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22:過去は追ってくる


 ヒダキは一人、夜道を歩いていた。

 時折、横を車が走り去る。今もまた一台、グウンとエンジンを唸らせて過ぎ去っていった。

 六月最後の夜とあって、午後八時を過ぎてもいささか蒸し暑い。


 彼女の頭の中は思考で埋め尽くされていて。

 一体何をそんなに考えているのかと言えば、養育院の食堂でのワカバとのやり取りを反芻しているのだ。


 戻るべきか進むべきか。

 答えは出ているはずなのに、わずかな靄が晴れないことで、ヒダキは迷いを振り切れずにいた。


 他者に委ねる在り方ではダメだと感じた彼女は、自己の奥底から湧き出る衝動に従おうとした。しかしそれもまた、何か間違いであるように思えてならないのだ。



 彼女は、己れの中に眠る復讐心に問い掛けながら歩く。

 養育院を出て夜の町をふらついているのは、足を止めてはいられなかったからだ。何かに導かれるように、日光の外れ、住宅街を彷徨う。


(許しておけない、それで良いでしょう……っ!)


 ああ、彼女は気付いていないのだろう。己れの内面までもが、魔法少女"ヒダキ"として書き換えられつつあることに。

 過去も、思いも、苦しみも。桧田木幸次郎の全てを背負いながら、しかし彼とは異なる形に落ち着きつつある。


 自身の状況を覚らぬままに、ヒダキは求める答えを探し続ける。



「そこのお嬢さん」


 突如として、背後から声をかけられた。

 跳び上がるように驚いて、それからヒダキはゆっくりと振り返る。すわ警察官か。しかし、補導されるのかという心配は必要のないものだった。


「え、あなたは……!」


 ただ、恐ろしい偶然に身を震わせることにはなったが。


「ん?」

「いえ、何でもありません」


 咄嗟に誤魔化すが、声をかけてきた彼はよく見知った男だった。まさかこんなところで出会すとは思いもよらなかったのだが。


 "真山"だ。


 魔法少女保護局北関東支部の支部長を務める方ではない。

 その甥、桧田木幸次郎の後輩として共に働いていた真山哲夫であった。


 彼がどうしてここに。

 ヒダキはそんな疑問を抱くが、それは哲夫の足元を見ればすぐに分かった。

 尻尾をパタパタと振る可愛らしい茶色い犬。円らな瞳は街灯の明かりを反射して煌めいている。

 そう、哲夫は犬の散歩をしていたのだ。


「ご、ご近所の方ですか?」

「そうですよ、日課の散歩中っすね。良くないのは分かっているんですけど、日中は時間がとれなくて。にしても、こんな時間に一人で歩いているなんて、どうかしました?」


 哲夫はその場から動かない。ヒダキに近づこうとしないのだ。それは彼女が少女であるから。

 怖がらせないための気遣いが、声をかけてきたのも彼の親切心からであると感じさせる。


「何かお悩みとか?」


 図星を突かれて、ヒダキは答えに詰まる。


 とは言え、夜道を一人俯いて歩く少女を見て、元気そうだと感じる人間はいないだろう。怪異の類いと思われることはあるかもしれないが。

 実は哲夫が近寄ろうとしないのはそれも理由に含まれている。彼は少しだけ、そう少しだけ、ヒダキが幽霊なのではないかと疑っていた。


「あー、お家が分からない、とかかな」

「……違います」


 子ども扱いされたように感じて、ヒダキは少しムッとして答える。


「失礼、じゃあ何をお悩みかな。良ければ相談に乗るけれど」


 哲夫の申し出に、ヒダキは怪訝そうな表情を浮かべる。

 夜道、少女、出会ってすぐ、悩み相談。

 要素を並べれば完全に事案であり、怪しさに満ちている。ヒダキは哲夫がそのような人間でないことを知っているし、また信じてもいるが、にしても怪しさは拭いきれない。


 真意が分からず戸惑う彼女を、哲夫は怪しまれているととったのだろう。慌てて言った。


「いや、ほら! 困った時はお互い様って奴ですよ!」


 そのあからさまな誤魔化し具合に、ヒダキは戸惑いを隠しきれない。疑いを持ってしまう。


 その雰囲気に屈したのだろう。

 哲夫は正直に話し始めた。


「君、魔法少女でしょう。だからかな、放っておけなくて」

「……確かに魔法少女ですけど。どうしてです?」


 夜間に単独で出歩いている少女はこの辺りでは珍しい。しかし、養育院があるためにそれが魔法少女であると推測するのは難しくないだろう。

 ただ、質問の答えではない。


 すると哲夫は、まぁ先輩の受け売りなんすけど、と口にした。


「受け取るばかりじゃ不健全なんですよ」


 ヒダキはそのフレーズに聞き覚えがあった。いや、言った覚えがあった。

 いつか、哲夫にぼやいたのだ。この社会の有り様は歪んでいる、と。


「あなたたちにばかり負担を押し付けている。それは間違いだと先輩は言っていて、まあ、俺もそう思うんすよね」


 だから悩んでいるなら、相談にくらい乗りたいじゃないですか。

 彼はそう言った。


 ヒダキは目玉が転がり落ちるほどに大きく目を見開き、わなわなと身体を震わせる。

 そこには喜びがあった。己れの意志が継がれている喜びが。


 哲夫は桧田木幸次郎の言葉に従いながら、しかしさらに先へと進んでいた。自らの意志でその先へと踏み出している。


「わたしは……」


(──どうしようもなく弱い。すぐに揺らぐし、簡単に転ぶ。挫けた足では立ち上がれないと弱音を吐く)



 思い出されるのはかつての自分。

 桧田木幸次郎が愛する妹を失った瞬間の記憶。

 魔法少女だった彼の妹は魔物の襲撃によって死亡した、ことにされている。

 だが、実際は異なっていた。彼は目撃したのだ。

 仲間である魔法少女が妹を手にかける。その瞬間を。

 揉み消されたのである。

 哲夫の叔父である真山が保護局の人間であることを知ったのはこの時だ。正確には、後から甥である哲夫を知ったわけだが。


 とにかく、桧田木幸次郎は無力だった。

 魔法少女の妹を失っても、彼に出来ることはなく。社会の歪みに頼って、生活を続ける他なかった。

 魔法少女へ向ける感情は、この一件を機に歪みに歪み、ねじくれた思いとともに今に至る。


 怒りがあった。

 憎しみがあった。

 許せないと恨み、復讐を願った。

 そして今や、なんの因果か同じ魔法少女となっている。



「わたしは、……私は大丈夫ですよ!」


 ヒダキは虚勢を張る。

 この後輩にだけは情けない姿を見せられないと思ったから。

 たとえ正体が分からないとしても、弱った本音を聞かせることなど出来はしない。


 断固たる意志で、彼女は背を伸ばし哲夫と正面から向かい合った。

 その目の光に、思わず哲夫は一歩後退る。


「私は大丈夫ですから、もし、どこかで苦しむ魔法少女を見かけた時には手を差し伸べてあげてください」






 哲夫は犬を連れて去っていく。

 ヒダキは養育院へ歩き出した。


(『魔法少女だなんだと持ち上げられて女の子が頑張って戦ってるんだぞ。同じ目線に立てた今、私が頑張らなくてどうすんだよ』)


 ヒダキは目に光を取り戻していた。あるいは、その意気は以前をも上回るかもしれない。

 いささか不安になるほどで、まるで消える前の蝋燭のようだ。

 不安定ながらも輝きを放っている。


(そうだな。そうだったな。弱っている場合じゃない。私()力になりたいんだ! なら私が動かずにどうするってんだ)


 踏み出す足に力が戻り、ずんずんと進み行く。

 それが茨の道であっても、止まる気など彼女にはない。




「──私は、"魔法少女"だ」











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