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27:富士へ

遅れました。ごめんなさい





「ライジング────」


 嵐の魔法構築への阻害効果は凄まじいもので。ヒダキは制御を離れそうになる魔力を必死で繋ぎ止める。

 これが低い出力であれば話は変わるのだろうが、今から放つのは一撃でタイフーンを打倒するだけの魔力を込めたものだ。

 安定を欠いたそれはともすればヒダキ自身にも牙を剥きかねない。


 ぶれる狙いを力任せに修正し、ヒダキはさらに魔力を込める。

 魔力器官が熱を持つように感じた。それはあり得ない幻覚。余剰魔力が熱エネルギーに変換されているという錯覚だ。

 しかしそんな錯覚を本物に感じてしまうほど、制御を失った魔力が体内で荒れ狂っている。



 スコーピオンが真正面から躍りかかった。

 旋風の断頭台をどうにか躱し、逸らし、弾ききれずに腕が裂ける。


 苦しんでいる暇はない。



「────デストロイヤーッ!!!」



 不安定な構築を魔力量で押しきり、強引に魔法を起動させる。

 ヒダキの両手と胸元が輝き、放たれた光が交わって一つとなった。一条の光線がタイフーンとの数十メートルを瞬く間に駆け抜ける。


 タイフーンはそれに反応して見せた。

 身を捩り、直線上からなんとか逃れようとする。だが、それよりも早くに光線は到達した。彼女の左足が消し飛んだ。


 光線は着弾からさらに起爆した。

 爆風がスコーピオンをヒダキの足元まで吹き飛ばしてくる。


「逃げるぞ!」


 ヒダキは即座にスコーピオンを拾い上げて、その場を離脱する。

 彼女には確信があった。嵐はまだ収まっていない。それは即ち、タイフーンの生存を示していると。


 幸いなことに、魔法少女であればある程度は肉体が強化される。その身の内に流れる魔力が自然と身体を支えてくれるのだ。


 ただの少女であれば、人を一人担ぎ上げて半壊したビルから脱出するなど叶うはずもないことだが、魔法少女であるならばそれは別な話となる。

 ついでに担がれている側も魔法少女であるため、ヒダキは何の遠慮もなく全力で逃走を選択した。


 肩に担いだ少女からは、潰れた蛙のような声が漏れたが、そんなものは些事だ。ビルから飛び降り、人の群れを飛び越えて、彼方へと消え行く。




「……」


 タイフーンが意識を取り戻した時には、二人は既に立ち去った後であった。

 時間にしてわずか二分。

 それだけの時間で起き上がれるまでに回復したタイフーンは、喪失した左足を惜しいと思うよりも先に、端末を用いて報告を行う。

 その相手はもちろんルイーネである。


「逃がしました。ごめんなさい」


 答えは返ってこない。


 焦るタイフーン。しかし彼女は、このような時にどう言葉を紡ぐべきかを学んできていない。

 狼狽える少女に構わずルイーネは思考の海に沈む。


 やがて。


『……まあ、貴女でダメならしょうがないわ』

「ごめんなさい」


 その一言に涙声で謝罪するタイフーンを無視し、ルイーネは通信を切った。






 一方、逃げた少女たちは路地に居た。

 もちろん南関東支部のビルからはそれなりの距離をとってある。だが、逃げるには一つ大きな問題があったのだ。


「それで、これからどうしますか?」


 ヒダキの問いにスコーピオンは答えない。……答えられない。

 二人揃って土地鑑が無いのである。


 ヒダキは北関東を拠点としていた。南関東エリアに一度も訪れたことがないとは言わないが、それも数えるくらいだ。

 スコーピオンは拠点こそ南関東に置いていたが、主に安房で活動していた。房総半島を根城にするモクアミの仲間たちとの橋渡し役だったのである。


 二人の魔法少女はともに相模に詳しくないのであった。

 まさかの事態に、ヒダキは呆れるしかない。

 拠点を襲われた上に、足元がお留守では勝ち目などあるものか。

 そして、それに乗っかる形となった己れの不運と判断ミスを嘆く。


「とにかく安房だ。安房に行けば仲間と連絡が取れる」

「武蔵を跨いで安房まで行くんですか」

「ぐぅ……」


 房総半島まで行かなければならない、というわけではないところが幸運と言えるかもしれない。

 安房まで辿り着ければ連絡が取れる。それは裏を返せば、今ここでは孤立無援であるということの証左。

 これが隣県であればまだ救いになるが、一つ間に挟んでいるとなるとどうにもならない。


 ヒダキとスコーピオン、二人は魔法少女であるため多少身体は頑丈であるが、素は少女でしかないのだ。体力には限界があり、それは百キロ単位で踏破出来るものではない。

 さらには負傷もある。

 ヒダキは魔力の消耗くらいだが、スコーピオンはそれに加えて右腕に大きな裂傷と骨折があった。出血は治まらない。


「病院、は無理ですよね」

「治す前に追ってくんだろ」


 手詰まり。万事休す。

 そんな言葉が少女たちの脳裏を過る。


 そんな時だった。



 ──キィッ……。



 路地の入り口に車が止まった。銀のセダンだ。

 追手が来たかとヒダキが警戒して前に出るが、それにしては妙だ。


 魔法少女保護局であれば、魔法少女が動員されるために車は多用されない。

 警察にしてはパトカーではない。

 軍にしては動きが静か過ぎる。彼らは大人数でまとまって動く。もっと人の気配がするはずだ。


 暗がりからじっと車を睨むヒダキ。

 スコーピオンも腕を庇いながら立ち上がる。

 二人ともまだ変身は解除していない。万全のタイフーンクラスが相手でなければ、そうそう遅れをとらない。


 セダンの窓が静かに開く。


「……助けに来たヨ」


 なんとも怪しげなファーストコンタクトに、ヒダキの右手が持ち上げられて車を狙い定める。


「ヤめて、争う気はない。わたしは味方だヨ。ルイーネに追われてるンでしョ」


 ガチャリ、とセダンのドアが開く。


「乗って。あンぜンなところまで連れて行く」


 その敵意のなさに思わずヒダキは手を下ろす。

 スコーピオンと視線を合わせれば、彼女も困惑しているようだった。知り合いではないらしい。


「急いで。じかンない!」


 悩んでいる場合ではないか。

 ヒダキはすぐに決断する。

 怪しさはある。だが、そんなリスクを飲み込まないでいられるような余裕はない。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。危機に飛び込んでこそ、手に入るものもある。


 ヒダキはスコーピオンとともにセダンに乗り込んだ。


「ヨかった、来てくれた。気になるかもだけど、しつもンは後で」


 セダンが発進する。


 乗って分かったことだが、車には魔法の痕跡があった。

 大した隠密魔法である。これならルイーネの目を掻い潜ることが出来るかもしれない。


 この感触に、ヒダキは心当たりが一人だけ居た。


「ワカバ、助けに来てくれたのですね」


 助手席に埋もれるようにして座る少女に声をかけると、震える声が返ってきた。


「あ、当たり前でしょ。わた、私は友だちなんだから!」


 戻る場所を捨てて助けに来たワカバ。

 彼女は上役に出動を命じられて、一も二もなく南関東まで赴いた。全ては友だちのため。

 交流は少なかったが、養育院での日々は彼女にとって大切なものであった。

 その思い出のために、隠密魔法を行使してセダンを隠している。


 もう保護局に戻ることの出来ない彼女は、ある人物によって送り込まれた工作員だ。

 モクアミと繋がりのあったスコーピオンとその立場はよく似ている。


 その辺りの事情を明かしたくはあるのだが、ワカバは魔法を展開中にあまり喋ることが出来ない。隠密効果が失われてしまう。

 そのため、全ては目的地に着いてからということになった。


 再会の喜びも生存の安堵も、疑問への解答も全ては安全を確保してのこと。




 一行は気を張り詰めたまま、一路富士へと走る──。








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