6.……もう一度。
◇◇◇◇
王都から届いた手紙にはマーガレットの字で入れ替わることになってしまったことへの謝罪と、元に戻りたいという旨が書いてあった。
その手紙を読んで、アマリリスは正直「どうしてかしら?」と率直に思った。
マーガレットは自分とは違い明るく天真爛漫な性格であり、楽しいことや華やかなものを好んでいる。だからこそ王都の生活にはすぐに馴染めるだろうと心のどこかで考えていた。
(…でも、そうね。苦労しないはずなんてないわよね…)
アマリリスも自分が逃げ出して投げ出した責任からの逃避の結果が、この平穏な領地での生活を妹から取り上げてしまったのだという罪悪感を持っていた。
実家での生活は、想像していたよりも心休まることばかりではない。
まず、自身をマーガレットと偽っている。しかも今は災害による復興に為に館の中がザワザワと落ち着かないし、出来ることの少ない自分に失望もしていて、王都にいた頃は無意識にマーガレットを羨んでいるばかりだった自分の心の弱さを日々痛感していた。
なのですぐにでも元に戻ることに同意したい。…けれども、マーガレットを装い周りを欺いていることを今家族に言うこともできない。
それがバレてしまえば一家揃ってマーガレットをアマリリスとして王宮に送った罪に問われてしまう。
レイモンドがたまに「アマリリス様」と間違えて私を呼んでしまったときは、…心臓が縮み上がる。
となれば、マーガレットはもっと大変なはず…。
いままで家族と離れたことはおろか、領地からも殆ど出たことがないのに。マーガレットなら大丈夫とどうして思ってしまったのだろう。
「私が勝手に感じている劣等感にマーガレットは関係ないというのに、浅はかね…」
妹なら、きっともっと上手くやれるはず。私なんかよりももっともっと…と、自分勝手に理想を押し付けてしまっていたのだわ。
………なんて思い遣りに欠けた、浅ましい心だろう。
『王侯貴族にとって愛情は結婚後に育むもので、婚姻前から抱くものではない。』
もうずっと前に一番最初の王子妃教育で教わったのはそのことだった。
いまおもえば一番最初にアマリリスの心を挫いたのは教師のその一言だったとおもう。
焦がれていた田舎領地に戻って幸せを感じたしこの地を愛しているとおもったことは本当だった。
けれども王都に居た頃だって何も楽しく無かったわけではなかったと、田舎に戻ったからこそ実感したこともある。
アマリリスは学び知識を得てそれをどう生かすのか思考することに悦びを見出す性質であったため、思う存分学べる王都の環境は素晴らしかった。
故に通常の学習よりもはるかに厳しい王子妃教育も苦痛ではなかったのだ。
それではなぜ、こんな入れ替わりをしてしまったのか。
政略結婚で愛を抱かない婚約であることは承知していて、学ぶことを好んでいたのに彼女は、なぜ?
―――ひとつ、シュリオール殿下に対し申し訳なさを抱いていたから、責任からも逃げてしまった。
だって、そうでしょう?
婚姻後に愛情を育むというのに、こんな自分とでは殿下が…きっとつまらないだろう。
要するにアマリリスは殿下へ恋い慕う気持ちから、未来を見据えて申し訳ない気持ちで悲しくなって恥ずかしくなって苦しくなって逃げたのだ。
鏡映しのような姉妹ではあるが、喋ればその場が明るく華やかになるマーガレットとは違い言葉一つすら頭の中で考えて選んでしか話せない不器用な自分を恥じていた。
同じ顔なら、こんな面白みのない性格の自分よりも華やかな妹こそが殿下の隣に相応しいのではという心のシミ。
そんな心の黒さから唯一の妹に理想を押し付け思い遣ることを忘れてしまっていた。
「とはいっても、誰にもバレずにもう一度入れ替わるなんて…どうしたら…」
その時、ハッとある考えが浮かんだ。
「―――そうだわ、聖夜祭の日になら、もしかしたら…っ」
その日は各地でダンスパーティーが催される。一年の内の最後のパーティーであり、この日以降は新年を迎えるまで神に感謝し厳かに過ごすのが習わしだ。
そしてもちろん王宮でもパーティーは大規模に催される。場所が場所だけに招待されるのは高位貴族だけだが、辺境伯のもとにも招待状は届く。参加できる。
つまりこの日になら入れ替わることが出来るかもしれない。
アマリリスになってしまった妹はそうやすやすと城外に出られないだろうけれど、王宮で催されるパーティーに参加しないわけもない。
だが問題は聖夜祭に参加する口実とパートナーをどうするか、だ。
いまマグルアンテ領内は慌しいのでダンスパーティーに参加したいと口にするのは憚られるしパートナーも婚約者もいないマーガレットは身内の男性を伴わなければ参加出来ない。
「………やっぱり、無理だわ。」と、いつもなら諦める。けれどもしかし、引いてしまってはいけない時もあるのだと、流されて黙ってしまえば後から取り返しのつかない事態になるということを、今回の入れ替わりで学んだはずだ。と、弱い心を奮い立たせる。
(もしも駄目でも、言うだけは言わなければ何も変わらないわ。)
諦めて逃げることをもう止めたいと強くおもう。いつもそうだった。なにかにつけ言い訳がましい自分が嫌いだった。だから自信なんかなかった。
「お兄様、お願いがありますの。」
◇
マーガレットが王宮で催される聖夜祭のダンスパーティーに出席したいと願い出たことに、意外にもフォルトは嫌な顔をしなかった。
「いい考えだな。マグルアンテ領の災害については周知されているだろう時期にあえて王宮舞踏会に参加するのなら、復興が近いという良い宣伝になる。パートナーも丁度いいのが居ることだし。」
フォルトお兄様がすいっと視線を向けたのは、レイモンドだった。
「え?」
「どうせ報告の為に王宮に戻るんだろう?ついでにパートナー役もやれ。だが対になるような服装はレイモンドとは絶対に許さんがな。」
「そりゃそうでしょ…。そんなことしたら婚約者としてみなされてしまうし、マグルアンテ当主の怒りを買うようなもんでしかないよ。」
「よくわかってるじゃないか。」
「まぁ、それは。それなりに苦労したからね。」
「俺も反対したからな。」
「…わかっていますよ。」
ふんっと鼻を鳴らすと、お兄様は私に向き直りドレスはどうするのかと尋ねてきた。
「王都で新しく仕立てるか?腕のいい店を紹介するぞ。」
「いいえ、一から仕立てていては時間が足りませんもの、手持ちのドレスを工夫しますわ。」
もしも、もしもこの願い出を聞き入れてくれたならという肝門をクリアしたのなら、考えていた案を実行するまでだ。
双子なだけあって両親、特にお母様は離れ離れの姉妹に揃いのドレスをよく仕立ててくれていた。
クローゼットには見たことがあるドレスが数着並んでいる。あれを手直しすればダンスパーティーで揃いの恰好で参加することが出来るし、なにより入れ替わっても誰も気が付かないはずだと考えたのだ。
そうと決まれば早い。
マーガレット充てに王宮へ手紙を出し、当日の服装品についても細かく書き記し髪型もなにもかもを指定した。