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46:見えざる光が貫きし時


 ──雷霆の騎士が完全となる。


 わずか五分足らずの充電によって最大戦力を得られるところも、ドンナーの脅威たる点であった。例えば同じ大災級である煙災のロウフは、その性質上周囲に毒ガスを満たす時間が必要で、能力を最大限に発揮するにはいくらか時間を要した。だがドンナーは、最低出力の時点で並みの魔法少女と互角に渡り合える能力を持つ。

 そこからの上乗せを短時間で出来るのだから、人類視点からすると勝ちようのない存在なのだ。


 漆黒の鎧には精緻な彫刻が浮かび上がり、雷光を身に纏う。棘は鋭さを増して、額に肩に肘に膝に、ブレードのように生え揃った。

 騎士たる面影はそこになく、獰猛な怪物が顕現する。


 静かになった唸り声の代わりに、連続して火花の弾ける音が、千鳥の鳴き声のような高音が魔物から放たれる。


 ────チチチチチチチチチチチヂッ。


 ドンナーの体内に留め置かれている雷が今か今かと外へ出る機会を窺っているのだ。

 奴の状態は謂わば歩く雷雲のようなもの。歩くだけでは済まされない暴れぶりなのだから、大災級の名に恥じない超級の怪物である。


「だからどうした」


 ヒダキは光輪を高速で巡らせる。

 真っ向からのぶつかり合い。彼女は力で捩じ伏せるつもりであるのだ。



 一方、ルイーネは送還の用意をし始めていた。

 あまり長く顕現を許していては、彼女のつけた手綱が引き千切られかねない。襲う相手の優先順位に働きかけるだけなので簡単に振り切られてしまう。奴は先にヒダキを潰そうと動いているだけなのだ。切っ掛けさえあればルイーネに牙を剥くことだって十分にあり得る。

 単純な戦闘力としては"真なる魔法少女"であっても届かない化け物であるドンナーは、まだ制御下にあるがそれも何時までの話か分からない。


 ルイーネは自身の願いを叶えたいだけなのだ。そのために利用しているだけであって魔物に自由を与えるつもりはない。たとえそれがこれから離れる世界の話であってもだ。




 ルイーネが送還の用意を始めた直後。

 ヒダキが動き出す。

 湖上に浮かび上がると同時に熱線を乱射し、さらに炎の槍を複数飛ばした。波状攻撃。魔力の大盤振る舞いだ。出の早さを上手く組み合わせて、タイムラグなしで視界一杯を炎で埋め尽くしていく。

 しかし魔物はそれらを軽々と避けて見せた。

 水上を、空中を。縦横無尽、自由自在に駆け回り、残光を引き連れながら全て置き去りにしていく。

 ヒダキは宙に描かれた軌跡を穿つことしか出来なかった。

 滅茶苦茶に走り回る怪物の動きは予測できず、ヒダキとの距離が次第に詰まっていく。


 熱線と炎の槍。それに加えて幕、渦、柱。湖面一帯を炎の海へとまで変えてなお、ドンナーは捉えられない。

 一面の炎の海に林立する炎の柱。その隙間を縫うように魔物は駆ける。

 爆発しようが蒸発させようが、当たりさえしなければどうと言うことはない。怪物は攻撃を全て避け、ヒダキはその分神経を磨り減らす。

 魔力の消費もあいまって、彼女は確実に追い詰められていた。



 ヒダキの頼みの綱は大魔法だが、そもそも小技が当たらない今、隙の大きなそれは無駄撃ちになる公算が高い。

 かくなる上は全方位への攻撃だが、ルイーネが防ぐだろうことを考えるとタイミングが重要だった。


 ルイーネの方も全方位攻撃を仕掛けてくるだろうと予測しており、魔物送還の用意を整えてからはそれに集中して防御の準備をしていた。



 この時、二人して見落としていることがあった。

 それは雷災たるドンナーの性質だ。



 突如、魔物が鋭角に軌道を変えた。それまでヒダキを中心にして円を描くように動いていた怪物は、内側に向けて直線的に飛び込んできた。

 急激な変化にワンテンポ遅れながらヒダキが迎え撃つ。



 雷災の体内に溜め込まれた雷は外へ放たれる時を待ち侘びていた。

 持続時間の短さ。それこそが彼の魔物の性質である。

 最大出力の維持はごく短時間に限り、早いサイクルで放電と充電を繰り返すのが雷災のドンナーという魔物の特徴なのだ。



 熱線が直撃した瞬間、ヒダキは目を見開いた。それはルイーネも同じ。

 それまで当たるはずのなかった牽制が命中したことに両者揃って嫌な予感を掻き立てられる。


 雷は尾を引いて光の化身へと迫る。


 咄嗟に光輪を前面に展開し、ヒダキは後ろへ飛んだ。ルイーネはその場で伏せた。

 対処は違えど考えたことは同じだ。爆発する。そう思った。


 瞬間。ただ光があった。

 音など置き去りにして、眩い閃光が辺りを染め上げる。空気を跳ね退け、世界から色を飛ばす。この世の終わりかのような光であった。

 遅れてやってきた衝撃波はダム湖を飛び出して奥多摩の山々を揺らし、木々を薙ぎ倒して森に穴を開けた。爆風は御前山のスコーピオンたちにまで届き、武蔵の市街地や相模でも揺れが感じられたと言う。

 当然ながらダムは崩落した。しかし決壊はしない。湖水は蒸発、あるいは衝撃で拡散し、湖の底が露になっていたからだ。空になったダム湖は地面が焼け、蒸気に包まれている。

 やがて、巻き上げられた水は雨のように一帯へと降り注いだ。





 崩れ去ったダムの中から、五体満足のルイーネが這い出す。

 埃にまみれているが彼女は元気だ。もっともその表情は暗いものだが。


 抉れたダム湖の底。焼けた地面の上に、魔力を使い果たしたドンナーが立っていた。

 その姿は最初のものへと戻っており、雷を溜め込んでいる様子はない。しかし唸り声のような魔力の変換音はし始めていて、充電は再開されているようだ。


 その足元にヒダキが転がっていた。

 身に纏うストーラは焼け焦げ、光輪は全て消し飛んでいる。痛々しい火傷の痕が各部に見られ、四肢の欠損がないのが不思議なほどだ。

 それでも指先などの一部は炭化しており、全身に線状の傷が走っている。

 彼女が光熱への非常に高い耐性を有していなければ、塵となって消えていたことだろう。


「勝ったか」


 気だるげにルイーネが呟く。

 よろよろと立ち上がりながら、魔物を送還しようとする。これ以上好きに暴れられては困る。

 ヒダキから力を奪い去るためにはルイーネが自身の手でトドメを刺さなければならないのだ。

 この惨状を作り上げた力に嫌悪を覚えつつ、ドンナーを時空の狭間へと戻す。


 そうしようとした時だ。


 ガシッと、ヒダキの手が魔物の足を掴んだ。

 まだ抵抗する気力があるのか。ルイーネはそう感心したがそれは早合点だった。

 ヒダキにあったのは抵抗する気ではなく、勝つ気なのだ。


 小さな声で、彼女は唱える。喉が潰れてしまっているが、血を吐きながら魔法を発動させる。

 準備の時間はあった。放電をその身に受けながら作り出した。

 ヒダキは今、大魔法を繰り出せる。




「ガイアリアクター」




 星との接続が行われ、ヒダキの魔力が膨れ上がる。傷んだ身体が限界を超えて動く。光の化身が跳ね起きる。さらには魔物を引きずり倒し、その足を軽々と捥いだ。

 騎士の鎧が悲鳴を上げた。

 再充電中の今では逃げられるほどの力はない。


 ヒダキは雷災を大地に押し付け、背中を踏み抜いて光輪を展開する。

 形勢逆転だ。ここから充電を許すことなく一気に仕留めるのだ。

 力任せに魔力を加圧し、詠唱も強引に片付けて彼女は更なる無理を重ねる。




「デストラクショントリッガー」




 大魔法の重ねがけ。ヒダキは躊躇うことなくそれを実行した。

 爆発はない。閃光もない。派手な何かが起きることなく、ただ迅速に敵を死に至らしめる。


 肉体の内部から崩壊が始まり、ヒダキの身体のあちこちが裂けて血を噴いた。

 ずるり、と踏みつけていた足が取れた。

 自傷をキーにした大魔法。相手に触れている部分を代償にして、抵抗力を無視して内部を直接破壊する呪いにも似た邪法だ。

 無慈悲に透過する不可視光線の領分にあるそれは、あっさりと命を握り潰す。


 片足になりながら、しかしヒダキは倒れない。

 光輪を支えにルイーネの方へと向き直ると、彼女は嗄れ声で言った。




「次はお前だ」









雷災>雨災>白い巨怪≧煙災>雹災(直接的な殺傷能力)


雨災>雷災>煙災>白い巨怪>雹災(被害範囲)


大災級は他に『旱災』『蟄災』が居ました。出ませんでしたけど。





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