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8:魔法少女、身投げする


 支部の長と言えど、真山は所詮末端に過ぎない。

 それを痛感させる出来事を受けて、ヒダキは自身に何が出来るか把握しなおすことにした。


 彼を知り己れを知れば百戦殆うからず。と言うが、つまるところ相手の情報だけでなく自分の手札も覚えておけよ、ということである。

 戦いに勝つためには何か一つの要素だけでは足りないのだ。

 また、孫子の兵法には自身の手札を分かっていないようでは必ず負けるともある。自軍の管理は徹底すべし、という考えが見える。


(他にやれることは無いしな)


 手の届くところから物事を始めるようにしろ。ヒダキは会社に勤めていた時に先輩から習った言葉を思い出し、己れの手が届く範囲を見定めることにした。



 まずは政治力。

 これは残念ながら皆無に等しい。

 北関東支部の長である真山との繋がりは、保護局で真に力を持っている層への働きかけが行えるほどのものではなかった。それは先日の一件で証明されたことであり、真山も認めていることだ。

 ヒダキの狭い交友関係では頼れる相手は限られてくる。その中でも最大級の一手が無力化されているのだから、この方面は諦めるべきだろう。


 それから財力。

 これもまた皆無だ。話にならない。

 ヒダキは究極的には保護局の管理下であり、ライフラインは握られている。言うなれば養われている側の彼女は、政治力以上にこの分野で勝ち目がない。


 ならば戦闘力は──。





 と、そこでヒダキの物思いが途切れる。

 乗っていたバスが目的地に着いたのだ。


 北関東地方常陸県日立。

 海に面した工業地帯が今回の彼女の仕事場である。町のような大きさの製鉄施設を守るために、彼女たちはマイクロバスに揺られてやって来た。


 ヒダキ含む魔法少女が3名も同時に配置される重大案件である。ランク3が二名に、ランク5であるヒダキをつけた辺り、魔法少女保護局北関東支部が防衛に力を入れていることが窺えた。

 北関東で動かせる人員は限りがある。配属される魔法少女がそもそも少なく、いざとなれば都心部から応援に向かわせれば良いと上層部に考えられているからだ。見捨てられているとまでは言わないが、左遷先、あるいは僻地と見られていた。




 魔物にも集まりやすい場所というものがある。


 土地が魔力を溜め込んで魔物を誘引してしまうのだ。

 魔物の出現頻度には偏りがあり、激戦区ではひっきりなしに現れるものの、そうでない場所では数日どころか数週間や数ヶ月の間を置くことさえあった。以前ヒダキが行った北関東のとある町もそうで、おおよそ4ヶ月に一度魔物が出現する。


 では日立はどうかと言うと、10日ごとだ。かなりの頻度である。激戦区とまでは行かないものの、北関東では屈指であった。

 土地そのものが魔力を集めてしまうのでは、対処のしようがない。メカニズムがはっきりとしていない部分であるし、研究が進んでいない分野なのだ。

 また、日立ほどに発達してしまった製鉄施設を今さら他所へ移すのは難しい。……いや、不可能だ。魔力による特殊合金の開発も進められていることだし、それは尚更だった。


 また、魔物の数も問題だ。

 土地の魔力が高まるのに呼応して魔物も集まって来るのだが、日立は広範囲でそれが同時に発生するため、一度に多くの襲撃を引き起こしてしまう。

 四方八方で同時多発的に魔物が暴れだしては対処が間に合わない。

 製鉄炉は火を落とすことが出来ないために職員の避難も間に合わず、襲撃の度に彼らは死と隣り合わせになる。


 魔法少女が三人も動員されるのは、炉の稼働を継続させている職員を守るためでもあった。



 さて、僻地である北関東で日立防衛は目立つための格好のイベントだ。本部付きやその他希望の支部への転属のためのアピールポイントである。

 それはヒダキとともに任務にやって来た魔法少女二人も変わらないことであった。


 彼女たちは不貞腐れていた。

 まさか同行するのがランク5の魔法少女と思わなかったからである。

 折角の機会が潰されてしまう。そういう危機感を抱いてた。


 ランク3である彼女たちは決して弱い魔法少女ではない。大半が1か2で止まることを考えれば優秀な部類だ。だが、上位の魔法少女がいるとなればその言に従わざるを得ない立場でもある。

 そうした序列に不満を持ち、さらなる飛躍を目指した上での日立防衛だ。

 最低限でも北関東での足場固めにはなる。活躍次第ではもっと上だって狙うことが出来る。


「で? そこのちびっ子はどうしたいわけ?」


 ヒダキが参加した時点でそんな彼女たちの考えは儚く消えることになった。


 功績は最も目立つランク5の魔法少女さまのもの。手足のごとく扱われ、自分たちは多少の手当てでポイだ。魔法少女たちはそんな風に僻んでいた。

 こっちまで仕事回んないかも。なんて、やる気はとうの昔に消え失せていた。


 だからこれはただの確認だ。苛立ち紛れの八つ当たりでしかないが。

 邪魔にならないように引っ込んでろ、と言質をとって休んでいるために水を向けただけ。


「──ここに魔物を引き付けます」


 予想と異なる回答に、二人の魔法少女は揃って口をパクパクとさせた。二の句が継げない彼女たちに、ヒダキは仕事を言い渡す。


「あなたたちはそれを見ていてください」


「はあ!?」

「なに言ってんだよ!」


「……そうですか。大人しくしていてくださいね、私が全部片付けますから」


 事も無げに言い放つヒダキに、二人の魔法少女は面白くなさそうな表情を浮かべた。


 魔法少女『312』と『329』は、ともにランクを3まで上げている。それは決して易しいものではなく、才能と併せて努力が伴わなければなし得ないことだ。本人たちもそれを自覚し、故にこそ調子に乗っている部分もあった。

 彼女らを押さえつけるような人員配置。そしてヒダキの言動。

 それはそれは面白くない。向かっ腹が立ってどうしようもない。


「出来るわけないでしょ!!!」

「あんまちょーし乗んなよ!!!」


「舐めんじゃないわよ」

「手伝わねーなんて言ってねーだろ!」


 怒鳴り付けられたヒダキは初めて少女たちの方に視線を向けた。まじまじと見詰められ、二人の魔法少女は気勢を削がれる。


「な、なんだよ……」

「間違ったこと言ってねーだろ……」


 数秒の沈黙の後、ヒダキは微笑み再び言った。ここに魔物を集めます、と。

 少女たちに撃ち漏らしを任せることを告げ、答えを聞かずに歩き出す。



 ヒダキたちは今、日立の端に居る。

 製鉄施設の北東の外れ、海に面したN4施設管理棟の屋上に立っていた。

 既に土地の魔力は蠢き、高まりつつある。それに合わせてか、空気も揺らぎだしていた。魔物が出現しようとしている。


 このN4施設管理棟に魔物を引き付け撃滅することを、ヒダキは狙っていた。

 魔法少女『312』と『329』にはヒダキが倒し損ねた魔物を任せるつもりだ。


 魔物は魔力に引き寄せられる。

 それはヒダキが初任務の時にヤヤから聞かされたことで、魔法少女たちにとっては常識的な話だ。

 日立が狙われるのも土地の魔力が高まるからで、魔物が魔法少女に敵対的なのもその身に宿す魔力を狙ってのことだ。


(ってことは、餌に出来るよな)


 ヒダキ自身を餌として、魔物を釣る。いや、漁をする。

 かき集めてまとめて潰す。ヒダキはそんな皮算用をしていた。



 屋上の柵を乗り越えた。

 ヒダキは建物の縁に立ち、下を見る。

 その高さはビルにして10階分。さすがの高さに肝の冷える思いだった。


「おいっ!」

「何やってんだよ、戻れ!」


 自殺志願かのような振る舞いに二人の魔法少女が慌てる。青ざめた顔で止めようとする少女たち。

 焦る彼女たちを尻目に、ヒダキは屋上からその身を躍らせた。

 浮遊感に身を任せ、叫ぶ。


()を焼こう──」




「──魔法少女、変身(ハイペリオン)!!!」






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