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7.聖夜の仮面舞踏会




聖夜の仮面舞踏会では男女が別々の入り口から入場する。

それは仮面で隠していてもお互いがパートナーを見つけ出すという余興としての意味合いもあってのこと。

ただこの仮面もわかり易く、既婚者は夫婦で一つの仮面を半分に分け合った片目(モノクル)仮面、婚約者同士はデザインを統一した(ペア)の仮面。身内や同行者と参加している者は違うデザインの仮面を身につける。女性は華やかに男性は同行者の証として黒一色の仮面を。

そうすることで顔を隠して精霊になりきり楽しむパーティーの規範を守っている。


だからこそ入場する前か、した後にでもパーティー開始の合図となる主催の国王と王妃のダンスが始まる前にに入れ替わることが出来れば最良だと考えていたアマリリスだったのだけれど、混雑する入場門前では妹のマーガレットを見つけることは出来せんでした。


それどころか探し回って会場で自分と同じ姿形のマーガレットを見つけた時には…妹はダンスホールの中央で婚約者である王子にエスコートされているところで。。

サッと血の気が引き焦るアマリリス。

マーガレットは活発であるわりに、いや活発だからこそダンスが壊滅的に下手なのを知っている。失敗を予想して仮面の下が青くなります。


(……どうしましょう、みんな王子のパートナーのドレスを覚えてしまったわ。)


入れ替わった後だったなら、言い訳が出来た。マグルアンテの姉妹令嬢として最後に参加するパーティーだから、と。王子妃教育も受けてきたアマリリスとしてならどんなことも言える。けれど…マーガレットが同じような受け答えをしてはいけない。

たとえ双子の姉妹でも越えてはいけない一線があることは、王都の貴族たちに厳しく見咎められてしまう。


最悪を予想してしまって手が震えるのがわかる。

(いいえ、…焦る時こそ落ち着くのよ。焦ればことを仕損じるわ…っ)

一旦人目を避け隠れ、機会(チャンス)を伺い入れ替わりを成功させる。大丈夫、ちゃんとやれるわ。

大丈夫、やるのよ。


赤と緑の幕が飾る会場の華やかさの片隅で、深緑のドレスなら同化できそうな幕袖に隠れて深呼吸を繰り返す。


「あぁ、やっと捕まえた。」


「きゃ…ッ、レイモンド様…」


腕を掴まれて息を飲んだ。妹と入れ替わる前に王子の乳兄弟に見つかってしまうアマリリス。

そもそもパーティー参加は彼無くしてはあり得なかったのだから仕方が無いといえばそうだ。それに仮面はパートナーか家族から贈られなければいけないのだから、マーガレットは兄フォルトが用意してくれた仮面を着用しているし、それを知るのもまたレイモンドだけなのだ。


「よかった見つけられて。やっぱり聖夜祭りなだけあって緑や赤の令嬢が多くて…おそくなってごめんね。」


レイモンドにどちらの自分を名乗るか一瞬悩むが、ダンスを上手に踊れないであろうマーガレットにこのまま「アマリリス役」を押し付けるのは酷だと判断し、腕をつかんで離さないレイモンドに自分は姉のアマリリスであると告げる。


「レイモンド様、私はマーガレットではありませんわ。」


淑女の微笑みで真実(うそ)を吐く。

そんなことが出来る自分が、マーガレットに恥ずかしいともおもう。だけど小心者の自分にはこうやって嘘で身を固めてしか自分を守れないというのも、もうわかっている。


「いまホールの中央で踊っているのはマーガレットなのです。…私が、戯れに仮面を交換したいといってしまったばかりに(いたずら)に混乱を招いてしまいましたわ。殿下にもマーガレットにも詫びなければいけませんわね。」


そうやって入れ替わる計画だった。だからそれを逆手にとってレイモンド相手にアマリリスは(とぼ)けようとするが…彼はらしくない薄い微笑みを浮かべてから「その言い訳は通らないですよ。」と言った。


「……レイモンド様?」

「いま踊っているアマリリス嬢には入場前からアルティアーナ嬢が付き添っていましたし、途中からはエルネスト様も合流しています。入れ替れるタイミングなどなかったと、彼らは証言するでしょう。」


…あぁ、なんてこと。稚拙な私たちの計画などとうに見透かされていたのだろう。

(きっともうずっと前から疑惑の目は向けられていたのだわ。)

思い返してみれば、レイモンドがマグルアンテ領を訪れたことからおかしかったのだ。

シュリオール殿下の側近よりも相応しい外交官はいるのに、彼をわざわざ送り込んできたのはマーガレットを王宮に召し上げたからだったからなのかもしれない。


「レイモンド様…」


力なく項垂れてしまう私を抱き抱えるようにした彼は「最初から気が付いていました」と耳打ちした。

観念したアマリリスは王家背任の罪は自分だけにあると家族も何も知らず妹のマーガレットも無関係だということだけはどうしても言いたかった。

想うのは、家族、尽くしてくれる使用人たち、騎士も領地の民も自分にとって大切な人たちを守る為ならばとアマリリスは全ての罪を被る覚悟を決めた。


「すべては浅慮で身勝手な私の我儘で起きたことです。罰を受けるべきは私ひとりですのでどうかマーガレットには何も知らせないでください。」


両手首を揃えて差し出す行為は、罪を認め降伏するという意味だ。


しかしレイモンドは平然と「君は僕のもとに戻ってくるのだから何の罪も犯していないだろう」と言う。

(なぜ、私がレイモンド様のもとへ?)

それに口調も態度も雰囲気もいつもと違うように見える。

意味が解らなかった。このまま連行されるのだろうとおもっていた。それなのに「こっちにおいで。」そっと腕を引かれて連れていかれたのは人気のないバルコニー。


「ここならいいかな。」と彼がピアスを外すと、その姿はついさっきまで妹とダンスを踊っていた第三王子に変貌したのだった。


「っ!シュリオール殿下…?これは、いったい……」

「入れ替わることが出来るのは、なにも貴女たちだけではないということだ。」


落ち着いた声で話し出したのは、第三王子とホールに居た影武者(レイモンド)は王家に伝わる「鏡映し」という魔道具を使って姿を入れ替えていたということ。

自分たちだけではなく、まさか王子までも入れ替わっていたという事実に衝撃を受けるアマリリス。


「王位継承権をもった王族には生まれた時から身代わりとなる影と共に育てられる。そうすればお互いの癖や行動パターンなんかも自然と覚えられる。僕の場合は乳兄弟のレイモンドがそうだっただけで他はどうだかは知る由もないけどね。…それに、違う人間に成り替わるのなら姿形だけ真似ても意味が無いだろう?」


「……っ」


…………そのとおりだ。私はどう頑張ってもマーガレットにはなれなかった。

入れ替わってしまった後は(マーガレット)になりきろうとした。だけど意識してマーガレットに成ろうとすればするほど、素の自分が出てしまう。

入れ替わることがいかに難しいかを身をもって知った今、シュリオール殿下とレイモンドがお互いを深く理解し信頼しているのかがわかる。


「王太子である兄上が即位した後は、第三王子である私は王となった兄を公爵や臣下とと共に支える立場になる。…間合いによっては王家の罪や責任を兄上に代わってとらねばならない場合もある。そのとき、私の妻となった人も同じく責任からは逃れられない。」


「アマリリス、けれど君はいま妹に罪を押し付けるのではなく自ら前に出て庇い、罪を背負おうとした。その姿勢は、私の妻になるに相応しいよ。だけれど、本当なら君の背負おうとした罪は君のせいじゃなかったのだろう?どうして戻ってきた?」


「シュリオール殿下…それは、」


「アマリリスの心に私がいると、期待してもいいだろうか。」



見つめられたまま手を握られた。


「それは、もちろんです。ですが、私のほうこそ…期待してしまいます。」

「私はアマリリスの思い描くような男ではない。…あの日、王宮にあなたが来なくて、恋しさから我慢できずにマグルアンテにまで行くような男だ。レイモンドだけではなく沢山の人間に無理を強いてしまった。…ガッカリさせただろう」


「情けないな」と語ちるシュリオール殿下は、少年が大人になったばかりの年相応の素顔を見せた。

アマリリスは握られている手にもう片方の手を添えて重ねる。



「最初から……ずっと?夢みたいだわ。殿下…私も、私の方こそ自分の弱さから逃げてしまったような人間です。お慕いしている貴方様に失望されたくなくて、あのような状況を甘んじて受け入れた意気地なしです。」



ただ寝室を入れ替えただけだった。それがこんなにも大事になってしまったのはなにもマーガレットだけのせいじゃない。

一番悪いのはその提案を受け入れ、事態が急変し大事になっても声をあげなかった私のせいだ。


だって怖かった。一方通行なこの愛が行き場を無くすことが。だから事態を受け入れることは簡単で楽に自分の心を守れる言い訳になった。


「アマリリスは意気地なしなんかじゃないよ。」


「それならシュリオール殿下も情けなくなんかないです。いつも、貴方さまの寛容な心に私は何度も救われています。…いまも。」


「そうか。」


重ねていた手が解けてお互いの身体を抱き合う。

夜会会場の天幕の裏で捕まえられた時よりも強く抱き喜びが寄せられて胸を締め付けて涙が溢れた。

だがその涙も頬を伝うことなく彼のシャツに染みていく。

それくらいに私たちは密着してお互いの心を近くに感じたくて身を寄せ合っていた。



「愛しているよ。ただあなただけを心から愛してる。」

「はい。私も、貴方だけを心から愛しております。」


見上げた視線と視線がぶつかって見つめ合い、ゆっくりと唇が重なった。

しょっぱくて切ない、だけど甘いキス。

軽く触れあっただけなのに、全身が甘痒く痺れた。


「…っン、」

「すごく、甘い。」

「……はい」


王子にとってもアマリリスにも初めてのキスの味は、とても甘くてこれまでの余計な思考なんて飛んでいくほど正解だった。






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