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43:陽動


 ──ヒダキとルイーネの邂逅、その三十分ほど前になる。


 スコーピオンとカエデは御前山に居た。

 ダム湖から尾根で繋がった奥多摩の名峰である。残念なことに登山客の姿はない。魔物の勢力圏とでも呼ぶべき地域までやって来る物好きがゼロだとは言えないが、今日この日に限ってはゼロであった。


 千メートルを越える高さに息を切らしながら、二人は山頂を仰ぎ見る。まだまだ遠い。

 しかし目指す場所は頂でなく、その中腹にある。


「マジで呼べんだな、魔物」

「ルイーネたちも最近実用化したらしい」


 空中に浮かぶ魔力の歪み。それはマーカーである。

 魔物がそれを目掛けてやって来るのだ。


 スコーピオンは苦々しげな表情を浮かべる。

 保護局に所属していた者として、魔物を兵器のように運用することは大変に抵抗があった。なんとも許しがたい所業である。

 それが、かつては仮にもリーダーとして従っていた相手による行いだと言うのだ。もうそれはそれは筆舌に尽くしがたい混沌とした胸の内に、スコーピオンは吐き気さえ覚えていた。


「大丈夫か?」


 カエデも思わず心配するほどにスコーピオンの様子がおかしい。顔色は悪く肩が震えている。

 それも無理からぬことだとはカエデも承知している。人類全てへの裏切りを目の当たりにしたのだ。

 スコーピオンの背中を優しく擦ってやることしか出来なかった。


 今すぐに暴れだしてもおかしくないくらいの怒りを胸に抱いて、スコーピオンは変身端末(コンパクト)を握る。


 彼女たちがここに来たのには理由がある。

 この魔力異常は牽制なのだ。

 わざと無視できない位置に強力な魔物を呼び出し陽動として、その間にルイーネが奥多摩に乗り込んでくる。単純な作戦だが効果は絶大だ。


 ティアドロップなら分からないが、スコーピオンたちは人々の安全のために魔物を倒さなければならない。そうしなければ彼女たち自身の心の中から大義が失われてしまうからだ。自分達の正義の拠り所を守るためにも戦力を割いて対処に回る必要がある。

 そんなルイーネの読み通りに、スコーピオンとカエデは動いたわけである。



 二人は刻々と巨大化していく歪みを見る。

 数分前はサッカーボール大だったというのに、今では自動車ほどの大きさにまで膨れていた。


「でけェな」

「これは厄介そうな……」


 感知できる魔力の大きさは既に並みの魔物を超えている。その濃度も段違いだ。これと似たものにスコーピオンは覚えがあった。

 遅れてカエデもその異質さに気が付いた。


「こいつ、大災級じゃあ……」


 歪みは大型トラックほどになって拡大を止めた。

 しんとした静寂が辺りに満ちる。

 虫の声も鳥の鳴き声もしない気持ちの悪い静けさだ。


 脱皮するように歪みを脱ぎ捨てて、何かが姿を現した。


 それは蝶の羽化に似て、しかし厳かさでは似ても似つかぬ醜悪なものであった。

 ずるり、と反り返って飛び出したそいつは身体を振るって歪みから引き抜き、サイケデリックな羽根を空の下へ広げてみせた。


 蛾である。


 雹災の『ヘーゲル』。そう名付けられた怪物によって、御前山は晴天から一気に曇り空へと天候を変えられてしまう。

 塗り変わる空模様。風が吹き、気温はみるみる内に下がっていく。


魔法少女、変身(スコーピオン)!!!」

「魔法少女、変身」


 二人は慌てて変身をする。

 スコーピオンは蠍をモチーフにした魔法少女に変身するため、極端な寒さは好ましくない。いや、苦手としていると言うべきだろう。

 ルイーネはそこを理解した上で、ヘーゲルを送り込んできたのである。


 先手を取られた。そう見るべきだろう。


 雹が降りだした。

 まだ小粒であり然したる痛痒にならないが、これが数分後にはどうなるか。

 被害のほどは想像にかたくなく、それを耐えられるほどに防御は固くなかった。



 魔法を放つ二人に対し、ヘーゲルはただ羽ばたいた。身体を上空へと運ぶ。それだけで無効化してみせたのだ。

 スコーピオンは近距離を得意とする。カエデは多彩な支援型だ。その二人では上空に浮かぶ相手に無力だった。


 見上げる二人に、ヘーゲルはキチキチと口吻を鳴らした。まるで嘲り笑うようである。


 勝利を確信し、知性ある怪物がその羽根にいっそうの魔力を込めた時だ。


 ──ギィッ!?


 がくん、とその身体が傾ぐ。

 ヘーゲルはその原因をすぐに悟った。

 何かが羽根に触れたのだ。


 ヘーゲルの複眼が二人の魔法少女から、山頂方向へと向けられる。優れた視力が不届き者を見つけ出す。木々や茂みの中には複数の人影が紛れていた。


「構うな! 撃て!」


 通常兵器は魔物に対して効果が薄い。魔力を込められていない攻撃ではダメージを与えにくいのだ。

 しかしそれは、無意味であることとイコールではない。

 雨のようにぶつければいずれは打ち倒すことも叶うし、物理的な干渉はする。


 今回のように(・・・・・・)


 ネットランチャーの多段運用により、ヘーゲルの動きが妨げられる。本来は効果の薄いそれも、不意を突いたことと魔物の戸惑いによって大きな効力を発揮した。

 網に絡めとられてヘーゲルは焦ってしまった。慌ててしまった。人間風情が何をするかと怒ってしまった。

 運の悪いことに兄弟たちと違ってずる賢い知性を持つが故に人間ごときに翻弄される羽目になったのだ。


「撃ち方止め、散開!」


 ネットランチャーを投げ出して、三々五々に散っていく。彼らは奥多摩拠点に詰めていた人員だ。拠点の放棄に際して、最後に何か手伝いをと買って出てくれた。

 まさかこうも嵌まるとは。

 驚きの光景にスコーピオンは呆れながらナイフを構える。


 ──ギ、ギィッ!!!


「お前が一番の弱虫だったぜ」


 射出された刀身が、ヘーゲルの複眼に突き刺さり、そのまま頭の奥へと潜り込んだ。脳を破壊し核を貫き、毒が全身を駆け巡って敢えなくヘーゲルは息絶えた。

 ガクガクと震えながら落下する蛾の怪物は、地に落ちるよりも先に魔力となって拡散していく。




 その呆気なさにカエデはあることに気が付いた。


「本当に陽動でしかなかったのか」


 雹災の『ヘーゲル』は最初から当て馬だった。

 目的はダム湖の魔法少女を減らすことにある。そのために御前山までマーカーを飛ばした。そのマーカーを追って、スコーピオンたちは山に向かった。

 だがルイーネには、第二の目標があったのだ。


「倒させることで力を吸収するつもり、なのかもしれない。魔力が拡散するのが早すぎる。それもダムの方へと流れていった」

「んだよそりゃ、邪魔さえ入んなきゃいいってか?」

「多分そう。邪魔者はどかせれば良かった。もう殺すとかの段階にないんだと思う」


 ヘーゲルは徹頭徹尾エサなのだ。

 食いつかせた事実が必要なのであり、排除出来たかは関係がない。

 陽動としてスコーピオンたちを釣りだした時点で本来の目的は完遂していたのである。


「ああくそ、やられたな」







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