2姉妹の入れ替わり
軽くノックをしてから返答を待たずにドアを開く気安さは姉妹だからというのもあるけれど久しぶりの再会に気が逸って待ちきれなかったからに他ならないらない。お母様にバレたら怒られるけれど。
「アマリリスっ!こんなにたくさん用意したのよっ。さあ一緒にお喋りしましょ♪」
続く侍女はワゴンにお菓子をどっさり乗せている。それに高級茶葉の紅茶も。
「いらっしゃいマーガレット、来てくれて嬉しいわ。」
そう言いながら迎い入れてくれたアマリリスはこれから客人でも来るのかという装いだ。
帰宅時のドレスよりは控えめではあるが部屋着ではない服装品に身を包み、ソファに浅く腰かけ客人を迎え入れる用意をしているようである。
「あれ?ごめん、今から誰か来るの?」
「いいえ、誰も予定はないわ。」
「…?えー?」
疑問符が浮かぶが、本人がそう言っているのならそうなんだろうと納得する。
それにしても先にお茶を飲みながら待っていたのか…あれ?¥この匂いって…??
スンスン鼻を嗅ぎ鳴らしアマリリスの手元のカップを覗く。
「それって、カモミールの砂糖漬けよね?」
「えぇ、そうよ。」
「なんでそんなの飲んでるの?」
カモミールティーが飲みたいのならちゃんと用意させればいいだけなのに、アマリリスはマグルアンテ国境軍の騎士や兵の携帯食であるカモミール砂糖漬けをお湯に入れて飲んでいた。
凡そ令嬢が好んで飲むようなものではない。
だってこれは戦場に於いて短時間のみの休息しか取れない時の気休めみたいな嗜好品なのだ。そんなものを、なぜ?
普通に花の砂糖漬けと言えばスミレや薔薇が一般的であるし、紅茶ではなく白湯に入れるにしても量が少ないとおもう。
(これじゃほんのり甘いお湯を飲んでるだけじゃないの。)
「これくらいがホッとして好きなの。」
「……ふーん?」
そう話している間に持ってきた茶菓子の甘く芳ばし香りにかき消されるようなほのかな匂いだった。
◇
「あー楽しかった!」
湯浴みも終えてベッドに転がり込むとき一日の感想をそう締めくくる。
声に出して自分の気持ちを独り言でも言うのはもう癖みたいになっている。
だってそうしなきゃ、今日という一日がつまらなかったって気がしちゃうんだもん。
自分で言った言葉を反芻する。
今日はお母様とアマリリスが帰ってきた特別な日。
お菓子も一杯食べたし、沢山お喋りもした。
家族みんなで食卓を囲んで和気藹々としたのなんていつぶりだろう。
お母様が王との流行りものの話をしてくれて楽しかった。
アマリリスは…いつも口が重いから相槌ばかりだったけれど、それでも楽しそうだったしそれも嬉しい。
(っていうのも本心だけど。…なんか、なぁ。)
ベッドから降りて窓に近づけば外は真っ暗で夜空には月と星だけが満天に輝いている。
窓から見下ろすのはぽつぽつ灯った見回りの衛兵のランプ。
主要警護の場はランプを灯したりなんかしないから、蛍のように動く灯りと領主館や使用人と騎士の宿舎の漏れ光が城壁内にあるだけ。
城壁外にはきっとまだ起きて働き賑やかな時間が流れ、ここよりも明るい場所があるんだろうな。
マーガレットは末娘で兄姉よりも世間を知らない自覚があった。
だって、自分だけが王都で生活したことが無いのだ。
双子の姉のアマリリスは王都のタウンハウスで暮らしているのに。
「…そりゃ、私よりもアマリリスは王子妃候補に相応しいけどさ。」
姿形が同じでも性格が違う。
貴族令嬢教育の基礎はお母様から逃げられなくて叩き込まれたけれどそれ以上は教師の目を盗んで脱走していた幼少期を思い出す。
「だからって、将来は王都に行けるってわかってたら頑張ったもん…たぶん。ちょっとは。」
おっとりした姉のアマリリスは逃げきれなくて授業を受けていたから、そうなっただけで。
「はー…アマリリスのドレス、綺麗だったなぁ」
ため息交じりに感嘆してしまうほど、アマリリスは美しかった。
同じ姿形でもこんなに差が出るのは、ドレス補正があるからかな。明らかに上等な服装品に身を包んでしまえばい同じなんじゃない?立ち居振る舞いなんて動いたり喋ったりしなければ意味ないし。
事実、親兄弟もマーガレットとアマリリスが大人しくお茶を飲んでいるだけの時は見分けられないくらいにはそっくりなのだ。それを知っているから未練がある。不満が生まれる。
「あ、……もしもアマリリスのドレスを着た私と見分けられなかったら、王都に遊びに行くくらいは許してくれないかな?」
思い立ったが吉日とばかりにコッソリ部屋を抜け出しアマリリスの部屋へと向かう。
音を立てないように扉を開き侵入に成功した。
室内は暗く、天井にひとつだけある魔道具ランプの仄かなオレンジ色だけが壁に影を落とす。
(疲れてたみたいだし、もう寝ちゃったかな…?)
ベッドには天蓋の幕が下りていた。
けれど窓際には影がありランプと月星の明かりに照らされたアマリリスが、…声も出さずに静かに泣いていたのだった。
「…っ!?」
驚きのあまり、声を失う。
なんでなんでなんで?なんで、泣いているの…?
「あ…っ、アマリリス…?」
「……………………マーガレット」
手で涙を払い何事も無かったように薄く微笑んだアマリリスは、だけれどもまた静かに瞳から雫が落ちる。
「あの、何かあったの?誰かに虐められた?」
「そんなことないわ。」
「じゃ、じゃぁ…なんでそんなに泣いて…?」
「どうして…かしら。でも…あんまりにも、夜空が綺麗で…」
「夜空なんていつだって綺麗じゃないの。ほんとうに、どうしたの?」
「いつでも綺麗なわけじゃないのよ、マーガレット。場所が変わるだけで、星は見えなくなってしまうものなの。」
「まっさかぁ」
「本当にそうなのよ。王都ではめったに見られるものじゃないの。……私ね、この夜空が好きよ。夜明けの鳥の鳴き声も、真昼の空気も日暮れの人の声も…みんな好き。」
「アマリリス、貴女もしかして…マグルアンテ領に戻って来たいの?」
「……………っ」
「それなら私は王都に行きたいわ!」
「そう、なら落ち着いたらいつか遊びに…「そうじゃなくてっ!」」
「私たち、入れ替わっちゃえばいいのよ」
アマリリスの涙がぴたりと止まった。
それを見てマーガレットは良いことをおもい付いたとばかりに得意げに続ける。
「でもただ入れ替わったんじゃ怒られちゃうから、そうだな~最終日に寝室を交換しましょ。それで使用人もお兄様たちもお父様もお母様もだーれも気が付かなかったら、ってことにしない?それならいいでしょ。」
マーガレットにしてみれば、軽い気持ちの悪戯だ。だっていくら同じ顔とは言えいままで見分けてもらえなかったことなの殆ど無いのだ。それにいざ「ドレスを貸して」と言い出すのが恥ずかしくなったというのもある。
それからの二週間あまり姉妹は最後の家族団欒を満喫した――――――――――。