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4.一方の田舎では。



◇◇◇◇



「……そう、今日はお兄様も戻っては来られないのね。」


王都への出発の日の朝からこうやって屋敷の中で一人残されたアマリリスは己は何て無力な存在なのだろうと落ち込んでいた。

そしてこんなに大人しく気落ちするマーガレットの初めて目にした屋敷の使用人たちは、その姿に心を痛めていたのだった。

彼らはまさか自分たちが仕える双子姫が入れ替わっているだなんて気が付くはずもなく、むしろいつにないマーガレットの様子に敬愛する姉であり生まれた時からの半身とでもいうべき双子の片割れと最後の別れの挨拶も出来ないままに離れ離れになってしまったことや、領地の土砂崩れ、それによって別れの悲しみに浸る間もなく慌しく家族との時間も取れない寂しさに耐えているのだろうとしかおもわなかったのだ。

あと、すこしだけ()()()()()()ではない大人しいマーガレットにホッとしてもいた。

いつもの調子でいられても慌しい屋敷内では彼女の相手をする手間が足りないのだ。

執事長と侍女長、数十人の使用人は残っているが、辺境の砦では緊急時には有能な者から借り出され屋敷使用人であっても例外ではないので人手が不足しているのが現状だったりする。

屋敷の外では蓄えていた備蓄を運び出し支援に向かう隊列が門を潜っていくのが見える。

なにせ土砂崩れなのだ。潰れた村から生き延びた者たちを保護することもそうだが、周辺の地域も水源などに影響が出る為に支援が必要だし、領民の不安な気持ちを静める為にも物資や支援を出し惜しみしていいわけがない。

もちろん、すべてを無作為に放出するわけではないが。


「マーガレットお嬢様、お茶のおかわりはいかがですか?」


「いえ、もういいわ。下がってちょうだい。」


「かしこまりましたお嬢様。では用がございましたらベルを鳴らしてお呼びくださいませ。」


「えぇ、わかっているわ。」


退出していく侍女長を見送りながら、どうして私をアマリリスだと気が付いてくれないのだろうと内心では困惑していた。

()()()()()、彼らは私たち双子をキチンと見分けていたはずなのに…と。

言葉の選び方、声のトーン、些細な所作のなにをとっても「私たち」は違うのに。


「…マーガレットに間違われることはあったけれど、()()()()()()()()()扱われるのははじめてだわ。」


まさか寝室を入れ替えただけでこんなことになるとは思っていなかった。

そもそも気が付かれるはずと高を括っていた。


(きっと……いまはもう()()()()()は王宮に召し上げられている頃のはずだわ。)

そうして私はマーガレットになった。

「もしかしたらこれが正しい運命なのかも」と、呟いてしまうほど上手くいき過ぎた入れ替わりに肩の力が抜けていくのを感じる。

そうよ。

幼い頃は、王子様のお嫁さんになることに胸が弾んだわ。そんな意義ある大役を任されたことに誇りと自信を持っていた。

…けれど成長して周りがよく見えるようになれば、嫌でも気が付いてしまうこともある。どれだけ大人や周りに誉めそやされようとも自分自身が王子様に釣り合わない存在だということに。

気が付いてしまうと努力をどれだけ重ねても自信は身につかなくなっていった。

そうなってしまうと常にシュリオール殿下には申し訳なさを感じ、俯いてしまって言葉が出なくなっていった。

殿下の周りはあたりまえに可憐な令嬢が沢山いたし、話題も豊富で笑い声も鈴を転がしたような愛らしい方々ばかり。

技量だけは磨いても根暗で陰気な私と華やかな殿下とでは会話も弾むはずはなく、つまらないおもいばかりさせてしまっては後悔していた事を思い出す。


「もしかしたら、丁度いいタイミングだったのかもしれないわ。」


第三王子の婚約者であったとしても、辺境の伯爵令嬢でしかないアマリリスは社交場で高位貴族令嬢からは冷遇されていた。

おもてだった派手な虐めはなかったものの存在しないものとして扱われることや心を抉られるような言葉や態度をとられることも珍しくはなかった。

稀にだが怪我をしたこともあるし、頭から水を被ったこともある。ドレスを汚されるくらいなら大したことじゃないと麻痺する程度には色々あった日々を思い返してみたら、辛いおもいはないままに王子の華やかさに釣り合う明るい花のようなマーガレットと入れ替われたのは僥倖かもしれない。

婚姻を発表した後からならば、マーガレットに手を出そうとするような不埒な貴族はまずいないだろう。もし居たとしても寄親となってくださったサクヌッセン公爵家の後ろ盾と王家が可愛い妹を守ってくれるはずだから。



(なにより、私がマーガレットの提案を断らなかったのだからこの運命はきっと必然なのだわ。)



◇◇◇





「マーガレット、ちょっといいか?」


「なんですか?フォルトお兄様。」


マーガレットとして生きていくことにしたアマリリスは言葉遣いをできるだけ(マーガレット)を真似るように気を付けるようにしていた。

性格の矯正は簡単ではないが、言葉なら。とおもいたってのことだ。

とはいえ口の重たいアマリリスはお喋りが上手ではない。

なので誤魔化すためにも率先して古いシーツを細長く切って丸める包帯作りに勤しんでいた。


「令嬢であるお前にそんなことをさせてしまってすまないな。」


「いいえ、お兄様。そんなことではないですわ。…私にはこのくらいしか出来なくて、力不足を感じています。」


「そうだな、助かるよ。ありがとう。だが、暫らくはそれらはほかの者に任せておいて欲しい。マグルアンテ伯爵令嬢としてマーガレットにしか出来ないことを頼みたいからね。」


「それは、是非に!どのようなことですの?」


喜び勇んで飛び出すマーガレットのような気持で、自分が役に立てることがあるのなら嬉しいと前のめりになってしまう。


「とある客人を暫らくもてなして欲しいんだ。」


「お客様…ですか?このような時期に、ですか?」


それはとてもおかしな話だとおもった。

だってマグルアンテ領が災害の復興にあたっていると、貴族だけではなく市民の間でも知らないはずがないのに。それかもしくは国の反対側の領からお客だろうか。


首を傾げていると、フォルトお兄様はお客様を呼んだ。


「紹介するよ、レイモンドだ。マーガレットとは初対面だろうが、こいつは一応アマリリスとは面識があるからね。そう気負わずに滞在中に気に欠ける程度でいいよ。あとはほっといて問題ない。」


「ちょっと、フォルト兄さんってば冷たいな。もっと丁重に扱ってよ。これでも俺は王宮からの使者なんだぜ?」


フォルトお兄様に対して気安く弟のように懐くこのお方を、当然だが(アマリリス)は知っている。

知っているからこそギクリと全身が強張った。

だって彼は…シュリオール殿下の乳兄弟であり、第三王子の側近なのだから。面識があるどころではない。婚約者と義兄の次によく見知った相手だ。


「っと。はじめましてマーガレット嬢。俺はラルべリア子爵家が三男のレイモンドと申します。」


にっこりと礼儀正しく挨拶をしてくれるが、どうにか同じく振る舞うように必死だ。


「はじめまして。私はマグルアンテ伯爵家が次女のマーガレットですわ。」


「あぁ、うん知っていますよー、話だけはよく聞いてたんで。」


「ま、まぁ…そうですの。」


「しかし、本当にアマリリス様にそっくりなんですね。」


「それはそうだろう。マーガレットとアマリリスは一卵性の双子だからな。それはそうとしてだが。来てもらって悪いが直ぐに渡せる調査資料はいまのところないからな、しばらく滞在してもらうことになるがいいか?」


「それはご心配なく。最初からそのつもりですし、なによりシュリオール殿下が隣国との調整役に抜擢されましたのでどのみち俺はマグルアンテに留まっておいた方が何かと、ね?」


「あぁ、なるほど。では隣国との接近領同士の細かな取り決めなどの書類は用意しておくから目を通すといい。一応は調査の結果で自然災害と人災の微妙なラインだということはわかっているのだがな…どうにも隣国側の意図的な攻撃ではないということにはなっているから、なんとも。」


「っていうと?」


「土砂崩れをおこした山の峰は高いだろう?その上で隣国で今年は雨が少なかったようなんだ。それであちら側は水源を求めて爆破掘削を敢行したようなのだが、運悪くその影響を受けたのがマグルアンテ領だった、…というのがあちらさんの言い分だ。」


「ははーぁ?つまりは人災ではないですか。とはいえ、爆破したのは自国側。うーん…確かにびみょうですねぇ。隣国の少雨被害も話には聞いていますし。」


「素直に支援を求めりゃいいだけのことを、見返りに金品払うのを出し渋って自国でどうにかしようとしてこっちに迷惑かけてるんだから、馬鹿な話だよ。」


「これ崖のさいがいになったんですから領同士の話し合いでは済みませんからね。国家間のやり取りになる。」


「そういうことだ。大まかな被害状況はまとめてあるが、同じものは都度の王宮にもはや馬を走らせているからシュリオール殿下は把握しているはずだ。レイモンドは隣国との国使との対話の寸前までの状況把握のためとそこから予想しうる補填の費用の算出などを砦城で把握しておいてくれればいいだろう。」


「なるほどなるほど。」



…ほんとうに気安い二人の会話を横で聞きながら、この隙にマーガレットならどうするだろうと考える。

(アマリリス)が私のままではいけないことは解っているのだ。かといって単に対極な行動をすればいいというわけでもない。

(マーガレットなら、きっと、客人をもてなすことに積極的なはずだわ。)

役割ではなく自分自身も楽しみながら親交を深めていく、ような気がする。だってマーガレットはそういう子だもの。




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