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50:魔法少女のいない日常へ


「待たせたね、迎えに来たよ──」






 世界は塗り変わり、新たな道行きを歩み出した。

 魔法少女は消え去り、魔物は鳴りを潜めて、人が人らしく文明を築く世界。

 二度の大戦を経てようやっと落ち着きを手にした人々をヒダキは眺め続けている。


 身体はない。

 星の核にそのようなものは不必要だから。

 強いて言えば、核そのものがヒダキの身体である。

 膨大な、それこそかつての世界で使われた魔法全てを賄って余りあるほどに魔力を蓄えた核は、今日も元気に魔力を生み出し続ける。

 いずれ来たる魔物の襲来に備えて、それ以外にすることがないことも相まって。



 世界は大きな変革を迎えている。

 ヒダキはそれを眺めていた。

 大戦もそうだが、環境の変化は目まぐるしく。あちこちで起きている気象変動は見ているだけで心配になるほどだ。

 地震に台風、長雨や竜巻。海面が上昇しているなんてこともあったか。


 星の核であるヒダキは表層で起こっていることを正確に把握まで出来ない。何かが起きているとは分かっても深くは知れないのだ。

 対岸の火事、と言うと少し語弊があるが、ヒダキからするとそんなものだった。


 薄膜に覆われ魔力に揺蕩いながら、ヒダキは今日も世界を観察し続ける。



 新たに動き出した世界でヒダキは己れを作らなかった。そう、桧田木幸次郎という男は存在していない。

 自身が二人いるという状態を気持ち悪く感じたというのが主な理由だが、もう一つそうした理由があった。


「まあ、頑張ったよ。私もね」


 振り返ってみれば、桧田木幸次郎は少しばかり働きすぎだ。星との接続を果たした故に読み解けた記録を信じるならば、巻き戻す度に彼は何かしら魔法少女と関わる仕事をしていた。

 全ては妹のため。

 ヒダキ自身に実感はないが、少々偏執的と言うか行き過ぎているきらいがあると思えた。保護局の職員に、魔法少女の権利向上を訴える団体、それからまた保護局に勤めて、最後にはヒダキとして魔法少女そのものになった。


 そろそろ休息を与えても良いだろう。

 もう妹に差し迫った危機はないのだから。



 ヒダキに出来ることは少ない。

 魔力を生むこと蓄えること。あとは世界を眺めることくらいなものだ。

 飽きはする。

 世界がどれ程の変化を見せても、ヒダキの知らない国の様相は実に興味深く思えたが、どうしても気持ちが倦むものだ。

 それでもヒダキは投げ出さない。

 これこそが、この終わりこそが望んだものであるのだから。



 やがて魔物が現れて世界が混乱に呑まれても、ヒダキのすることはほとんど変わらなかった。

 魔力を生んで、世界を眺める。

 星に魔力を巡らせることもするべきことに加わったが、それだって大した手間ではなかった。溜め込んだ魔力は道さえ用意してやれば勝手に流れていき、ヒダキが手を出すようなことはなかったのだ。


 ひたすらに魔力を生んで、ぼうっと世界の様子を眺める。


 そんな代わり映えしない日々が続く。

 世界は大きく動いている。魔物が暴れ、それに対抗するように特別な人間が産まれ始めた。人類は一つ上のステージへと昇り、新たな時代が幕を開ける。

 対立もあるだろう。脅威だってある。

 それでもその旅路にヒダキは祝福(魔力)を送り続ける。


 多くの苦難があった。

 富士の山は弾け、島々は海中に没した。大雨が町を洗い流し、嵐が建物をひっぺがす。

 そこに魔物が来たものだから、多くの人が亡くなった。

 それをヒダキは見つめていた。


 いくつかの朗報もあった。

 人々は宇宙へ手を伸ばし、風に倒れぬ塔を建てた。沈むのならばと浮かぶ島を作り、魔物を打ち倒して街を守った。

 苦しむことはあっても負けることはなかったのだ。

 ヒダキはそれも見つめていた。



 やがて魔物が現れる日常に人々は慣れ、新たな人類も紆余曲折を経て大衆に迎え入れられた頃。


 ヒダキは懐かしい声を聞くようになった。

 遠くから呼び掛ける声に、しかし答えるための喉はない。

 耳はないのに聞こえるのだから、それくらい融通を利かせられないものかと嘆きはしたが、ヒダキに出来るのは精々が魔力を脈動させるだけ。

 声に応じて鼓動をつければ、何か読み取ってくれるのでは。そう期待して星を巡る魔力にリズムを与える。


 声が徐々に近づいて来ていることは、ヒダキとてすぐに分かった。

 星の核として色々な感覚が鈍りはしたが、まだ決定的に時の感覚が歪みはしていない。一分と一時間は区別が付かないものの、一日であればさすがに分かる。

 三日もしない内に、ヒダキは声の主が星の核へ訪れようとしていると理解する。


 それに気づいた時、ヒダキの心は混沌としていた。

 喜びは勿論ある。気絶しそうなほどに感激していたし、踊りたくなるくらいに嬉しかった。己れの行いに代価を求めていたわけではないが、それでも真摯に返そうとされれば誰であっても喜ばしく思うだろう。

 しかし同時に、ヒダキは恐れも感じていた。落胆も。結局はこうなるかと己れを責めて、受け入れられるか心配にもなった。


 だがヒダキには何も出来ない。元より眺めることしか出来ない身であれば。

 だから待った。その時を。大人しく。

 丁半博打ではないが、賽子は既に振られている。結果を知るには被せた椀を取り払わなければならない。

 最後になるまで勝ち負けは分からないのだ。

 ヒダキに出来るのは祈ることのみであった。




 星の核の薄く柔らかく、しかし何よりも堅牢な膜を突き抜けてその声が届いた瞬間。

 それまで抱いていた懸念も、迷いも、一切の苦しみが取り払われるのをヒダキは感じた。救いとはこの事かと流せないはずの涙を流した。

 気付けば星の核では無縁の身体を、桧田木幸次郎としての身体を取り戻していた。


 再構築を終えた肉体で、彼女を出迎える。

 自然、笑みを浮かべていた。






「──お兄ちゃん! 一緒に帰ろう!」




 魔法少女ハイペリオン・ノヴァは死んだ。

 代わりに桧田木幸次郎が日常へと帰還する。









 ありがとうございました。これにて『魔法少女ハイペリオン・ノヴァ』完結となります。

 途中投げ出しそうになったこともありはしましたが、どうにかエンディングを迎えられてホッとしています。ここまで書ききれたのも、読んでくださった皆さんあってのことです。

 本当にありがとうございました。




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