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30:敗残、辛酸、勝算


「どういう……」


 ヒダキは戸惑っていた。目が泳ぎ、顔を背け、ティアドロップから身体を離そうとする。

 受け入れがたい言葉から逃れようとした。


「ですから、我々は既に敗北した後なのです」


 しかし、ティアドロップはそれを許さない。逃がさぬと言わんばかりに言葉を重ねる。


「我々とはこの世の中全ての人間を指しています。敗北した相手は、分かりますよね? 魔物ですよ」


 我々は魔物に敗れてしまった後なのだ、と彼女は繰り返した。

 ヒダキはそれを信じられなかった。いや、信じようとしなかった。

 信じたくなかったと言うべきかもしれない。


 薄々感じていた閉鎖的な空気感。

 日に日に追い詰められ行く感覚は、彼女に終焉を予感させるのに十分であったのだ。


 そう、ヒダキも本当は理解している。ティアドロップの言葉が正しいことを。


「忘れもしません。43年前に魔物が、最初のアンクライファーが現れたあの日のことを。あれから走り続けて、生き続けてきましたが、わたしの終わりとセカイの終わりは果たしてどちらが先に辿り着くのか」


 ヒダキから視線を外し、ティアドロップは懐かしむような表情を浮かべて窓の外を見る。


「"始まりの魔法少女"として戦い始めて十年の間、わたしは一人でした。あの期間が一番辛かったのをよく覚えています。それから仲間を得て、ルイーネと出会い、決別を経て、今ここに居ます」


 聞き捨てならぬ言葉が出た。

 始まりの魔法少女はルイーネのはずだ。しかし、自分こそがそうなのだとティアドロップは話す。

 ヒダキはそれがどういうことかを問いかけてみた。


「ルイーネ、と聞いて少しおかしな印象を受けませんか? Ruin(破滅)に通じる音を持つ彼女が本当に人々を救うのか、と」


 救いませんよ。

 ティアドロップは冷たく言いきった。


「あの女はわたしに名前を付けました。ティアドロップ。涙の雫は落ちるだけで、誰かを救えるだけの力は失ってしまった」


 代わりにその座に収まったのがルイーネであり、以降世界を救う真似をしていたのだと彼女は語る。

 あまつさえ、二番手の地位に押し込んで行動の制限さえも狙ってきた。離反した後でも保護局から除籍しないのは、混乱を避けること以上に単純な嫌がらせの面が強い。


 ──ああ、なんと許しがたい。


 指一本動かせぬ身体でなお、呪殺出来そうなほどの熱量で怒りが瞳に湛えられている。

 きっとこの莫大な憤怒が彼女を支えているのだと、ヒダキは感じていた。



「しかしそれが、その、私と関係あるのでしょうか」



 ティアドロップとルイーネに因縁があるのはよく理解できた。

 だが、ヒダキはそこにどう絡むのか。


「関係ありませんよ」

「はい?」


 あっさりとした答えに拍子抜けした。

 目を丸くしてベッドに臥せる少女を見ると、見つめ返されバチリと視線が合う。


「関係があるのはここからですから」




 ティアドロップを追い落としたルイーネは、しばらくは真っ当に戦っていたらしい。


「コンパクトの模造品が出来て、魔法少女を従えたことで心満たされていたのでしょう」


 自尊心が満たされたことで、ルイーネは精力的に働いた。人々を救う様子に、ティアドロップも一度は怒りを飲み込んだと言う。


「わたしの代わりにセカイを救ってくれるのなら、許すことは出来ずとも認めることは出来たでしょう」


 そのように話が進まなかったことは現在の彼女が証明している。



 一言で表すのなら、ルイーネは飽きたのだ。

 食い止められないセカイの危機に、彼女の忍耐が先に音を上げた。

 窮状に嫌気が差して、全てを放り投げたルイーネは小さな島国に閉じ籠った。セカイの行く末から目を逸らして、鳥かごの中で束の間の享楽に耽ったのである。

 この島国が歪であるのは、彼女が都合よく作り替えたからだ。影響力と神秘性、存在感の強さを民衆は信奉し、魔物を倒すという"正義"が社会的な強さまで与えてしまった。



 推測だけれども、と前置きしてからティアドロップはその島国が選ばれた理由を明かす。

 一つは人口が多いこと。母数が多いために魔力を保有する個体数が上がり、戦力の維持が容易になる。

 一つは国土の特色。魔力の高まる、いわゆる霊地が複数箇所に存在するために、島国全体が濃い魔力を帯びている。

 一つは密度。人口が密集していることで、魔力の密度を高めて純化し圧縮する。密度の高まった魔力はそのままルイーネ自身を強化するために使われる。

 一つは居心地の良さ。上意下達の国民性が、ルイーネの精神性と相性が良いこと。彼女は島国を楽園へと作り変えた。



 そうして島国に閉じ籠ったルイーネに、転機が訪れたのが十年前のことだ。


「第三の魔法少女が現れたのです」


 模造品のコンパクトではなく、己れの意思のみで変身する"真なる魔法少女"。ティアドロップ、ルイーネに続く三人目が島国に姿を現した。


「それが……」

「そう、あなたの妹です」


 それを、誰よりも恐れていたのは他ならぬルイーネだ。自身に匹敵しうる、自身を追い落としかねない存在の誕生。

 一度目は排除に成功した。だが、次もそうとは限らない。


「ルイーネは臆病な女です。万が一、億が一の敗北に怯え、直接対決するのは避けようとしました。常に人を介して指示を与え、対面する機会を極力減らしていたと聞いています」


 ──築き上げた安寧は砂上の楼閣であった。それを知った時の顔は、さぞかし見物だったことでしょう。


 ティアドロップは嘲り笑うと、表情を一変させて目を伏せた。鬱屈とした思いを滲ませながら、かつてルイーネが選んだ道を語る。


「ルイーネは脅威に対して過敏です。危険と見なせば、その判断を覆すことはまずないでしょう。それはあの時も同じだったようで。結局、命を奪って排除することにしたのです」


 ヒダキ自身も覚えているあの日。

 変身を解除していた妹は、生身で仲間の魔法を受けた。背後から撃たれたのだ。当然、人の身に耐えられるはずもなく、妹はその場で息絶えた。

 何時如何なる時でも思い出すことが出来る魂に焼き付いた記憶。


 ヒダキの手は、自然と拳を握っていた。万力のごとき力が込められ、素手とは思えない軋みをあげる。


 人の理から外れた行いに、しかしティアドロップは何の反応も示さない。思惑通り、期待通りの様子であるからだ。


「ルイーネの失敗は、あの女が直接手を下さなかったことにあります」

「……どういうことですか?」


 ルイーネはヒダキの妹を恐れていた。だから殺すことに決めて、それを他者に実行させた。

 同時に恐れ過ぎていた。千載一遇の機会を逃してしまった。


「チャンス、ですか?」

「ええ。己れと同類の"真なる魔法少女"を殺し、力を奪い取るチャンスですよ」


 ルイーネがそれに気づいたのは、事が終わった後。

 彼女はこの終わり行くセカイから抜け出す力を獲られるはずだった。しかしそれを、自身の判断でフイにしてしまった。


「きっと悔やんだのでしょうね! わたしを探しだして、自分の手で殺そうとしたんですもの。わざわざ!」


 明るく楽しげに、ざまあみろと言わんばかりに声高々にティアドロップが語る。

 ルイーネの失態が、そしてそれを誰かに話すことが、愉快で堪らないようだ。


「ですがわたしは名付けによって、"真なる魔法少女"から追い落とされた身。あの女の望んだようなことにはなりませんでした」


 まあ、生きていましたけどね。そう付け足しつつ、ティアドロップは自身が最早何の力も持たないことを明かす。


 "真なる魔法少女"であったのはティアドロップにされる前のこと。ティアドロップとされた後は、ただの魔法少女に過ぎないのである。

 ルイーネはそれを見誤っていた。



 二度の失敗を経て、ルイーネはアプローチを変えることにした。

 "真なる魔法少女"と偶発的に遭遇していては身の安全が保たれない。ならば、計画的に発生させてしまおうと考えたのである。


「計画的に……? まさか──!」

「ええ、そうですよ。あなたのことです」


 三年と少し前、ルイーネがティアドロップを殺そうとしたのは、その計画を邪魔されないためという理由もあったのだ。


 魔力は血縁関係に素質を左右されない、とされている。研究中であり、見解としては遺伝しないだろうと考えられている。

 それでもルイーネはそこに可能性を見出だした。

 人工的に"真なる魔法少女"を作り上げる。その可能性を。


「あるいは両親だけであれば思いとどまったのかもしれませんね。遺伝はしないとされていますから。ですが、あなたが居た。両親よりも近しい存在の兄であるあなたが!」


 ルイーネはどうにか魔法少女として取り込めないか、画策した。

 そして目論み通りに成功し、ヒダキは魔法少女となった。


 魔法少女となったヒダキは魔力器官を成長させて、他の魔法少女とは異なる可能性を示し始めている。

 後天的な変質。"真なる魔法少女"への到達。

 それこそがルイーネの望んだものであり、思いの結実だ。

 思いの強さが奇跡を生むのであれば、ルイーネは奇跡を起こした。いや、起こさせたのだ。



 ヒダキを捕らえようとしているのは、恐らく目処が立ったのだろう。"真なる魔法少女"とする、あるいはそこまで辿り着かずとも力を奪う手段が。


「慎重なあの女は、あなたの拘束に理由をつけようとした。どんなにお粗末だろうとあの女自身が法と同義ですから、理由さえあれば正当化出来ます。他の魔法少女の介入を嫌がったわけですね」


 結果としてはティアドロップに介入を許したわけになるが、警戒の表れということになるだろう。

 そして、その警戒心が向けられる先は一人だ。


「魔法少女カラクサ。第三位にいる彼女は、組織運営に欠かせない存在となっています。その影響力はルイーネとて無視できません」


 自らの権威を示す玉座が枷となっていた。

 そこに勝機があるとティアドロップは語る。


「カラクサと手を組めれば、内外からルイーネを脅かす形になります」


 二方面から攻め立て、ルイーネを打ち倒す。

 保護局の実権はそのままカラクサが確保し、平和は守られていくと聞いたヒダキは渋い顔をした。


「魔法少女は、そのままですか」

「それは仕方のないことです。魔物をどうにか出来ない以上、彼女たちの働きに頼らざるを得ないのですから」


 ルイーネは倒すべきだ。そこにヒダキも異論はない。

 妹の復讐でもあるし、現実的にヒダキ自身への脅威である。


 だが、彼女が最も倒したいものではないのだ。そこには手が届かないと聞かされ、ヒダキはひどく落胆した。








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