5.妹の恋と立場とジレンマと今更な畏れ。
◇◇◇◇
王宮に召し上げられれから一月がたとうとしていた。
その間に王子と顔を合わせたことは無く、小公爵様だけが訪問してくれる唯一の相手だ。
(なんだろう…王子様の婚約者っていつもこんな扱いなのかな……?)
出席したことがある数少ないお茶会で見たことがある婚約者同士はもっと仲良かった印象だったのに。
そんなカップルの惚気話では、普段から手紙のやり取りをしたりプレゼントを贈ったりだとかを聞いては「羨ましいな~」とおもったものだ。
それにお父様はいつも言っていたわ。私にまだ婚約者がいないのは「誰よりもマーガレットを愛し大切にすると誓う男であるかどうか儂が見極めてやる」って。だから御眼鏡に適う男がいないから婚約者がいないんだって。
(アマリリスの婚約者はそうなんだっておもってたのに…。)
王子様はちっとも優しくない。大切にするとか、愛するとか以前に、これっぽっちもアマリリスに関心が無いようにしか見えない。
そりゃ、貴族の結婚は物語のような恋愛から始まることは殆どないことは聞いたこともある。
お父様とお母様も政略結婚だったって。
でも、政略結婚でもあんなに愛し合っているのだもの。これが普通だとしかおもってなかったし、愛のない結婚なんて存在しないとさえおもっていた。
「やぁ、アマリリス。そんなに不機嫌な顔をしてどうしたんだい?」
「ゎ…っ、エルお兄様」
四阿でティータイムしつつ考え込んでいたところにやって来たのはエルネスト小公爵様だった。
最近では慣れたものでフラっとやって来ることも増えた。
なんせ世話役を買って出て下さっているのだ、いちいち訪問の知らせなどなくてもいつでもどうぞといったのは私だ。
「今日もお菓子を食べに?」
「よくわかってるね。あと休息もね。」
当たり前のように対面の席に座ったエルネスト小公爵様は軽く肩を回しながらふーっと息を吐いた。
「ここのところ随分と忙しくてね、こういうリラックスできる時間もないと持たないよ。」
「そんなに隣国との話し合いが難航してるんですか?」
「まぁね、戦争になったって良いことは無いだろう?」
「せ、戦争…って、そんなにおおごとになってるんですか!?」
「あぁ、いや。そこまで深刻になるほどではないけれど、知ってるだろう?隣国では干ばつがつづいていて責任云々の話をする前から支援要求をしてきててね…面の皮が厚いといおうか厚顔無恥にも程があるというか。」
珍しく愚痴をこぼす彼に応えたいとおもい、話をつづける為にも返事をした。
「そんなの断っちゃえばいいじゃないですか。」
するとエルネスト小公爵様は目を丸くしてから、やや苦笑いになった。
「そうだね、そうできたらどんなにいいかもしれない。けれどね、アマリリス。干ばつ被害で困窮しているところに補填要求をしている最中の支援要求をにべもなく断ったらどうなるとおもう?ヤケクソになって攻め込んでくるかもしれない。いま、マグルアンテ辺境は災害で手薄なのはむこうもわかっているのだから。それでは戦争の引き金を引くことになってしまうし、なにより口実を与えてしまうことになるだろう。そうならないための話し合いと調整をするために殿下は忙しくしておられるのだよ。」
「あっ……そ、そうなのですね…」
おもいついたままをただ言っただけの私は、己の浅慮に縮こまる。
政治というものを何もわかっていない自分が口出し出来るほど簡単ではないだろうに、休息を求めてやってきている小公爵様にかえって説明までさせてしまうなんて。あーもー…馬鹿馬鹿っ!
「あぁごめんごめん、そんなに落ち込まないで。ほら、愚痴ちゃった私がわるかったのだし、ね?それに出すのが遅くなってしまったけれど手土産もあるよ。一緒に食べよう。」
さらに気を遣わせてしまったと減り込みそうなほどに頭が下がってしまうけど、エルネスト小公爵様もといエルお兄様はスッと小さな箱を取り出して中に入っていたお菓子を私に渡してくれた。
「今日は何のお菓子なんですか?」
「マカロンにマシュマロを挟んでみてもらったんだ。あ、ちゃんとマシュマロの中にジャムも入ってるよ。」
「わ、また激甘そうな創作お菓子ですね」
手土産と言いつついつも自分好みの激甘なお菓子を持参してくるのもいつものことだ。
エルお兄様は相当な甘党だというのは初日の晩餐で知ったのだが、どうも男だからと恥ずかしがって隠しているらしい。だけど義理の妹になるアマリリスには親交を深めるため一緒にお茶を飲むのを口実にバラしていたらしい。そうすれば公爵家の菓子職人が腕によりをかけて作ってくれるからって。
甘ぁいお菓子を一緒に食べて他愛もないお話をするのは、私も好き。ここにきてからの息抜きなのはエルお兄様と同じだ。
王子様である殿下が忙しいのはいまも聞いたし頭でも何となく理解はしているけれど、やっぱり…忙しいのはエルお兄様も同じなのにと比べてしまう私もいる。
(お父様ったらどうしてシュリオール殿下とアマリリスの婚約を許したのかしら?そりゃあ王子様と結婚するのは物語のお姫様みたいで素敵だけど、現実的じゃないわ。それよりもエルネスト小公爵様のほうがよっぽど素敵じゃない。)
どんなに忙しくても日に一回は会いに来てくれて私との時間を癒される息抜きの時間だと大切にしてくれるお方なのだもの、きっと政略結婚でも愛を育んでいけるのはエルお兄様のほうだわ。
――――アマリリスに成り替わったマーガレットが親切に接してくれる小さ公爵に恋心を抱くのは自然なことだった。
お茶を飲みお喋りするのは短い時間。名残惜しいけれどエルネスト小公爵様が忙しい身であるから引き留めることはしない。
だからいつも見送って、姿が見えなくなるまで手を振る。
(………寂しいな。)
もっと一緒にいられたらいいのに。
彼が帰ってしまうと、またこの離宮に一人きりになってしまう寂しさもあるけれど、彼しか話す相手がいないせいもある。
だって離宮の使用人たちは「流石は王宮の方々ね」と感心するくらい、お喋りをしない。
きっと王子妃に仕えるのなら正解なんだろうけど…私室で頬杖をついているだけで咳払いされて注意されるのは窮屈だ。
実家でもアマリリスは気を抜かず普段から上等なドレスを着ていたけれど、こういう生活をしていたからかと納得してしまった。
(小さい頃からお母様以外は話しかけてもお喋りするでもなく相槌しか返してくれない人に囲まれていたら、そりゃあ…口も重たくなるよね。)
タウンハウスの使用人はまた違うのかもしれないけど、王子婚約者として扱われてきたなら同じようなものかもしれない。
しかも、愛情を育めない結婚をするのだ。アマリリスは。
…いや、その予定だった、のだ。
だって今はその愛情のない結婚をするのは私で、仄かな恋を自覚し始めているのに立場上では王子の婚約者でしかなく…彼に想いを打ち明けられない。
それとなく好意を匂わせてみても彼はにこりと微笑んで「王子の婚約者としての振舞ではない」と一線を引かれてしまう。
しかしそれは同時に王族に連なる公爵令息の彼にも見合わないという意味でもあり――――…今日の、あの浅慮な発言は最たるものだった。
隣国の干ばつのことを『知ってるだろう?』とエルお兄様は言っていた。
つまり、アマリリスは、王子妃になる立場であるだけに周辺諸国のことも政治の仕組みや色々なことも学んでいて、知識があるとだれもがおもっている存在なんだってこと。
でも――――…でも、私はそんなこと知らなかった。
もしかしたら学ぶ機会はあったかもしれない。辺境だからといって学院が無いわけでもない。ただ通うには遠くて、自宅で家庭教師に教わって学び学院卒業資格相当の合格は貰えていたからと安心していた。
(…いまさらこんなふうにおもうのは、きっと自分が恥ずかしいからだわ。)
アマリリスは勉強が好きだから、というだけではなく。
私は学ぶことに関して意欲的に取り組んだことが無い、という事実が刺さる。つまり「貴族令嬢として求められるレベルにすら達していない」という現実を痛感する。
このままだと私は自分の望む愛が手に入らない状況を受け入れるしかない一方で、「身分や立場にあった振舞を自分がいまさら身につけなければならない。」のも怖い。だって自分がそれをできる自信が無いから。
「……このままだと、アマリリスの評判を下げてしまうだけだわ。それにー…やっぱりこのままなんて、嫌よ。」
元を正せば自分が悪いというのは、解っている。アマリリスを巻き込んでしまって申し訳ないという気持ちもある。
しかしながら王子の婚約者のままではらちが明かない恋心を玉砕覚悟でぶつかる為にももう一度「入れ替わり」をすることが最善だと思い立ちます。