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45:雷、迸りし時


 ルイーネに焦りはなかった。

 なるほど、仕込みは不発に終わり保険まで使わされた。それは確かに彼女を追い詰める要素であり、窮地へと陥りつつあることに間違いはない。


 だが、それだけだ。

 まだ取り返しのつく段階である。

 挽回の出来る範囲で事が運んでいるのであれば、それは恐れる必要などないのだ。


 再生の終わったルイーネに、先程までのダメージは見られない。

 全てなかったものとして処理されたために。

 時空間の操作は限定的な範囲に留められるも、その効果は絶大である。後遺症など許すはずもなく、毛先まで完全に復元されていた。


「見かけは少し変わったかしら?」


 ヒダキを見てルイーネはそう言った。その言葉に挑発的な色はなく、警戒心が露だ。

 幾重もの光輪がヒダキを囲んで飛び回り、まるで天球儀のようである。明らかにそれまでと異なる姿は、ヒダキが人の領域から離れていってしまっていることを如実に示していた。


 魔法少女にとって見た目の変化は能力の変化であり、能力の変化は即ちルイーネの影響下からの脱却を意味する。

 起こり得ない事態が起きていた。




 名付けを介してルイーネは魔法少女たちを縛り上げている。


 名前を与えないことで能力の限定化を図り、名前を与えることで隷属を行っている。

 ルイーネに名前を与えられた魔法少女たちは本質的にルイーネの下位に置かれてしまう。それは潜在意識下の話であり、表面的なものでなく内面的なものの話だ。


 ティアドロップが反抗を目論見ながらも潜伏に留めていたのはこの点に理由がある。

 勝てないと悟ってしまったのだ。名付けられた彼女ではルイーネの魔法から逃れることが出来ない。時空を歪める力の前には手も足も出ないのだ。


 『ハイペリオン・ノヴァ』とヒダキは名乗った。ルイーネの名付けを踏み台に、己れに新たな名前を与えたのだと予想が出来る。

 方向性はそのままにしたことでコントロールが可能になったのだろう。自身の能力をある程度任意の方向に伸ばせたのだとすれば、ルイーネを上回る特化をしているかもしれない。




 きっかけを作ってしまったことを悔いながら、ルイーネは懐からあるものを取り出した。

 銀色のホイッスルだ。円柱状で飾り気のないそれは、スポーツの審判が使いそうな代物である。

 すぐさま咥えてルイーネは思い切り笛を鳴らした。


 甲高い音は彼方までよく届く。


 生きるものなき小河内ダムは、風すらも死んでいるようで笛の音がよく響いた。

 静寂に消え行く残響。

 それの意味を理解したヒダキはルイーネを咎める。


「そうやって(いたずら)に災いをばら蒔くのか」


 輝ける光の化身に災いの魔女は笑みを返す。


「最後には救ってやるのですから少しくらい許しなさい」


 直後、ルイーネの背後が裂けた。

 空間に亀裂が入り、その奥から巨大な影が姿を現す。

 魔力を揺らす即効性の高い呼び笛。護身を兼ねて携帯していたそれはレーゲンを呼び出した物と同等の効果を発揮する。

 呼び出すものは当然、大災級の魔物であった。


「ハハッ! 大当たりね!」


 喜ぶルイーネの背後に降り立つ雷霆の騎士。

 三メートルに迫る背丈は魔物として見ると小柄だが、その威風たるや堂々としたもので。

 黒き甲冑の表面を稲光が迸り、たちまち辺りには空気の焦げる臭いが充満した。


 雷災の『ドンナー』。内包した魔力を雷撃に変換する人を模した怪物だ。


 バヅンッ!

 挨拶代わりに放たれた閃光は、ヒダキの光輪によってその矛先を逸らされた。だがそれは低出力の見せ技で、本命は後にとってある。


「行きなさい!」


 ルイーネの声と同時に騎士が跳ね飛ぶ。

 火花をまきながら宙を駆けて、ヒダキへと迫る、迫る。



 空気が爆ぜた。



 拳が撃ち下ろされ、閃光が瞬く。

 三度。雷撃を纏った鉄槌は三度繰り返され、いずれも光輪に弾かれた。

 体勢を崩した騎士はダムの岸壁へと落着し、コンクリートを焦がし黒い線を引く。身を起こす鎧の隙をヒダキが逃すはずもなく、光弾が騎士に襲いかかる。だがそれは空中で霧散し、代わりにルイーネが騎士の傍らにふわりと降り立った。


「厄介な」

「それはお互い様でしょう」


 騎士が前に立ち、魔女がそれを支える。ありがちだが安定感のある良い組み合わせだ。

 ヒダキの光輪が与えたダメージもルイーネが巻き戻してしまい、騎士は平然と立ち上がった。


 ──オオオオォォォォォォ!!!


 甲冑からは絶えず唸るような音が聞こえている。魔力を雷に変換している影響だった。

 獣の吠え声のようなそれは、先程までよりも圧力を増してヒダキを威嚇する。

 合わせてそれまでつるんとした曲線を描いていた鎧が鋭角な棘を帯びていく。

 より攻撃的に、より権威的に、より象徴的に。

 エングレービングが浮き上がり、ただのヒトガタであった騎士はより騎士然とした怪物へと変貌を遂げていく。


 両の手を地に付けて四つの足で踏ん張ったかと思えば、魔物はヒダキの目前へと移動していた。


「っ!」


 光輪が突き出された爪と火花を散らす。

 力比べの軍配はヒダキに上がり、騎士は半歩後退する。熱線が走る。コンクリートを焼き穿つ一撃は身を翻して回避された。

 追撃が放たれるもルイーネが魔法によって弾く。

 生じた隙に甲冑が踏み込んだ。

 貫手がヒダキの首へと飛ぶ。



 ジャゴッ────。



 飛び退く騎士への追撃はなかった。その左腕は肘より先からが絶たれており、魔力が靄のように漏れている。

 ヒダキの周囲を光輪が高速で巡っていた。その軌道は複雑さを増しており、立体的かつ複層的だ。

 見えた隙は隙でなく。誘い込まれた騎士の腕が細切れにされたのである。


 しかしその腕も──。


 ルイーネの魔法は瞬時に戻してしまう。


「仕切り直しね」

「……何を狙っているのかは知らないが。この程度のやり取りで魔力が尽きると思うなよ」


 ルイーネとしてもそんなことは百も承知だ。彼女の狙いは別にある。


 呼び出した大災級の魔物、雷災の『ドンナー』のスペックは国をも滅ぼし得るものだ。それが十全に発揮できればの話になってしまうが。

 ルイーネはかつてその暴虐を目の当たりにしている。

 島国へ渡る前、まだ海の外に居た頃のことだ。未熟だった彼女は正面からドンナーとぶつかり合うことを避けて、逃げ延びてきたのである。

 今でも直接相対することは御免被る、そんな魔物だ。



 騎士の唸りはさらに大きさと勢いを増し、叩きつけるような騒音と化していた。



 かの魔物の最大の特徴は"充電"だ。

 魔力を雷へ変換し、溜め込めば溜め込んだほどにその身体性能を向上させる。


 火花を全身から散らし、漆黒の鎧は彫刻が輝きを放ち始めた。

 魔物ならざる神々しさすら雷霆の騎士は感じさせた。

 その魔物が徐に腰を低く落とす。


 魔法少女は二人とも魔物に注目していた。騎士の一挙一動を見逃すまいと集中していた。



 だというのに。



 刹那、空気を焼いて音よりも速く魔物の拳はヒダキの身体を打ち抜いた。



 肺から空気が抜けるよりも先に、足が地を離れる。光輪を置き去りにして湖面へ向かって吹き飛ぶヒダキ。

 騎士はそれに追随する。

 完全に反応速度を上回っていた。

 ルイーネとて結果を見ているだけだ。経過は抜け落ちて、殴った飛んだ追いかけたとしか分からない。


 体勢を立て直そうとしたヒダキを、騎士は上から襲う。空気が弾け、ドンと腹の底に響く音がした。湖面が大きく揺れる。

 魔物の拳は光輪によって辛うじて防がれていた。しかし今度は切断など出来ないようで、じりじりとヒダキが押し込まれる側となっている。

 舌打ちとともに放たれた苦し紛れの光線を、鎧は軽々と躱す。ヒダキはその間に光輪を増やしていくが、騎士はそれを悠々と見ていた。



 ルイーネとしては最早笑うしかない。

 苦戦するだろう相手が追い詰められていくのだ。それも憎き敵の手によって。

 面白いことなど一つもない。

 あるいは少しだけ、少しだけ期待していたのかもしれないが、それも今となっては不要な話。

 終わりだ。


 何故なら、ドンナーはもう一段階上を残しているのだから。








 唸り声が止んだ。








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