25:唸れテロリズム
相模県にある魔法少女保護局南関東支部では混乱が起きていた。
魔法少女スコーピオンがある魔法少女を連れ帰ったのだ。
南関東には所属していないその魔法少女はハイペリオンと言った。
「スコーピオン、どうするつもりなんだ」
支部長室で、スコーピオンを咎めているのは南関東支部の副支部長である吉田だ。
肥満体型の脂ぎった中年である彼は、モクアミと繋がる内通者でもあった。
彼だけではない。支部長室で話していることから分かる通り、支部長もモクアミと接触をしている。南関東支部は保護局から見た時に、トップが揃って裏切り者であった。
「そうだな。勝手に連絡をとっていたことは今さら責めんが、これからどうするつもりかは聞かせてくれ」
支部長の佐川もスコーピオンに問いかける。
今、支部長室には四人の人間が居た。佐川と吉田、スコーピオンとヒダキだ。
ヒダキは焦る二人の男を横目に見ながら、黙ってスコーピオンの答えを待つ。
モクアミを助けるつもりらしい彼女は、しかしどのようにそれを為すか何も教えてくれなかったからだ。ここでその方法を聞けると思った次第である。
ヒダキの視線を受け、スコーピオンは大人二人へ侮蔑の言葉を吐く。
「狼狽えんなよ、みっともない」
「なんだと!」
「安房の連中が見つかったらしいからな、逃げるように連絡をとる。コイツについてはまあ、どうにかなるだろ」
「仲間だと思われていますか」
なあなあで味方のように見られている。ヒダキはそう感じていたが、スコーピオンは異なるようで。
彼女は、ルイーネに敵対する以外の道がヒダキには残っていないと考えているようだった。
「どうしてです?」
「そりゃアタシが巻き込んだからだな」
怪訝な目を向けるヒダキ。
「アタシはルイーネに疑われてる。そのアタシが引っ張って行ったら、まとめて黒になるだろ」
「やってくれましたね……」
完全な善意ではないと思っていたが丸々打算の所業に、ヒダキは呆れることしか出来ない。怒る気力もなかった。
止めてくれたことで決定的な決裂は生じなかったが、結局同じような道筋を辿っているのであれば変わりはない。感謝など出来ようはずがなかった。
それからさらりと明かされたが、敵対勢力だと目されていると言うことは、今回の話が罠である可能性を考えねばならない。
ルイーネはスコーピオンを指名した。ヒダキの挙手を見た後にだ。
それが尻尾を出させるためだとしたら?
(何か仕込まれているかもしれない。例えば、連絡をとろうとすると捕まる、とかな)
携帯電話の監視くらいなら出来るだろう。守秘義務をねじ伏せるほどに保護局は力ある組織だ。
怪しまれているのなら慎重になるべきだろう。
佐川も似たようなことを考えたのか、ここは慎重になるよう主張した。
仲間を切り捨ててでも安全を確保するべきだと。腰抜けの主張だが、一概に否定も出来ない。
ただ、ヒダキとしては佐川の言葉に聞く耳を持てなかった。大して面白味もない保身に満ちた言葉だ。
鼻を鳴らし、それよりもよほど興味深い者へと視線を向ける。
吉田は不自然に落ち着いていた。
脂ぎった額に汗一つかかず、スコーピオンに食ってかかる佐川を宥める余裕すらある。
スコーピオンもその様子におかしなものを感じたのか。ヒダキと同様に佐川よりも注目していた。
「な、なんだそんなに見つめて」
「いや、やけに落ち着いてんのな」
佐川までもが吉田に目線を向ける。
三人に囲まれる形になった男は狼狽え、焦りを露にした。頻りに視線を時計へと向けて時間を確認している。
「いや! ことここに至っては焦っても仕方ないだろう! 落ち着いて動くべきだ!」
冷静になれと彼は言った。手振りまで交えて必死に訴えかけてくる。
間違ったことは言っていない。だがしかし、その言葉は信じるにはいささか軽い。
有り体に言えば、嘘臭い。
何かを狙っている。その場の三人はそこまで思考が至ると、血相を変えた。
「チィッ! ハイペリオン行けるか!」
「副支部長寝返ったな!」
佐川が詰め寄ろうとした瞬間。
────バンッ!!!
突然、勢いよく部屋の扉が開け放たれた。
いきなりのそれに、四人全員動きが止まる。
「うん、全員揃っている。楽で良い」
部屋の外には一人の少女が。
このタイミングで現れたのだ、ただの少女ではあるまい。まず間違いなく魔法少女だ。
その推定魔法少女は軍服のような衣装を身に纏い、顔をガスマスクで隠している。
怪しさ満点な姿にヒダキは警戒姿勢をとる。何をされても良いように、対応できるように身構えた。
「話聞く姿勢、良い。楽。助かる。こちらからの要求、一つだけ」
ぶつ切りの話し方は独特だ。
また、くぐもった声は歳を窺わせない。
警戒するヒダキを指差して、謎の少女は言った。
「お前。ハイペリオン。一緒に来る」
さらに三人を指差す。
「他のは要らない」
「なっ!?」
吉田が驚きの声をあげる。
「要らないとはどういうことか!? 何のためにそちらに着いたと──」
「お前裏切り者。本来はこちらに着くのが道理。一番要らない」
一戦交える他にない。ヒダキはそう直感した。
スコーピオンに視線をやれば、彼女もそれに応えてハンドサインで指示を出してきた。
前がスコーピオン、抑えがヒダキ。強行突破でモクアミと合流する。
一瞬で作戦が立てられ、役割分担までが済まされた。
そして、仕掛けようとしたその時だ。
「貴様っ!」
顔面を紅潮させた吉田が懐から拳銃を取り出し、突きつけた。銃口を向けられ、しかし謎の少女に驚きはない。
「無駄」
「なんだと!」
「こんなもの効かない。意味ない。当たらない」
「我は『タイフーン』」
「嵐風吹き荒ぶ天空の覇者。魔法少女タイフーン」
「その程度で傷を与えられるなどと思い上がるな」
名乗りを聞いた瞬間、スコーピオンの顔色が明らかに変わった。
弾かれたように飛び退きながら彼女は叫んだ。伏せろ、と。
パンッ。と乾いた発砲音。
それがもたらす結果を見るよりも、ヒダキはスコーピオンの言葉に従うことを優先する。結果など火を見るよりも明らかだ。
体を丸め、部屋の隅へと転がる彼女たちを濃密な魔力が撫でていった。
ヒダキは背筋に悪寒が走るのを感じた。
これは予兆だ。
魔法が来る。
──刹那。
「トルネードミキサー」
突風が、暴風が、嵐風が吹き荒れた。
あまりに強い風は音の塊のようで。
骨まで響く衝撃に揺さぶられ、ヒダキは苦鳴を漏らす。
天井が引き剥がされ、三方の壁が吹き飛び、辛うじて原型を留めるのはタイフーンが背にしていた入り口くらいであろうか。床が残っているのはそれでも加減されてるからか。
部屋と呼ぶのも烏滸がましい残骸の中で、動く影は三つ。ヒダキとスコーピオンと、タイフーンだけだ。
佐川も吉田も姿を消していた。
最早生きてはいまい。どのような末路を辿ったかヒダキには分からない。だが、どうせ碌なものでないことだけは分かった。
「おい、ハイペリオン!」
「ええ、分かってます」
ヒダキは助かるだろう。ヒダキ"だけ"は助かるだろう。しかしそれは命に限った話である。
二人の人間を躊躇いなく消し飛ばすような奴と肩を並べていられるだろうか。そこに思い描いた理想はあるだろうか。
ヒダキには到底無理だ。想像するだに耐えられない。
戦う他に活路はない。
「魔法少女、変身っ!」
「魔法少女、変身!」
溢れる魔力光を纏い、二人の魔法少女が変身をする。