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20:酔い


「──あのさぁ」


 医務室で、ヒダキはミサキからのじっとりした視線を頂戴していた。

 苛立ちがよく分かる目付きでヒダキを睨みながら、ミサキは写真を指差した。

 パソコンのディスプレイに表示されたそれはヒダキの肉体を撮影したものだ。手足や腹部をCTで撮った。思いの外あっさりと済んだことに拍子抜けしたのは、つい先ほどのことである。


「変身したでしょ」


 人差し指でカツカツと机を叩きながら、ミサキはヒダキに鋭く問う。もはや問いではなく、確認であった。

 眉根に皺を寄せ、ミサキは言った。


「変身するなと言ったよね? 理由もきちんと説明したはず。なのに何で?」


 口ごもるヒダキに彼女は畳み掛ける。


「この数日は養育院から出ることもないだろ。変身する必要がないんだから、お前わざと言いつけを破ったな」


 正義は彼女にあった。



 骨折、打撲、火傷。ヒダキの肉体が負った怪我はどれも高々五日程度で治るようなものではなく、しかし今ミサキの前に座っている彼女の身体は完治している。傷一つない白磁の肌に、滑らかで白魚のような指や艶やかな黒髪と、後遺症を一切感じさせないその姿はまるで時が巻き戻ったかのようであった。


 なにかが起きた時には必ず理由がある。

 ヒダキの身体が治っているのは魔法少女に変身したことが理由だった。


 魔法少女に変身する時、変身者である少女は肉体が魔法的に再構成される。自身の魔法に最適化されると言おうか。

 魔法的なフィルターが挿入されるのだ。

 そしてこのフィルターは、変身を解除すると肉体に溶け込む。このプロセスは解析が今も続けられている部分であり、判然としていないそうだが、とにかく影響を残しているのには間違いないと言う。


 この肉体とフィルターの同化する作用によって、ヒダキの魔力器官は増強を続けており、いずれ男性には戻れない可能性が高まっているのだが、一般の魔法少女でも働きかけが為されていた。


 それが肉体の再生だ。

 魔法少女は変身時の再構成によって、肉体を回復することが出来るのである。

 しかしそれは一長一短。

 良いところもあれば悪いところもある。


 魔法的な作用によって回復することで、高速かつ大規模に損傷が治癒されるのが良い点だ。瞬間的に回復するため、危機的な状況からでも命だけは助かるというケースが何件もあった。

 しかしそれは命だけの話で、心がきちんと元通りになるとは限らない話なのだ。これが悪いポイントである。

 再構成が為されるのはあくまでも肉体だけの話。傷ついた身体に順応した精神までは適応されない。負傷の認識は書き換えられず、しかし肉体は正常となる。

 これを積み重ねることで、人は容易に己れを見失う。ましてや年若き少女なれば、それはさらに発現の可能性を増すものだった。


 ──例え話をしよう。

 ある魔法少女が左腕を欠損し、のちに再生させたとする。そうすると、現在の彼女は二本の腕があり、これまでに一本の腕を新たに生やしていて、累計で三本の腕があったことになる。

 人間という生き物としてこれは非常に不自然な形だ。

 これを繰り返していく。

 二度三度、四度五度。

 見かけの数は変わらずに、総数は増え続けて、元の数からは離れ行く一方だ。

 初めは耐えられるだろう。見かけは変わらないのだから。だが次第に、認識上の自分が異形と化す。

 時間をかけて治療したという"実感"が欠落するためだ。



「だからあの日、治療したあとに言っただろうが。変身して治すのは緊急手段だ。休める時には休んで治せ、と。なのにお前は……!」


 ミサキの怒りにヒダキとしては頭を下げる他ない。悪いのはヒダキだ。

 だが、彼女なりに理由のあることでもあった。


「ですが、先生」

「『ですが』じゃない!」

「ですが、先生!」


 申し訳なさそうに背を丸めながらも、引こうという意思を感じさせない強い声にミサキの攻勢は一旦停止の構えを見せる。

 その空隙にヒダキが言葉を押し込む。


「休んでなどいられません!」


 目を丸くして驚いたミサキに、教え込むようにヒダキは言った。


「……休んでなど、いられないのです」


 我を取り戻したのか、いくぶん落ち着いた様子でミサキがヒダキに問いかける。それはどうしてか、と。


「いくつか理由はありますよ」

「聞かせてくれ」


「一つ目は、まあ、ほら……。人手が多いに越したことはないでしょう? だからですよ」


 ミサキは嘘臭いと言いたげに頭を振るった。


「で、二つ目は?」

「自己保身ですよ、褒められたものじゃないですけどね。自分が始まりの魔女ルイーネだとして、それなりの力はあれど頻繁に機能不全に陥る駒の評価はどのようなものにするか。それを考えたら寝てなどいられません」


 一つ目に比べてそれは、ミサキとしても理解しやすい考えだ。


「それから?」


 さらに続きを、と水を向けられて、ヒダキは少し困ったように笑った。

 彼女の笑みには、信じてもらえない話をする者特有のどこか諦めた気配が漂っている。


「……あまり時間がないようなんですよ」

「何の?」

「次の襲撃までです」

「……どうしてそう思う?」


 すると、ヒダキは指を三本立てて見せた。


「日立、霞ヶ浦と連続して起きた他に例をみない巨大な魔物の出現」


 指が一本折られる。


「予兆のない突然の出現。観測上、不自然としか言いようのない呼び水」

「よく調べている」


 指がさらに折られて、残りは一本になる。


「ナメクジの肉に埋もれて分かりました。あれ、人の手が入ってます。何かしら操る手段があるのなら、それを攻撃として用いているのであれば、投入に間を置くのは得策じゃありません」


 ヒダキは拳を見せた後、左手の平に打ち付けた。


「対処される前に次の一手を叩き込む。調べていて気付くのが遅れました。もしかしたら、もう手遅れかもしれません」


 それはミサキの得ている情報とも合致する結論だ。彼女はもう少し猶予があるものだと考えていたが、ヒダキはそうでもないらしい。

 目の奥に焦りがあった。


「だから、変身してまで治した、と?」

「ええ、そうです。次の襲撃までゆっくりと治せるだけの時間はないと判断しました」


 視線が交錯し、睨み合う形となった。

 しばし互いに無言の時間が過ぎる。

 やがて、ミサキがため息を吐いた。


「──やはり、肉体に引っ張られている」

「はい?」


 そうしてミサキは指摘する。

 ヒダキの精神が肉体に影響を受けていることを。

 少女の肉体となったこと。魔法少女となったこと。どちらがより大きな影響を与えているのかまでは分からないが、どちらも"桧田木幸次郎"という人格に異変をもたらしていることは間違いない。



 気負いすぎなのだ、ヒダキは。



「今挙げられた理由では、医務官の指示を無視するのに不十分だ」

「なっ……!」


 ミサキは人差し指でカツカツと机を叩く。


「人手が多いのは助かるが、それで怪我人まで動員するほど事態は逼迫していない」

「ルイーネに目をつけられていることは知っているから同情するが、それだけだ」

「次の大災級の出現が近い? そんなのこちらでも動いているに決まっているだろうが。ランク5の魔法少女はお前一人じゃないんだ、配置の見直しがされている」


 苛立ちを一気に吐き出した後、ミサキは大きく息を吸って、最も言いたかったことを口にした。




「舐めるな。お前が魔法少女になる前から、こっちはずっと戦って来てるんだ」








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