32:潰れちまえよ、こんな組織
「真山からの連絡が途絶えた──」
富士山麓の山荘。その食堂で、神妙な面持ちをしてそう告げたのは大木カエデという魔法少女だ。
彼女はティアドロップの世話や山荘の維持、外部との連絡など多岐にわたる業務をこなす敏腕で、ルイーネに名付けられていない数少ない魔法少女の一人である。
各地に潜む仲間たちからの定時連絡のうち、真山のものが途絶えたのは昨日分かららしい。
彼が置かれていた状況から見て、まず間違いなくその身に何かが起こった。
監視の目を縫っての連絡が難しいだけでは。スコーピオンはそう楽観視した発言をするが、カエデはそのように考えていないようである。
「危機に備えるべき」
真山が売り渡したと限らないが、情報がルイーネに渡った可能性がある。この山荘には隠蔽の魔法がかけられているものの、それとて万能ではない。
魔法をかけている張本人であるカエデが焦りを見せているとなれば、さすがにヒダキたちも危機感を抱く。
「それでどうすれば?」
「その前にどうしたいか、各人の希望を聞く」
「いや、希望もクソもねェだろ」
確かにスコーピオンの言う通りだとヒダキは思った。だが、カエデは首を横に振る。
「この局面で意思の統一が図れないのは致命的。考えが異なるなら離れた方がまだマシ」
意思の方向性の話だ。
徹底抗戦の集団に、話し合いや逃走の個体が混じっていると行動に迷いが生まれて結果として弱くなる。彼女はそういうことを言っているのである。
「そうかよ。ま、あたしはルイーネに追われ続けるなんて御免だから、あんたらに力を貸してやるよ」
即断即決のスコーピオンに対して、ヒダキは自身の思いを言語化するのに戸惑いがあった。
戦う意思はある。
だがそれだけとは言い難いのだ。
その戦う以外の意思を上手く言葉にしたいところなのだが……。
「どうする?」
カエデに問われるヒダキ。
(戦うとして、ルイーネを倒してそれで終わりになるのか? 本当に?)
確信があった。
このままでは社会の歪みなど正されることはない。何故なら、この狭い島国の外が既にないのだから。小さな鳥かごを守るべく、魔法少女たちは魔物との闘争の矢面に立たされ続ける。
(だけど放ってはおけない。ルイーネは看過すべきでない"悪"だ)
現状を支える柱がルイーネである。この仮初の安寧は彼女がいるから維持されるものであり、彼女なくてはならないものであった。
人々を長らえさせた行いは善いものであるかもしれないが、ルイーネ自身は間違いなく悪性の人物だ。その所業は許されざるものであり、個人の心情としても許せるものではない。
「決めました──」
ヒダキはそれらを終わらせる。
「──ルイーネを、討ちます」
そして全てを救うのだと、胸に刻んで。
カエデは目を輝かせて、スコーピオンは目を細めてそれを見ていた。
そうして彼女らは動き出した。
◆
武蔵のビル街を走る一台のワゴン。青い車体のそれには魔法少女が乗っている。
ヒダキ、スコーピオン、カエデ。
運転手のキムを合わせた四人が作戦の要である。
魔法少女カラクサ救出作戦。
真山と繋がりを持とうとしていたカラクサは、ルイーネによって排除されかねない。
第一目標は対象の救出だが、第二の目標として現地の工作員と接触することが挙げられる。
ヒダキとスコーピオンが追われた件でティアドロップの一派が出張って以降、保護局は魔法少女への締め付けを強化していた。
建前としては、反体制派への牽制あたりになるか。情報保全、もあるかもしれない。少し前にモクアミへ掣肘を加えたこともあり、上からの押さえつけに反抗する魔法少女はほとんどいないと言う。
「ま、派手にやらかしてるからな。そこらの奴じゃ反抗したところで潰されるだけって分かってんだろ」
スコーピオンはそのように見ていた。
ランク5まで上り詰めた彼女ですら組織を追われる実例まで出されて、それより下の魔法少女が反発するのは確かに難しいのだろう。
さらに言えば、ビルが崩壊する惨状によって上位の魔法少女たちの実力が改めて周知されたこともある。奇しくもヒダキたちは保護局の足場を固める手伝いをしてしまったわけだ。元々しっかりとしていた土台がさらに強固になったわけである。
「この辺りは綺麗なもんだな」
窓の外を見てスコーピオンが呟く。
彼女の感想の通り、街並みは綺麗なものだ。
人が集まるところは色々と出来ることが増えるものだが、同時に出来ないことも増えていく。モクアミのような活動がそのいい例だ。
大っぴらに人目につかないよう、彼女らはこそこそと動く。勿論、手の者は入り込んでいる。しかし、民衆の反感を買わないように人口密集地での大規模な戦闘行為は控えているのだ。
魔物の襲来を呼ぶ土地の魔力の高まりがなく、魔法少女保護局の目があって、モクアミの活動が下火。となれば、落ち着いた街並みが維持されているのも当然のことであった。
ただ、スコーピオンの言葉は車内の沈黙に堪えかねてのものであった。武蔵の街並みなど彼女には見飽きたものなのだから。
「……そうですね。高い建物が多いのは中々に新鮮です」
ヒダキはそれに乗ることにした。
空気が悪いよりも良いに越したことはない。
口が悪ければ態度も悪いがスコーピオンは気遣いを知らぬバカではないと、ヒダキも既に気付いている。ルイーネから庇って連れ出したり、山荘を出る前の会話だったりと、彼女も考えて動いているのだ。粗野な振る舞いがその印象を薄めているが。
「視界が通らねェもんだから、追跡戦になるとめんどくせェんだよな……」
「罠とかですか?」
「それもなくはねェが、単純に追いかけんのが面倒なんだよ」
市街地がモクアミの枷となるのと同様の理由だ。魔物からの守護者である魔法少女が家々を壊すようでは本末転倒という話である。
「それは大変でしたね」
「こっちは少しでも壊せば怒られるからな」
むしろ、モクアミによる損害まで責任を問われるようなことすらあったと言う。さすがに理不尽だろうとヒダキが同情を示せば、スコーピオンの機嫌は良くなり舌の動きが滑らかになる。
「そういうのがイヤんなって、モクアミの連中にちょいちょい融通利かしてやってたんだよ。あいつらも話が出来ねェ蛮族ってわけじゃねェからな」
緩やかな繋がりが、次第に太く強くなっていったのだろう。
直情的だろうスコーピオンが最初から内通者であるとは考えにくいので、その方がヒダキとしても納得がいく。むしろ安心した。
「カラクサは頭固そうで、いやまあ固ェけど。そのあたりバランスとんのが上手ェんだよ」
「えっと、まさか……」
「アイツも何かしらやってんだろうな」
上層部が敵対組織とズブズブであることにヒダキは嘆息した。
この有り様では、遅かれ早かれ組織としては崩壊したのではないだろうか。
「保護局抜けたって過去が消えるわけじゃねェんだ。知人友人見捨てらんねェのも分かるだろ?」
「まあ、そうですけど」
「ましてや、カラクサは何十年もやってるベテランだぜ? そりゃ人脈が連なって行列だろうさ」
似合わぬニヒルを気取りつつ、スコーピオンは頭を振るった。そして窓の外へと視線をやると、目的地が近づいていた。
「おしゃべりはここまで」
カエデによって雑談が打ち切られた。
作戦の分担が確認される。
突入するのはスコーピオンとキムだ。
スコーピオンはカラクサと面識があるために交渉役を。キムは見張りと足止めだ。
待機するカエデは、逃走車両のワゴンを隠蔽する。また、ここで運転手の交代もする。
ともに待機をするヒダキは車両の防衛と脱出時のいざという時に目眩ましを担当する。
ヒダキはカラクサとほぼ初対面であり説得役には不適切だ。
また、スコーピオンと二人で押し掛けては要らぬ誤解を生む可能性がある。具体的には、暴力での屈服を迫っているとカラクサに勘違いされかねない。
ルイーネに狙われるヒダキが山荘を出ているのは、山荘が安全でなくなった可能性によるものであり、戦力が集まっていれば多少なりとも安全だろうという、つまるところ消極的な判断に依るものなのだ。
本人は不服ながらも、今回はワゴンに待機となる。
ヒダキとスコーピオンは後部座席に身を隠しながら、ワゴンはとあるビルの駐車場に入った。
カラクサの居る保護局所有のビルである。支部ではない。
武蔵にはカラクサが支部を置かなかった。理由としては勢力均衡とあるが、本音は別だろう。恐らく、自分で治めたかったのだ。王様気取りかは知らないが、彼女自身の目で見て差配しなければ気が済まなかったのであろう。
上層階の見える地上駐車場の端に陣取る。
狭い駐車場で空いたスペースがあったのは僥倖だ。地下駐車場では逃走に不安がある。
地上に停められたのはこの作戦の成否に関わると言っても過言ではなかった。
「では、手筈通りに」
「ああ」
「はい」
「気をつけてくださいね」
マスクで顔を隠してウィッグを被ったスコーピオンと、まるで職員のように堂々と歩くキムを見送ったヒダキとカエデはじっと身を潜める。
ここからは気を休める時間などない、ルイーネとの勝負の開始である。