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9:名は体を表す


 少女が屋上から飛んだ瞬間、魔法少女『312』こと髙野マイは我が目を疑った。慌てて駆け寄り手を伸ばすが、それは届かない。

 一緒に活動する魔法少女『329』、西沢ヒカリとともに鉄柵を掴み下を覗くことしか出来ず、落ち行く少女を見る他無い。


 躊躇いなく身を投げ出した少女は、重力に引かれ落ちていく。その姿はいやに軽やかだ。


「……ぅそ」


 それはどちらの声か。多少目障りには思っていたが、何も少女に死んで欲しかったわけではないのだ。まさかそんな真似をするとは考えもしていなかった。

 苦しさに喉が張り付き、震える膝から力が抜ける。

 マイもヒカリも視線を逸らすことなど出来なかった。小さくなっていく少女を見つつ、数瞬の後に来たる結末に怯えることしか出来ない。




 そして彼女たちは見た。


 光の爆発を。魔力の暴威を。太陽のごとき輝きを。


「──魔法少女、変身(ハイペリオン)!!!」


 叫びとともに少女の身体が魔力光に包まれる。

 瞬間的に光球が膨れ、辺り一帯を照らした。その眩さにマイたちは目を背ける。

 通りから何から魔力光で白く染め上げ、続けて光の柱が立ち上る。


「なん……なんだよ……」

「ハハ、いや、すご……」


 ジリジリと魔力が肌を焼く。

 光の柱は膨大な魔力の塊であった。

 それが一人の魔法少女によって形作られたことがマイには信じられない。その様を目にしたはずなのに飲み込めなかった。

 あまりにも現実離れしている。そんな光景なのだ。


 まるで昼間になったかのようだった。

 光の柱は施設管理棟よりも高く高く伸び上がり、その莫大な光量を以て周囲から闇をとり払った。


 マイとヒカリとしては唖然とする他ない。

 こんなものは見たことがなかった。こんなことが出来るとは聞いたこともなかった。



 やがて魔力光が落ち着きだし、一時の昼間の再現に陰りが生まれ始める。

 時間にすればわずか一分。

 しかし二人の魔法少女にとって、それはとても長い一分だった。


「……ハッ! やばいやばい!」

「魔物来るじゃん!」


 元より魔力が高まりつつあり魔物の注目を集めていた土地。そこでこれほど派手に魔力をぶちまければ、引き寄せられない道理がない。


 光の柱が細まるのに合わせるように、空のあちらこちらが歪み出す。

 魔物がやって来る。

 その数は尋常でなく、夜空が波打つように見えた。


「やばいやばい、やばいって!」

「どうするこれ見たことねーよ!?」


「あいつやりすぎなんだよ!」

「逃げらんないよ、これ!」


 蠢動する空。

 そこから這い出すようにいくつもの影が見える。


 わさわさ、ぞろぞろ、がさがさ、ざわざわ。


 さして強い魔物は見当たらないことが救いか。生理的嫌悪を催すほどの大群を前にして、それは些事でしかないかもしれない。

 あるいは誤差か。

 どのみち、マイやヒカリが正面から戦おうとすれば十秒そこらで蹂躙される。


 その場にへたりこんだ二人の魔法少女は互いを抱き合い、引きつったような声を上げた。死にたくないと震えながら呟く。



 その時、何かが鉄柵に降り立った。



 軽い音ともに柵の上に立つのはヒダキだった。

 身に着けていた衣服は変身と同時に再構成され、魔力でもって一枚布に編み直されている。

 ストーラだ。

 彼女の細い身体をゆるく包む袖の無いローブは、目が痛いほどに白く美しかった。さらにその上に金糸が編み込まれて煌めく赤のマントを羽織り、ヒダキはまるで古代の神職かのようである。

 色白の細い足には布で編まれたサンダルを履き、揺らめくストーラの裾は蠱惑的だ。風にたなびくマントは燃える炎のようであった。



 その姿に、見上げる少女たちは思わず息を呑んだ。

 魔法少女の衣装は画一的だ。フォーマットが定められているために誰が変身しても同じようになる。

 それは、支給される変身端末(コンパクト)がとある魔法少女のをオリジナルとしたコピー品であるから仕方ないことであった。

 オリジナルである魔法少女の衣装をコピーしたものとなるのだ。


 魔法少女の衣装の違いはそれだけで能力の証明となる。オリジナルから離れていると言うことは、それだけオリジナルの影響下から逃れていると言うこと。

 強ければ強いほどに、衣装は個性を反映する。




 マントをはためかせ、ヒダキは一人鉄柵の上に立つ。不敵な笑みを浮かべ、魔力を昂らせる。

 私はここだ。ここに居るぞ。

 そう言わんばかりに、空に蠢く魔物たちを挑発した。


 羽虫のような大群は一斉に反応を見せる。

 ぞわりと波打った後、滝のように降り注いだ。


 生理的な嫌悪感をかきたてられるそれに、マイとヒカリは悲鳴を上げる。

 だが、何よりも目前に迫る死が恐ろしかった。

 怒涛のごとき魔物の群れになど対抗できようはずがない。擂り潰されるのがオチだ。

 溢れる涙に視界が歪み、二人はただただ叫ぶことしか出来なかった。



 ──刹那。

 雲霞のごとき魔物の群れごと、日立の夜空は白く染め上げられた。



 一拍遅れて轟音と、それから灼熱とがマイとヒカリの元まで届く。


「ええ、なになになに!?」

「はあ!?」


 灰が風に巻かれていく。

 炭化した魔物の身体がボロボロと崩れながら落ちてくる。焦げたような匂いが辺りを覆うが、魔力ともにすぐに霧散していった。


 命の灯火はより大きな業火に塗り潰された。

 覆い尽くさんばかりに群れていた魔物どもは跡形もなく。灰に、塵に、死体に変わり、日立の夜空は星々を取り戻す。


 それを見て、マイは震える他なかった。

 ゆるく開いたままの口からは言葉が出てこない。


 彼女の常識とはまるでかけ離れた出来事であった。

 魔法少女とて万能ではない。

 出来ないことは多く、悩み苦しむ生き物だ。

 だからこそ、戦場で命を落とすことになる同胞もいる。


 どれだけ強い魔法少女であっても数を頼りに攻められれば苦労することにはなるし、相性によっては手も足も出ないだろう。

 時には逃げることしか出来ないこともある。あるいは、それすら出来ないことも。


 だが、今のはなんだ。


 空を埋め尽くす魔物の群れを焼き払う?

 マイには理解が出来なかった。

 どうすればそんなことが可能なのか。いや、それを実行しようと考えること自体が理解の外だ。


 しかしどれだけ疑おうとも、マイの五感が今のは現実のものであると訴えかけてくる。

 ヒカリと顔を見合わせる。彼女もまた、自身の常識とのズレに戸惑っているようだった。




「次のは中々大きそうですね」


 二人の上から軽やかな声が聞こえてきた。

 ヒダキの背中は何も変わりない。消耗など微塵も感じさせず、戦意に満ち満ちている。

 彼女の視線は上空に向けられていた。ある一点が徐々に歪みつつある。


 小物の群れは大物の出現の予兆だ。あるいは、小物が群れているからこそ大物が招き寄せられるのか。その動きは魚のそれにも似ている。


 狙い通りに事が運んだことにヒダキは満足げな笑みを浮かべる。その歪んだ笑顔は下の二人からは見ることが出来ない。


 彼女はこの状況を望んでいた。自己の能力を顕示することで、ヒダキという魔法少女は鮮烈なデビューを飾る。

 魔物の群れの一掃、大物の排除。

 北関東支部はこの事態を把握している。支部とそこに属する魔法少女、その二つが証人となってヒダキの実力を担保する。

 そして、それを足掛かりに実績を積み上げる。


(まずは足場を固めねぇとな)


 一年以内に起こる何か。それに備えるためには、ヒダキが無名のままでは困る。

 ルイーネが行動を起こした時に関われる立場であるためにはどうしたら良いか。

 恐らく、ヒダキはどう足掻いても巻き込まれるだろう。ただ、それに対して受動的であるのではなく、能動的に立ち回りたいのだ。


(二人を巻き込んで怖い思いさせてるのは申し訳ねぇが……。どうか勘弁してくれ)


 このまま全て、ルイーネの掌の上など我慢ならない。彼女が何をするつもりかは知らないが、自身が望む未来を手にするために、ヒダキは全力を尽くす。



 ──機会を得ておいて、何もしないなど考えられなかった。



 元の身体に戻る? それは大事だ。

 妹の仇を討つ? 出来るのならばしてやりたい。

 だが、それらよりもヒダキを強く突き動かすものがあった。





 日立の夜空が大きく歪み、ひび割れ、軋みを上げる。砕かれた空の欠片がキラキラと月光を乱反射した。

 虚空の向こうからのっそりと何かが姿を現す。


 不格好な人型のそれは、手足が異様に膨れぶよぶよと皮膚が弛み、頭と思われる部位には何も付いていなかった。水死体のようだ。吐き気を催すほどに青白い肌がその印象を強める。

 その魔物は虚空から踏み出し、日立の地に降り立とうとしていた。

 ぐうん、と夜空に空いた穴から頭を出すと、その大きさがよく分かる。頭だけで魔法少女たちがいるN4施設管理棟の数倍、全身が出てくればどれ程になるか。

 間違いなくこの場で最も巨大な存在だ。


 日立全域に腐臭が漂い始める。

 痺れるような感覚にヒダキは鼻を鳴らした。毒か呪いか。いずれにせよ碌なものではない。


 その巨躯が完全に虚空より出でて、存分に力を振るえばどうなるだろうか。

 マイとヒカリはその想像に顔を青ざめさせるも、ヒダキは不敵な態度を崩さない。


 彼女はこれを幸運とすら思っていた。


 巨怪がこれほど簡単に姿を現したということは、ヒダキが魔力を餌にしなくともいずれ顕現していたのは間違いないからだ。

 これを引きずり出したのが自分で良かった、とヒダキは安堵したのである。


 マイとヒカリは互いを抱き合い、黙ってヒダキを見上げていた。言葉を発することは出来ない。恐れが喉を締め付けてしまうから。


 ヒダキは静かに指を差す。狙い定めるは、夜空の巨怪。

 瞬間、閃光が瞬いた。

 轟音とともに熱波が押し寄せる。

 小型魔物を焼き払った先ほどの一撃を、より局所的に絞った業火。瞬間的に熱せられた空気が弾け、爆風がヒダキの頬を叩く。

 それを意に介さず、彼女は夜空に厳しい視線を向け続ける。


 爆煙を蹴散らし、滞留する残存魔力に焼かれながらも健在な巨怪は、半身が虚空より抜け出していた。

 ヒダキの目が忌々しげに細められる。

 小物であれば瞬間的に炭化せしめる熱量でも、表面を焦がすのがやっとであった。己れの甘い見積もりに舌打ちが出そうになる。


(一気に叩く!)


 魔力の循環と圧縮。ヒダキは一息にそれをこなす。無造作に吐き出されていた余剰魔力はピタリと止まり、周囲を漂う残存魔力が彼女のもとへ集まっていく。


 マイは引き寄せられるような感覚を覚えた。深い深い孔を覗いた時のように視線がヒダキから引き剥がせない。

 ヒカリの呼吸が荒くなる。彼女はヒダキの内で循環させられている魔力を感じ取っていた。額に汗が滲む。群れを一掃した業火ですら比較にならない。ヒカリからするとそこにあることを理解するので精一杯だ。あまりにも膨大すぎて全貌が把握できないのである。



「ボオオォォォォヴヴウウゥゥゥゥゥゥ!!!」


 ヒダキの魔力に呼応してか、巨怪が吠えた。

 青白い肌を震わせて、警戒を露にする。日立全域に響き渡るそれは、恐怖の色を含んでいた。


 対するヒダキは歯を剥いて笑った。そこに恐れなど無い。圧縮されて純化した魔力が、揺らめく熱として立ち上る。

 彼女は信仰に身を委ねる神官のように両の腕を広げた。



「……グロリアス──」


 厳かに。神妙に。

 仰々しく。恭しく。

 思い描くは薄明光線。練り上げられた魔力がイメージを翼に変えて、ヒダキより放たれる。

 叫びとともに、両拳が胸へと叩きつけられた。


「──バーストッ!!!」





 それは正しく太陽の顕現。

 目も眩む恒星のごとき光球は夜空を消し去って見せた。

 星々は輝きの前に姿を消し、大気に乱反射した光は二重三重の虹輪を生んだ。


 巨怪も虚空の穴も、何一つ残っていない。

 美しい星空だけがそこにあった。





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