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28:安酒飲み


 富士の樹海が見える辺りの小さな家に車が止まり、ヒダキたちはそこで降りることになった。

 そこはセーフハウスの一つ。ルイーネに嗅ぎ付けられても逃げられるように幾つもの仮拠点を用意しているのだという話である。


 彼女たちが何者であるのか。ヒダキとスコーピオンはまだ聞かされていない。ただ、それでもなんとなく察するところはある。

 複数の拠点とそれを使い捨てられること、交代する人員、魔法少女を含む仲間たち。まず間違いなく、潜伏している中では最大級に近いと言える組織だ。


 スコーピオンの応急処置と、車の乗り換え、危険物の確保、それから人員の配置変更。すべきことは少なくない。


 スコーピオンの腕はかなりの重傷だった。骨まで見える裂傷は傷口が複雑で、折れた骨の髄までもが露出している。泣き叫ばないでいられる彼女の精神力はどれほどのものか。

 さすがに整復の時には涙を浮かべていたが。

 これでは魔法少女の治癒力であってもしばらくは使い物にならないだろう。


 戦力のダウンは痛いが、その分頑張れば良いのだとヒダキは気合いを入れた。


 銀色のセダンから白のワンボックスカーに。乗り換えはスムーズだ。

 セダンの方は撹乱のために、信濃方面へと走らせるのだとヒダキは聞かされた。


「信濃、ですか?」

「二手に分かれて撹乱するのは古典的な手法でしょ?」


 ワカバは笑って答える。

 出し抜かれる魔法少女たちを想像したらしい。



 変身端末であるコンパクトは回収された。

 ヒダキとしても異論はない。何かを仕掛けるなら、まずこれが候補として思い付く物だからだ。

 セーフハウスで出迎えてくれた壮年の男性曰く、蓋の内側に監視用の発信装置が仕込まれていたと。


「こちらで対処しておきます」


 預けてしまって丸腰になるのをスコーピオンは嫌がったが、拒否権はない。ヒダキは二人分のコンパクトを渡し、魔法少女の変身を解除した。

 しかしここで疑問が一つ湧いてくる。

 保護局の使う変身端末を持たないで、ワカバはどうやって魔法少女に変身するのか。

 ヒダキはその疑問を口にせずに胸にしまった。ここで藪をつついて蛇を出すのはよろしくない。


「ここの位置がおそらくバレているからこそ、囮も効くわけですね」


 ワカバの隠密魔法があれど、警戒は怠るべきではない。最悪の事態を想定して動くものだ。

 片方の発信器はセダンに仕込むそうである。

 ヒダキはそりゃいいなと思い、もう片方は川にでも流すよう提案した。

 提案は了承された。



 移動用のワンボックスカーには五人が乗った。

 ヒダキとスコーピオン。それからワカバ。運転手は続けてキムが、スコーピオンの手当てをするためにモナという少女も乗り込む。


「じュンびがいいなら、車を出しますヨ」


 ここからさらに一時間の移動である。






 ◆







 帰還したタイフーンを迎えたのは冷ややかな視線であった。


 ルイーネはひどくつまらなそうで。タイフーンを一瞥してから、すぐに視線を外してしまった。

 椅子に深々と腰掛け、足を投げ出して天井を仰ぐ。


「んーなんとも期待外れ、ですねぇ」


 今の『魔女の閨』には、ルイーネとタイフーンの二人だけ。薄暗い空間で片方は椅子に腰掛け机に足を乗せている。もう片方はその足元で跪いていた。どちらがどちらであるかは言うまでもないことだろう。

 広々とした空間で、タイフーンは小さく縮こまって震えていた。


 ルイーネの命令は、スコーピオン含む三名の処分とハイペリオンの拘束だ。

 この内二名の処分にこそ成功しているが、彼女が重要視しているのはハイペリオンである。小物の処分など後からどうにでも出来るのだから、その成否は評価に値しない。

 最も優先度の高い目標を取り逃がした上に、次点すらも逃走を許してしまったのはタイフーンの落ち度であった。


 それを理解しているからこそ、タイフーンはひどく緊張して今回の失敗の沙汰を待つ。


「名前負け、なんて笑えませんからね。次はありませんよ」

「は、はい!」


 しばらく黙っていたルイーネの口から出たのは許しの言葉。

 飛び上がらんばかりに驚きつつ、タイフーンは慌てて返事をした。まさかお咎めなしとは。

 容赦なく粛清するルイーネらしからぬ温情だが、タイフーンは喜んでそれを受け入れた。

 望外の幸運に安堵しながら、こそこそと退出していく彼女をルイーネは無視する。


 失敗した手駒にかける情けは不要と言えど、資源は有限なればいくらかの目溢しが求められる。ただそれだけの話だ。



(とは言え、あまり余裕はなさそうですか……。全てはあの女のせいで──)


 ルイーネの目元が険しくなる。


 ルイーネの手駒は多いようで実は少ない。

 数ばかりいる低位の魔法少女たちは彼女が視界に収めるだけの価値を見出だしておらず、高位の魔法少女とくれば頭ごなしの命令に容易く反旗を翻す。そもどちらにせよ、ハイペリオンのような名前を与えられた魔法少女を相手するには力が足りない。ランク5とはルイーネから見ても特別な魔法少女であるのだ。


 さらには、実務的な面をカラクサに仕切らせたことで保護局内部の実権は握られてしまっている。こちらはルイーネの短期的な視野が招いたことである。後悔はないが、それでも口惜しく感じないとは言えなかった。


「……慢心、でしょうか」


 ここまで永い時を費やすつもりなど、彼女には毛頭なかったのだ。

 十年前のあの時に、全ての決着がついていたはずだというのに。

 あの女が大人しくしていれば、このような雑事に頭を悩ませる必要などなかったのである。


 彼女は苛立ちを紛れさせようとグラスを空けると、不作法を承知で手酌する。


(場を整えて、時間をかけて。十年余計に準備したのだから、失敗はあり得ない……!)



 ワインを呷るルイーネの胸に、二人の人物が思い浮かぶ。いや、元々彼女の心にあるのはこの二人だけだ。

 タイフーンのような使える駒でさえ、ルイーネからすれば事細かに覚えておくほどのものではない。

 だから、二人だけ。ルイーネの心にあるのは彼女の敵であった少女たちだけだ。

 その内の一人は既に亡くなっている。

 だがもう片方は存命であった。


(追跡も阻止された。ここで出てくるか、ティアドロップ……!)


 今も命永らえていることは知っていた。

 だが、事態に介入してこれるまでに回復していたとは予想外だ。



 第二の魔法少女ティアドロップ。

 ルイーネが名付けた最初の魔法少女であり、変身端末の生みの親。

 そして、最初から道を違えていた少女だ。


 変身端末のオリジナルを生み出し、その模造品を広めた後に彼女は去った。

 それからは幾度となくルイーネの道を阻んできている。

 モクアミへの技術供与や要人の隠匿など、ルイーネからすると小さなことだが、鬱陶しいことばかりだ。


 三年以上前にその拠点を特定して襲撃し、ルイーネ自身の手で重傷を負わせた。だが、命までは奪えなかった。

 それからは大人しかったために放置をしていたのだが、今回のハイペリオンの奪取だ。


(タイミングを見計らっていたと言うわけだ。なんと小癪な!)


 拠点の位置が不明である以上、ハイペリオンの捜索は切り上げざるを得ない。

 どうせ見つからないものを探したところで無駄だからだ。探しているポーズは続けさせるが、ルイーネは別のことを考え始める。


 それは今回の一件。タイミングが良すぎると言うことだ。

 スコーピオンはティアドロップと繋がっていない。さすがにそこは見逃さない。

 となれば、誰かが情報を流さなければ南関東支部の騒動に乗じてハイペリオンを拐うことなど不可能だ。



 ルイーネには、一人の魔法少女が思い浮かんでいた。








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