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41:収穫の時


「──待っていましたよ、ルイーネ」

「それはこちらのセリフでしょう。ハイペリオン。あなたに会える時を待ちわびていました」


 奥多摩湖。

 魔物襲来によって放棄された小河内ダムの上で二人の魔法少女が向かい合っていた。


 ストーラとマントを風に翻して、魔法少女ハイペリオンは堂々と立つ。白い肌に痛々しい赤いヒビが走っていて、明らかに平常ではないことが分かる。だがそれも彼女の威風の前にはアクセントに過ぎず、むしろ荒々しさがプラスされて、人形のような美しさから生命力が滲み出ているように思えた。


 対する魔法少女ルイーネは陰鬱で退廃的な空気を変わらずに漂わせ、日差しの下であっても周囲が暗く感じられる。モノクロな印象そのままに喪服のようなドレスを身に纏い、黒く染めた唇をニタリと歪めて立っていた。


「いくら貴女でもここまで来るのは手間だったでしょう」

「なぁに、大した手間ではありませんよ。それにしても挑発のつもりかしら。無理は良くないですよ」


 口調、戻したらいかが?

 ニタニタした笑みとともにルイーネは言った。ヒダキの口調が作ったものであることを見抜いている。いや、もしかしたら知っていたのか。


「……そういうあんたは素が出てきているぞ」

「ふふふ、いいんですよ。もう取り繕う必要はないのですから。わたしとあなた、大切なのはそれだけでしょう?」


 それを聞いてヒダキは鼻を鳴らす。つまらない答えだと言いたげだ。


「大切なものなど無いと。悲しい奴だな、あんたは」

「あら、哀れまれても困りますよ? 偽りの世界に喜びなど見出だすだけ無駄でしょうに」


「誰が歪めたと思っているんだ」

「さて、ティアドロップさえ居なければこんな風にはならなかったでしょうけどね」


「ティアドロップに原因があると知っていたのか?」

「……ああ、やっぱりそうでしたか。想像した通りですね」

「何だと?」

「知るわけないじゃないですか、わたしが。でも調べることはいくらでも出来た。考える時間は掃いて捨てるほどにあったのです。"真なる魔法少女"についてもあなたの妹についても、この歪んでしまった世界についても」


 ヒダキの目つきが鋭くなった。

 溢れる魔力が揺らめき、殺意が漏れ出す。


「わたしは別に何もしていないのよ? 勝手に転がった先がこの有り様だったというだけ。望んでいた訳じゃないのですから、わたしだって言うなれば被害者です」

「……被害者?」


「ええ、ええ、そうですよ。歪みに巻き込まれた、ね」


 己れを抱き締めたルイーネは、身体を震わせて見せた。まるで深い絶望に落ちて不幸を嘆くように。

 その振る舞いに反して恍惚とした笑みを浮かべている彼女は、傍から見ても己れに陶酔していることがよく分かった。

 悲しみなど偽りなのだ。

 嘆きは形だけで、絶望とは無縁である。

 役者顔負けの演技は正しくポーズでしかなく、ハリボテの裏側には自己愛だけがあった。


「ああ、ああ……! あなたとわたしは同類なのでしょうね。ともに世界に振り回された者同士!」


 芝居がかったその様子からはルイーネのテンションが窺い知れる。

 間違いなくどんな時よりも高くなっていた。

 ヒダキの顔に浮かぶ嫌悪に気付かず、あるいは無視をして、滑らかな口は自己弁護を並べ立てる。


「わたしとて心痛まないことなどないのですよ。いくら偽りと言えど、人の形をしたものを傷つけることなど望むはずがありましょうか。全ては歪んだ世界のせい。ティアドロップがこの世界の有り様をねじ曲げさえしなければ、わたしはこんな思いをせずに済んだと言うのに!!!」


 高らかに謳い上げられた文句の、その醜悪なる様よ。

 己れが一分たりとも間違っていないと確信したルイーネの瞳は、ギラギラと輝きを放ち、とてもじゃないが正気とは思えない。


 ヒダキは緩やかに肩を落とす。

 分かり合えない。それが痛い程に理解できたからだ。


「もういい。ルイーネ、あんたは責任を果たすべきだ」

「せきにん……? 責任ですか。もちろんですよ」

「何だと?」


 ルイーネは両手を広げ、天を仰ぎ、快晴の青空に吠えた。



「帰りましょう! あるべき姿に──っ!!!」



 悟りでも開いたかのようであり、欲望を解き放ったようにも見えた。

 何か得体の知れない怪物ではなく、醜い人間の化け物がそこに立っている。

 ルイーネは澱の溜まった沼のように濁った瞳をヒダキに向けると、あなたが最後のピースなのだと囁いた。

 恋人に向ける睦言にも似た囁きだった。


「何を、言っている──? いや、最後のピースは分かる。分かるが、……あるべき姿だと?」


 困惑するヒダキ。

 どういうつもりだと呟く彼女に、ルイーネは優しく答える。

 魔物のいない世界へと行きましょう、と。


「魔物のいない? ……ティアドロップの来なかった世界か!」

「あなたの察しの良さは好ましいですよ」


 ティアドロップがこの世界に魔物を引き連れて来てしまった。だが、ティアドロップ自身が証言するように、世界は無数に存在する。魔物たちは実際に世界を超えて来ていて、証拠はいくらでもあった。

 そしてそれは、かつての世界のような魔物のいない世界も存在している可能性を示す。


「平行世界に行こうと言うのか」


 ある出来事を起点に分岐した、あり得た未来の世界をルイーネは探し求めていた。

 時空間を改変する自身の魔法少女としての能力を活用して、彼女はそれを探し当てた。


 "ティアドロップの来訪がなかった魔法少女の存在しない未来"。


 奇しくもそれは、社会の歪みが生まれていない、ヒダキの願う正しい世界と重なる形をしていた。


「どうしても、と言うならあなたも連れて行ってあげましょう」


 その時は元の身体に戻してあげますよ。

 ルイーネはヒダキを優しく誘う。

 悪魔の囁きだ。

 魔法少女ハイペリオンではなく、桧田木幸次郎へ向けての交渉だった。


 それを理解したヒダキは渋面を作る。

 どうにもならない弱みを握られての交渉は脅迫と同義である。

 ましてやその弱みを生んだのは、脅しをかける本人とくればやりきれない思いも一入だろう。

 ゆるゆると彼女の視線が下を向く。


「さあ、どうします?」

「……その平行世界であんたは何をするんだ」


 ヒダキから出た弱々しい言葉に、ルイーネは一瞬キョトンとした顔をし、それから首を傾げた。


「はて、何をしましょうか」

「まさか考えていないのか……?」

今の(・・)わたしなら何でも出来ますから。その時が来たらでいいんですよ」


 それを聞いた瞬間、ヒダキの目線が持ち上げられた。


「今の、だと……?」

「ええ。それが何か? 無力な少女に戻ってなどいられないでしょう」


 ルイーネは帰るという表現を使っていた。

 それはあるべき姿に世界を戻すことだとヒダキは受け止め、その誘惑に心を乱された。


 魔法少女の存在しない、少女に命を賭けさせることなどしなくて良い世界。確かにそこはルイーネの目的地なのだが、彼女の狙いはヒダキと少し異なる。


 彼女は"魔法少女"であり続けたいのだ。

 特別を捨てたくない。あるいは、自身以外の特別を認めたくない。

 ルイーネの根幹にはそんな醜さが固まっている。


 それは──。


「神にでもなるつもりかっ!?」


 ヒダキの言葉に、ルイーネは眉をひそめた。


「まったくナンセンスな物言いですね。あなたたちは"神"という言葉を軽々しく使いすぎる。遍く全てを救うことなど我々ごときの想像程度では決して叶わないと言うのに」


 本心からの嫌悪を滲ませた言葉だ。

 苛立ちと憎悪と、ほんの少しの憐憫。己れの発した感情に驚くように目を見開き、ルイーネの身体がわずかに硬直する。

 それからすぐに表情をヘラヘラした笑みに戻すと、彼女はヒダキに言った。


「あなたに付けた名前、その意味を考えたことはありますか?」

「……ギリシャ神話の太陽神か」


「その座から追われた神です」


 ハイペリオンは太陽神の座をアポロン神に奪われている。信仰の移り変わりだ。

 そこに理由は数多あれど、凋落した神の末路はおおよそ二つ。神敵となるか、力も地位も逸話も何もかもを失うかだ。


「あなたの力は太陽の力。ですがそれは、わたしの願いのための礎となるためのもの。あなたが魔法少女となるように仕組んだことは知っているでしょう? 全てはこの時のためなのです」


 ルイーネは言葉遊びを楽しむ。それはヒダキの時も同じであった。

 自身に奪われる力を、とって代わられた神に準えていた。


「何の仕込みもなくあなた方の誘いに乗って、わざわざやって来ると思いましたか?」


 ルイーネは懐から変身端末(コンパクト)を取り出す。

 ヒダキに見せびらかすようにかざし、笑った。


「特にあなたは最初から仕込みがしてあるのですから、恐れることなど何もない。あなたが拒否しようと関係ありません。わたしにその力を寄越しなさい」




 ──コンパクトが開くと同時。


 ヒダキの変身が解除された。








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