調べは付いていた。

アマリリス様の双子の妹のマーガレット嬢が本当の名前。だが身元は判ってもマーガレット嬢はマグルアンテが辺境という土地柄もあって社交はほとんど出ず、それ以上は調べようがなかった。


そこで、だ。爵位も低く世間的に柵の少ないレイモンドがマグルアンテ領に向かい現状を把握する役になるのは当然な流れだった。

しかも名分として隣国との交渉役になるシュリオール殿下の側近が先に現地に赴くのは不自然でもない。

ということを逆手に取り、シュリオール殿下は自ら辺境へと旅立って行ってしまった。


(そりゃそうだよな。婚約者だからってだけじゃなく好きだから恋人の近くにいきたいというのは男心だって。)

世間的には第三王子の婚約は政略的な義務だと噂されているが、真実は真逆だ。

互に心から想い合っている相思相愛だが、その心を告げられずにいるだけのこと。軍事力のあるマグルアンテの長女であるアマリリス様と第三王子の婚姻が愛のない義務であると印象を持たせなければ王太子の座を狙って謀反をおこすのではないかとよからぬ声があがるのを抑えるためだ。

それでいるのにアマリリス様は才媛としても名高くその名声は王太子の婚約者候補たちを慄かせるほどで彼女たちの嫉妬や僻みを煽った。


王太子の婚約者候補になれるだけでも勝ち組だろうに、第三王子の婚約者に嫉妬するなんて人間性が未熟と判断され落とされた令嬢は多かった。最後まで残った御令嬢が王太子殿下の婚約者に決まってからはおとなしくなったものの、学園に入学してからは王子妃になれる可能性を潰した女として敵愾心を隠せない一部の高位貴族令嬢はやその取り巻きたちに疎まれていた。


社交界は女の戦場だとはよく言ったものだが、その前段階である学園生活の中は閉鎖的だ。口さがない令嬢に心無い言葉を投げつけられていくらも傷つかないはずがない。

人目の無いところで声も上げずに静かに泣くアマリリス様に殿下は何度も寄り添おうとしたが、それを止めたのは王妃様だった。『お前はアマリリスを泣けば誰かに慰めてもらえると勘違いする弱い女にするつもりですか?』と鋭い眼光を向け叱責し幾度も殿下の行く手を阻んだ。

『アマリリスは強い娘です。お前(シュリオール)のその場感情の甘い優しさという弱さを満足させるために泣いているのではありません。』『誠実に真摯に第三王子妃という立場になろうと奮い立つあの子に、お前の甘いだけの言葉をかけることは相手を愚弄しているようなもの。』『自分の甘さを自覚しなさい。』王妃様は厳しいお方だが息子にも容赦がない。


かたやエルネスト様の婚約者であられるアルティアーナ嬢はもっと寄り添えと口酸っぱく言っていた。

「アマリリス嬢は聡明なひとよ。だからこそ殿下のことを誤解なさったりはしないわ。…でもね、真面目で聡明なだけに自罰的になってしまう危うさもあるとおもうの。一言でもいいから、彼女を想っているということを伝えてね。」と、顔を見るたびに殿下に忠告していたし、同時にあまり王妃の言葉に従うなとも言外におっしゃっていた。


そのことについて、一度聞いてみたことがある。

小公爵の婚約者だからといって、あまりに出過ぎでは?という意味も込めて。

しかし返ってきたのは令嬢としての毅然とした返答だった。

「そんなの、アマリリスにも感情がある人間だと解って欲しくて言ったのよ。当たり前でしょう?男の理論や都合はいつだって一方的なものだわ。もちろん私たちはそのことも踏まえて教育される。でもね、私は文句を言うお転婆だけれどアマリリスは違うでしょう?ああいうタイプはね、ある日突然思いもよらぬことに巻き込まれても受け入れてしまう危うさがあるのよ。」


そしてそれが今、現実になったのだろう。

本物のアマリリス様が最初から計画して入れ替わったのならあんな杜撰なことは無かっただろう。

一体何があったのかは誰にも解からない。だが同じ顔をした妹君が自身の名を名乗らず王宮に入り込んだ事実があるだけ。

…もしもこのことがバレてしまえば婚約は解消されるばかりか名門マグルアンテの名声も落ちることになる。

そのことを理解(わか)っているからアマリリス様は声をあげることをしなかったのかもしれない。


(それにひきかえ…このお嬢様は、きっとそんな危機感も抱いていないのだろうな。)

離宮での暮らしぶりを見るに、自分自身がどれほどの事をしでかしたのかという認識すら薄そうだという印象だ。

さっさと適当な理由を付けて追い出し「本物」を迎えに行けたらどんなに簡単なことか。


そうしてやっと今日という機会(チャンス)が訪れた。




「さあ、()()()()()()いきましょう。」


偽物の手を引いてバルコニーへと向かう。

『ちょっと答え合わせをしにいくだけですわ。』そう言ったアルティアーナ様の言葉が心を占める。

そうあってくれと願うから。



■■■■

『鏡映し』の魔道具について。

魔道具本体は手鏡ですが、そこに映った人が身につけている宝飾品(耳飾りとか)に反射で姿を記憶させることが出来、それらを交換すると姿が入れ替わる。

というものです。

悪用するのにもってこいの魔法道具なので禁物扱い。

王族が影武者を立てるため目的で使用していて、普段からそこら辺に置いてあるものでもない。

ちゃんと宝物庫に保管されています。


また、入れ替わりのアイテムは基本一対のものをふたつ用意し、片方が変身を解くと宝飾品の一部の色が音を立てて変わり入れ替わった片方の姿が戻ったことを知らせることになる。

この時点では同じ姿形の人間が同時に存在する状態。

ただし、入れ替わった方が偽の姿を自分で解かない場合は一定期間その姿を持続することが出来る。

また、一方が姿を買えない状態のままであればピアスを外したり付けたりすることで何度でも自由に姿を変えられるので物語の中でのレイモンド(王子の影武者)は王子不在の間はずっと偽の姿のまま過ごしていた。






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