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11.終話




◇◇◇


盛大に着飾った私は故郷のエバートン領を離れ首都の中央聖教会で新婦新郎を待つ席で長兄フォルトと着席していた。

パイプオルガンの荘厳な音色が響く中で後方の入り口から花嫁衣装に身を包んだアルティアーナ様ががお父上の腕をとりながらバージンロードを歩いてくる。



「…綺麗だわ。」


感嘆と、そんな言葉しか出てこない。

それくらいにアルティアーナ様は美しかった。そしてその美しい新婦を壇上で待つエルネスト様もまた輝いていた。

お父上の腕から離れエルネスト様の手を取り隣に立つアルティアーナ様。

神官様の読み上げる言葉は耳を素通りし、ただただ幸せに満ち溢れたお二人の姿を目に焼き付ける。



「はぁ…本当に素敵だったわ。」

「お二人が愛し合っているのが見ていてわかるくらいに幸せそうだったもの。」


周囲からも自分の心と同じような感嘆の声が漏れ聞こえる。


昼間は極近しい身内や知人などを招いた成婚式だが、公爵家の婚姻となれば盛大な夜会も開かれる。

その夜会の為に成婚式での挨拶は簡単なものだけに省略され、夜会に向けて招待客は準備する為に一旦帰宅する道中で共に出席していたフォルト兄さまに感想を言う。


「エルネスト様とアルティアーナ様は素敵だったわ。」


心からの感想あった。

アルティアーナ様もエルネスト様も睦まじく、素晴らしい成婚式だった。

……だけれども、マーガレットの心にはとげが刺さっている。


「あぁそうだな。あれだけ想い合い主神の名の元に婚姻をすることは、幸せなことだ。」


「あの…フォルト兄さま、あのさ、私も夜会に行ったりなんて…」「招待状が無いから行けないぞ。」


「……どうしても、だめ?」


「どうしてもだ。」


「でもでも、成婚式には参加したのに…」

「だが、夜会の招待状は持っていないだろう。招待状のチェックを通過しない人間は単なる侵入者だ。」

「でも………ぁ、ううん、ごめんなさい。」


いつものマーガレットならもっと食い下がって我儘を言っただろう。だけどアッサリと引いた。

きっとこの心の変化は歓迎すべきものだと、フォルトは気が付いた。


つい三日半前、旅程の途中で合流したマーガレットは殊勝にも「ねぇ、お兄様…私ね、もう一度勉強し直したいとおもうの。」と宣ったのだ。

そのときは驚いた。身内の自分が言ってしまうのもアレだが、マーガレットはお世辞にも淑女としては社交界に出せないくらいに()()()()()()なのだ。

なんとか基礎教育は終わってからのその発言に驚くとともに、基礎教育を終えているのだから甘やかしてはいけないとおもい「なら、何を学びたいか自分の足りないところを自分で把握してからもう一度そのことを言いに来なさい。教師を呼び雇う代金はどこから出ているのかもわかっていて学び直しを請うているのだよね?」と、まぁ、厭味っぽいことになってしまったこともあった。

けれども現実的な話だ。

与えられた学びの機会を真面目に受けていなかったからこその、自分の都合で領内の民の血税を浪費する発言だと自覚を持って欲しかったというのが強くあった。だからそう言った。



今回の成婚式にも本来ならマーガレットは招待されていなかった。

しかし王子婚約者の双子姉妹入れ替わりという出来事があったからこそ、アルティアーナ様からの招待を受けた。招待状が届いたのはほんの半日前だ。

相手側はこちらが気が付けなかった失態にも把握して動いている。

そればかりか隠蔽のサポートまでする勢いなのだ。これで頭をあげられるわけがないし、その件に関連してアルティアーナ様からも届いた招待状に同封された手紙でも釘を刺されている。


……初心(うぶ)なマーガレットがエルネスト様に恋心を抱いてしまうのは無理からぬことだが、それを容認するほどアルティアーナ様は寛大ではない、…という内容だった。


(そりゃそうだ。サクヌッセン公爵は直系王族が貴族として臣下に降下(くだ)る家なのだから。エルネスト様も幼少の頃に養子に入った元第二王子王子様だしな。)

しかしながら、だからこそ王位継承順位王家に次いで高く、迎えられる正妻は「レベッカ妃」と呼ばれる、そうあるように育てられたお方だ。完璧な令嬢として王子妃に引けを取らない厳しい教育を経て妻に迎い入れるのだ。

だからこそアルティアーナ様がエルネスト小公爵の側妻や愛人としてマーガレットが選ばれる可能性を潰すのも、また必然である。

いずれはサクヌッセン公爵家と次代の国王や王弟夫妻の子は縁を結ぶ可能性が高いのだから、ただでさえ近い血の子、それを二重の従兄弟と従姉妹にしてはならない。しかも一卵性の双子から産まれた子は書類上では従兄弟や従姉妹でも血では兄弟姉妹になる。

神の洗礼を受けた貴族の身で近親相姦などという大罪を犯させてはならない。


だからだろう、アルティアーナ様がマーガレットを成婚式に招待したのは。

エルネスト様とアルティアーナ様の愛し合う睦まじい姿を見せることで心を折り絶対に諦めさせるために。


レベッカの花は気高く咲誇る薔薇によく似ているけれど薔薇ではない。

しかしだからと言って薔薇に劣ることは無い。本人が努力しただけの美しさを兼ね備えている。

また薔薇のような愛と美の象徴ではなくとも、低木で枝葉を多く茂らせるその姿は棘もなく可憐で愛らしい。

なにより薔薇にはなれないことを理解した上でのいじらしい愛らしさがある。

マーガレットの招待状に託されのは、アルティアーナ様の矜持とそういう事情の外にも、彼女の貴族の女としての意地の表明でもあった。


(…なんて、いまのままの未熟で世間知らずなマーガレットに言ったころで伝わるまい。そのうえ本人が求める学びの場は自己責任にもならない家がかりだ。)


己がどれだけ無力なのかも恋と愛の違いと相関性についてさへ解っていない妹に今日の成婚式への招待の意味はまだ難しいだろう。

また同時に学びが足りないと自覚しているのだから、厳しい言葉も「怒られている」程度にしか受け取れないから言葉は今のところ慎むしかない。




◇◇◆◇◇



それから一年後。



明け方からザーッと降った雨雲がまだある中、天使の階段と呼ばれる日の光が差す頃にエバートン領の教会ではマーガレットの成婚式が淑やかに行われた。


相手は恋した相手でもまだ愛した相手でもないが、それでもマーガレットが自分で選んだ相手だった。

年若い青年騎士はエバートン家に忠誠を誓う臣下の出だ。彼はエバートン騎士団に所属する領内の子爵家五男。だがマーガレットと婚姻すればエバートン家が保有する子爵家を受け継ぐことが出来る入り婿だ。

村が五つの狭い領地ではあるが領地持ちの貴族になることには変わりない。


当主である父が吟味に吟味を重ね、アマリリスの成婚が叶った後からであっても双子妹のマーガレットを利用しようと野心を持たぬものでありかといって向上心を忘れるものでない婿を選び抜いた候補の中から見合いさせマーガレットが「このひとなら」と頷いた相手だ。


容姿がずば抜けて好いわけでもない。かといって醜男というほどでもなくほどほどの青年。騎士団の中でも腕は立つが前に出るより守りに徹するタイプだ。けれども、騎士団に所属する男は女と酒に散財しがちなのに性格は穏やかで優しい誠実な男だった。

そこを当主に気に入られて見合いが成った。


もちろん家柄や他の要因から候補はいくつもあったが、マーガレットは顔見知りであり穏やかな性格の彼を嫌う理由も無かったから頷いたのだ。

だって、他の見合いの相手は大抵が前のめりで口説いてきたので、嫌悪感を感じたから。

…いつかの、片思いをしていた自分を見ている様で自己嫌悪で恥ずかしかったし、やっぱり自分の後ろにある爵位や領地というエサに群がっているだけの様で嫌だった。

もちろんマーガレット自身はエルネストの爵位の高さに釣られて恋をしたわけではないつもりだ。だがしかし、あれから自分自身と向き合ってみた時に漠然と「双子姉(アマリリス)が王子妃になるのなら、自分もそれに見合う相手と結婚するのだろう」という思い違いをしていた心にも気が付いてしまったのだった。

だからなのだとおもう。これだけ男所帯な環境に育っていながらただの一回も恋をしたことが無かったのは。無意識に女としての選民意識を持っていたから、騎士団の男を男として見ていなかった。


それに、自分で学び直したいと勉学に励んだ影響も大きい。

あれだけ大嫌いだった授業だが、王宮に短期間だけでも滞在した私は意欲を持って学んだお陰か親兄弟も驚くスピードで吸収していった。…ただし、それは貴族の婚姻や関係性についてのことや、そういうゴシップ的なことばかりの分野に特化していたけれど。ほかは、まあ、…うん。平均点だ。


でも、それも大事な教養だった。

私が解っていなかった現実は、ちゃんとすすんでいて、解らないままだったら「なんで?」って困惑したまま気持ちが置いてけぼりになって、きっと癇癪を起しただろう未来を先に知ることが出来た。


結婚する夫と私に爵位と家名と同時に与えられた領地は基本的に農作する地だ。

それでも村5つと中心町街あるともなれば見回しただけでは目が届かないほどに大きく広い。

閑農期には連作障害を防ぐためにマーガレットの苗を植え花や他にコンパニオンプランツを植えて冬に間の花畑として観光の名所にする計画も夫となる彼と話し合った。

マーガレットの花に連作障害を解消することは出来なくとも、冬に咲く花は綺麗だと彼が言ってくれた。




「恵みの雨が大地を潤すこの良き日に夫婦となる二人に祝福を授けます。」


教会の壇上で祝辞を述べる神官からの祝言(ことほ)ぎをいただき、これから先の人生を共に歩む夫と共に謝辞する。両手を取り合う手には指輪が輝いていた。








―――END――――



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