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21:悪女は微笑む


 ミサキに手酷く叱られたヒダキは、すっかり意気消沈して養育院に戻ってきた。

 まさかあれほどに否定されると思っていなかったのだ。

 あるいはこれこそが、彼女の精神が肉体に引っ張られていることの証拠であるかもしれない。


(頼られることを期待していたのかもな……)


 振り返ってみれば、そうした思いがなかったとは言えなかった。

 戦えば褒められると、勝てば讃えられると、敵を倒せば喜ばれると、気付けばヒダキはそう信じていた。そう考えることは、おそらく間違いでない。だが、それだけではいけないのだ。




 自室で一人へこたれた後、夕食の時間になっていると気づいたヒダキは食堂へと降りる。

 ここ数日は怪我の治療で夜の任務が入っていない。そのため、実に健康的な生活が送れていた。今日も一般的な時間帯の夕食である。


 食堂には数人の魔法少女が居て、彼女たちはそれぞれ用意された食事を摂っている。


 ヒダキも夕食を取り分けた。

 具沢山のけんちんうどんだ。

 このように、北関東由来の郷土料理はそれなりの頻度で出される。北関東支部の管轄地域から養育院にやって来た子が大半を占めていることが理由だろう。

 なるべく郷土への愛着を持たせることで、魔法少女として戦うための活力を与えようとしているのだ。


(温かい……)


 ずぞぞ、とうどんをすすり、ヒダキはほっとひと息ついた。

 つゆの塩気が身体に染み渡る。

 野菜の、特に根菜の土臭さがヒダキは好きだった。人参やレンコンの歯応えを感じながら、大地の香りを味わう。


(ああ、うまいなぁ)


 穏やかな時間である。


 胃の腑から温まり、ヒダキの落ち込んでいた気持ちが安定を取り戻す。

 やさぐれていた心が立て直され、しっかりとした思考を巡らせることが出来るようになり始めた。




「──ヒダキ、さん」

「ワカバじゃないですか。お元気でしたか?」


 ワカバと顔を会わせるのは、彼女がヤヤと組むことになった時以来である。

 思うところのなさそうな表情に、ヒダキはそっと安堵した。


 隣良い? 彼女にそう聞かれ、ヒダキは着席を進めた。


「けんちんうどんって初めて」

「あら、上毛の方だったり?」

「え、ええ。そうなの」


 揃って麺をすする。

 ヒダキのものは少し伸びてきていた。かつてよりも一口が少なくなったことで、食べるペースが落ちて時間がかかるのだ。

 うむむ、と唸っているとワカバが見てきたため、そ知らぬ顔で誤魔化す。


「ところで怪我をしたと聞いたんだけど……。元気そうね」

「ええ、治しました。治したのですが、それで怒られてしまって」


 弱るヒダキにワカバは、そんなことは言わせておけば良いのだと一蹴した。

 思いがけぬ強い否定に、ヒダキは箸を置いてワカバに向いた。


 居住まいを正したヒダキに戸惑いながら彼女は言った。


「だって結局は自己判断だし、戦うのも責任をとるのも私自身じゃないの。そのために必要なことなら何でもするわ! 文句なんて言わせておけばいいの」


 勝たなければ意味ないのだと彼女は語る。

 一人健康に生き残ったとして、仲間たちが全滅したらそれは負けなのだ、と。


「あなたはどうなの?」


 ヒダキは問われて口ごもる。

 確かにワカバの言うことに共感はする。だがそれで良いのか。他人の意見に乗っかるだけなのかと自問自答した。


 どちらの言い分にも理解が出来るのだ。

 ミサキがヒダキに注意したのは、ヒダキの身体を心配してのことだ。

 対してワカバが切って捨てたのは、望まぬ未来に通じる可能性だ。

 どちらも正しく、どちらもヒダキ本人とは異なるところを見ている。


「……私は」


 では、ヒダキの見るところとは?

 何を考えて戦っていたのか?


 それはすぐに答えが出た。


 "自分が戦う機会を得たから。"


 ただそれだけが理由だった。

 走り始めたのは単純なことだ。


 しかし──。


「私が、間違っていました」


 ヒダキの理由では足りないのだ。



 短期的な、場当たり的とも言える視野の狭さ。

 戦う機会を得たから。放っておけなかったから。それはなんという自己満足だろう。勝手でしかない。なんという傲慢さだ。

 裏を返せば、気にならない限りは永久に見て見ぬ振りが出来たということではないか。


「覚悟を持たないままで、傷を治すべきではなかった」


 そこで初めて、ワカバがヒダキに向き直った。

 それまでずっとうどんに向いていた視線をヒダキへと変えて、彼女は問う。


「なら、どうするの?」




「──理由はあったんです」




 ないのなら探せば良い。

 足りないのなら満たせば良い。

 欠けているのなら埋めれば良い。

 沈んでいるのなら引き上げれば良い。


 ヒダキは今の己れに、戦うべき理由が存在していないと気が付いた。

 全てを擲つだけの覚悟がないのだ。

 所詮は元の身体に戻るまでの羽休め。そんな意識がどこかにあったままでは、どれだけ能力があっても足手まといになりかねない。


 "芯"が必要だ。


 窮地においても己れを支えられる芯が。

 外付けの補強装置ではない揺るがぬ芯が。


 そしてそれは、己れの中にある。


「理由はあったのに、私は己れを飾っていました。きれいに見せようと誤魔化していた。ずっとずっと抱えていたのに、今の生活に満足して忘れようとしていた」


 ヒダキは選ぶべきだったのだ。

 戦うか、戦わないか。

 それを中途半端に戦ってきた。彼女の力は並みではない。だからどうにかなってしまっていたが、そんな幸運がいつまでも続くものか。


 機会を得たからといって、どうして魔法少女たちの分まで戦おうとしたのか。

 任せきりにできないと決めたのは何故なのか。



 今まで彼女を動かしていた理由の、さらに根元。正面から向き合って、それから決めるべきだったのだ。



「進んで良いのか。戻るべきか。少し、自分と向き合おうと思います」

「──ええ、それがいいわ」


 少しばかり目を伏せて、話は終わりだとワカバが切り上げた。奇妙な沈黙が二人の間に落ちる。

 それから、再びうどんを食べ始める。


 温くなったうどんをすするヒダキの背中には、先ほどまでより気力が戻っているようだった。







 ◆







『──もしもし? 首尾は?』

「予定どおりに。しかしよろしかったので?」

『ええ。一番確実なのが"これ"です』

「……そうですか」

『おや、気に入りませんか。良いではないですか、皆の幸せのためです』

「そこに彼女は……」

『入っていますとも。彼女は礎なのですから』

「…………」

『ふふっ。今までの彼女は言うならば外付けの補助エンジンでした。純正のメインエンジンに変われば、一体どうなることでしょうね』

「それでアレとは恐ろしいものですが」

『ええ、全く。ですが、質がいまいちでした。レーゲンも正面から撃ち破れたはずでしょうに』

「だからですか」

『はい?』

「だから復讐心を煽るように仕向けたのですか」

『ふふふっ。違いますよ。あと押し、です』

「…………」

『どこまでアクセルを踏み込んでくれるのか。楽しみですね』

「…………」

『おやおや。まあ、良いでしょう。よく働いてくれました。彼女はきっとこちらに来てくれます。あなたのお陰ですよ』

「…………」

『彼女たちも動き出したようですし、ぶつかるのも時間の問題でしょう。面白いものが見れますよ、この私が保証します』

「……悪趣味ですよ」

『ふふふっ。それくらいしか楽しみがないものですから。──また働きをお願いしますから、のんびり待っていてくださいね』









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