23:三人以上集まっているのに睨み合うせいで静か
人が増えます。
「それでは新たな同胞の誕生を祝いましょうか──」
そう言って女はワイングラスを掲げる。トプン、とマルーンの液体が波打った。
色味の抜けた、気色の悪い女だ。
白髪交じりの黒い長髪は大きくうねり、手入れをされていないようである。不健康に青白い肌はまるで吸血鬼だ。陰影ばかりが浮き立ち、モノクロな印象の彼女は服装まで白と黒に統一している。その癖不自然に肉付きが良く、大きな胸をこれでもかと見せつけていた。
喪服のような漆黒のドレスに、白い五芒星のペンダントを首から下げ、蠱惑的な肢体を惜しげもなく晒していた。いっそ自慢げにも見えるほどだ。
女の名前は『ルイーネ』と言った。
始まりの魔法少女にして、破滅をもたらした魔女。かつての日本を滅茶苦茶に破壊し、今の社会を作り上げた怪物である。
そのような脅威は微塵も感じさせずに、彼女はワインの香りや口当たりを愉しんでいる。
主役などどうでも良い。全ては口実に過ぎないのだから。
「……その同胞とやらはまだのようだが?」
主役が不在であることにツッコミを入れる魔法少女が居た。序列三位の魔法少女『カラクサ』は、その気質が災いしてかルイーネに代わってまとめ役を勤めることが多かった。
今も、ワインに夢中な彼女と交代して話を進め始める。
魔法少女保護局の本部には、封鎖された一室がある。
そこはルイーネの居室であり、同時に魔法少女変身術法の"要"を守ってもいた。
余人が踏み入ることは許されない。立ち入れるのは、資格を満たした魔法少女のみだ。
ランク5としてルイーネから認められた魔法少女は、招待状を預かることになる。
この"魔女の閨"に入るための鍵だ。
ルイーネがただ"集会"とだけ呼ぶ、魔法少女たちの集まりに参加するための資格である。
今日もまた、その集会が開かれているのだ。
集まったのは四名。ルイーネを含めて五名の魔法少女が、新たに集会へと参加するようになる魔法少女の到着を待っていた。いや、思い思いに飲食を始めてしまってカラクサが頭を抱えているが、一応待ってはいるのだ。
すると、部屋の端に扉が現れた。
ただの壁だったはずの場所が、差し変わるように突然扉となった。
その扉が開き、向こうから一人の魔法少女が入室してくる。
人形のようと評するべきか。
絹糸にも勝るだろう柔らかで艶のある黒髪をおかっぱに切り揃え、白磁のような肌にうっすら健康的な血色が差したもちもちした頬。
大きく円らな瞳は黒瑪瑙のようで、若さの中にどこか老成した雰囲気を感じさせる。
華奢な体躯や低い身長を見るに、年の頃は12歳ほどだろうか。折れそうな細い腕や肉付きの薄い身体は、触れれば壊れそうな繊細さを見る者に印象付けた。
それでいながら内に秘める魔力というものは、同じランクの魔法少女であるはずの面々でさえ気圧されるようなレベルであった。
その総量は測り知れず。
魔力という面においてはルイーネにも匹敵し得るのではないかと、その場にいる魔法少女たちは目を丸くする。
カラクサはテーブルの陰に隠しながら、こっそり自身の手指を揉んだ。これは彼女の癖であり、どうにもならない波乱を予感したサインだった。
例えば、魔法少女として勧誘された時。
例えば、ルイーネと初めて出会った時。
例えば、大災級という区分が出来た時。
事態が大きく変化するだろうと、カラクサは覚悟を決めた。それが良きにつけ悪しきにつけ。
入室してきた魔法少女は、一度ぐるりと目線を巡らせると一礼した。
「初めまして、魔法少女ハイペリオンと申します」
ヒダキであった。
魔法少女としての名前を名乗りながら、彼女はルイーネに促されて席へと着く。
「じゃあ、堅苦しい挨拶は抜きにして乾杯しましょう」
ルイーネは上機嫌に空のグラスを掲げた。
それから照れたような笑いを浮かべ、どっぽどっぽとワインを注ぐ。
その道化じみた振る舞いのわざとらしさに、集められた少女たちは白けた目を向けた。
「ルイーネ、私たちはさっぱり知らないんだ。その新たな同胞の紹介をしてくれないと困る」
カラクサの注文にルイーネは唇を尖らせる。
えー、と不平を表しつつ、彼女はグラスを一息で空にした。
それから咳払いし、ヒダキの紹介を始めた。
「ハイペリオンは一例目の大災級を片付けた子です。太陽と灼熱の魔法少女でその魔力には目を見張りますよ」
ルイーネはそこで区切ると柔らかに微笑み、テーブルを囲む魔法少女たちに視線を巡らせた。
カラクサは嫌な予感がした。
「もしかしたら一番強い、なんてこともあるかもしれませんね」
その言葉に、一人の魔法少女が食いついた。
「このガキがアタシよりも強いわけねェだろ!」
荒々しく否定する彼女もまた、ランク5に到達した魔法少女の一人。己れの力に自信を持つ魔法少女『スコーピオン』だ。
長い赤茶の髪を後ろで三つ編みにして垂らす、少女とは呼びにくい長身の彼女は二例目の大災級を討伐した張本人である。
二例目の大災級魔物、煙災の『ロウフ』。
大隈県に出現した毒ガスの集合体は、活火山たる桜島の火山活動に紛れて人々を襲撃した。噴煙に潜み降灰とともに襲い来る厄介な相手だったが、つい先日ようやく討伐された。
一例目、雨災の『レーゲン』から実に三週間後のことである。
時間がかかったのには理由があり、ロウフが広範囲を移動する性質を持っていたことと、それから常に毒ガスを振り撒くために相対することが出来る魔法少女が限られていたことが影響している。
ロウフを撃破した魔法少女スコーピオンは、毒物への高い耐性と頑丈な外骨格、それと優れた身体能力を有する。それら全てがロウフへの対抗策として効果を発揮し、完封に近い形で勝利を収めた。最も手間だったのは、ロウフに接敵するまでだったのは間違いないだろう。
そんなスコーピオンなのだがプライドが高い。非常に高い。
同じ大災級を倒していることは評価するものの、満身創痍だったハイペリオンが同格以上とされているのは我慢ならなかった。
「アタシはボッコボコにしてやったぜ。四万人の息の根を止めた化け物をだ!」
吠える彼女に他の魔法少女は何も言わない。
スコーピオンは好かないが、だからと言って新参者の味方をする気もなかったのだ。
カラクサは思わず頭を押さえた。
フォローに入らないといけないか。そう思うと頭痛がしたからだ。
だがそれよりも先に、ルイーネがパスを出した。……渦中のヒダキに向けて。
「そんな風に思われているようだけれど、あなたはどう思うのかしら?」
困ったような笑みでヒダキは、すごいですねとだけ答えた。
何と答えたところで気に入らないのだろう。スコーピオンが睨む。皮肉と受け取ったのかもしれない。
スコーピオンは、ヒダキを除いて最も新しいランク5の魔法少女である。そのため、他の面々からは軽く見られているところがあり、日頃から鬱憤を溜めていた。
可愛い妹を演じるには性格が悪さをした部分もある。攻撃的な彼女は普段から先輩たちに噛みついていたわけだが、ここに格好の的が現れた。
その様子にカラクサはため息を吐くが、ルイーネは気にも止めず他の魔法少女は面白がっている。
彼女の気苦労は絶えないようだ。
「──さて、それじゃあ。話をしていきましょうね。私たちの、倒すべき敵について」
微笑みは崩れない。
ルイーネは愉しそうにグラスを回す。
好戦的な魔法少女たちは姿勢を前のめりにし、カラクサは無言を貫く。ヒダキは目を伏せ、その内心をうかがい知れない。
「大災級三件目の出現が予想されたわ」
大災級の魔物は、これまでその出現を掴むことが出来ずに後手の対応を強いられてきた。そのせいで一例目も二例目も多大な犠牲者を生んでいる。
それが察知できたとしたら、大きな進歩と呼ぶべきだろう。
驚きを見せる魔法少女たちに反応を示さず、ルイーネは話を続ける。
「あと、モクアミの集団を一つ潰しましょうか」
近所のコンビニへ買い物に行こう。そう提案するかの如く、軽い口振りでルイーネは言った。
その場にいる魔法少女皆が黙り込む話題であると言うのに。
「……それは、拠点が見つかったということで合っているかな」
カラクサの問いかけに、ルイーネは弾むように頷いた。
明るく笑う彼女に対して、魔法少女たちの表情は暗い。
「敵は根絶やしに。掃除の時間ですよ──」
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