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18:二つ目の大魔法


 勢いを減じてふわりと着地したヒダキは、すぐさま駆け出した。ナメクジとは反対方向に。


 ヒダキは格闘戦が出来ない。まあ、たとえ出来たとしてもナメクジの巨体を相手取るのは無理な話ではあろうが。

 彼女はもともと格闘技を嗜んでいたわけではなく、魔法少女となってから修練を積む時間もなかった。また、少女の身体では、成人男性のようなリーチもパワーもないとくれば、魔法の性質に合わせた遠距離戦に特化するのも当然だろう。

 魔法少女ハイペリオンは、離れた場所から容赦なく敵を焼くのが基本戦術であるのだ。


 では何故、ナメクジからさほど距離のないところでヒダキが飛び降りたのかと言えば、あることを確認したかったからである。



 魔物はその身体を大なり小なり魔法によって維持している。

 食事も排泄も代謝も存在しない生き物など不自然の極みだ。それを魔法によって押し通しているのである。

 無理が通れば道理は引っ込む。

 魔物とは、その身に正しさを持たぬ仮初の命であるのだ。



 ヒダキが確認したかったのは、仮初の命を構築維持している根幹の在処。魔物の核だ。

 この核を破壊すれば肉体を構成する魔法は瓦解して、その存在は消えて無くなる。


 そしてそれは──。


(──見つけたぞ!)


 容易く見つかった。

 雲を晴らして雨を止ませて、その巨体を視界に収めてすぐに見当がついた。

 ナメクジの背中。割れた肉の中心部に核がある。


 正面ではなく背後に降り立てば、あるいはあそこで仕留めきれた可能性もあった。

 それは純粋に判断のミスだ。

 すぐに倒せないだろうから妨害に繋げようとして、進路上に陣取るという判断が裏目に出てしまった。


 爆風によって水を押しやり、露出した泥濘の中を走る。さすがに一瞬で蒸発とはいかない。走るためだけにそれは消耗が激しすぎる。


 炎を浴びせかけてナメクジの注意を引きながら、ヒダキは瓦礫が一際高く積み上がったところを目指す。

 今は少しでも高度が欲しかった。

 狙うべき背中は、地面から数十メートルの高さにある。高層ビルのような高さだ。

 跳び上がるにしても余裕が欲しい。



 地響きに足を取られ掛けるも、何とか転倒は堪える。

 ナメクジが動き出したようだった。

 後ろも見ずにヒダキは炎の柱を乱立させる。


 町が水没したからこそ使える魔法たちだ。通常の状態であれば大火災間違いなく、気兼ね無く魔法を扱えるという点だけはヒダキにとって有難い状況だった。



 瓦礫の山に跳び乗る。

 近づいたことで分かった。ここは神社だったようだ。流された鳥居が御神木に引っ掛かり、それを支えに土砂や瓦礫の山が形作られている。


「ありがたいなぁ!」


 仇を取るぜ、と彼女は吠えた。

 二秒フラットで12メートルの高さを駆け上る。

 まだまだ目標までは遠いが、ここから届かせてみせるのが魔法少女の腕の見せ所だ。

 にぃ、とヒダキは不敵に牙を剥くように笑う。


 瓦礫の山から振り返れば、ナメクジは足を止めていた。注視するような気配があった。


 睨み合うように、両者が向かい合う。


 不思議な光景だった。大怪獣が、羽虫のように小さな相手を真剣に警戒している。

 奴には分かるのだろう。この小さな魔法少女が命を奪い得る針を持つことを。



 西部劇のガンマンが決闘するように、張り詰めた空気が流れる。どちらもぴくりともせず、互いに機を窺う。



 風が吹いた、と同時に両者ともに動き出す。


「ジェット!」


 発声した方が魔法の操作性は向上する。魔物相手であるために探りを入れられることはないと判断し、瞬発力と安定をとった形だ。

 爆発的な推進力によって、ヒダキの身体が宙に舞い上がる。


 その進路を塞ぐようにナメクジの首が持ち上げられた。


「なっ!?」


 明らかに狙いがバレていた。

 まるで知性があるかのようなナメクジの動きに、ヒダキは面食らう。


 咄嗟に身を捻り躱すヒダキ。体勢の崩れた彼女に追い打ちが迫る。ナメクジによる頭突きだ。

 魔法の発動で隙が生じるのを嫌ったのか、フィジカルで封殺しに来ていた。


「ブースト!」


 更なる加速。


 ヒダキが空高くに吹き飛んだ。

 姿勢の制御は怪しく、錐揉み回転をしながらナメクジの体高を越えていく。

 頭突きは外れた。そして目標を見失ったのだろう。ナメクジの動きが固まる。


(どうする……っ!)


 照準が定まらない。視界が回ってほぼ黒一色になる中、ヒダキは焦っていた。

 相手の座標は分かっているのに、彼女の姿勢が乱れに乱れているため、狙いを安定させられないのだ。


 着弾点の想定をできているのに、始点が固定出来ないために魔法の発動がままならない。胸をかきむしりたくなるほどにひどくもどかしかった。

 ヒダキは焦燥に身を焦がしながらも、どうにか姿勢を立て直そうとする。



 その時のことだ。



 ──クゥオオォォォォオオォォオオオオォォンンンン……。


 ナメクジが叫びを上げた。

 悲痛で陰惨で、聞く者の心を闇に落とす絶叫だ。

 それは魔法の発動を行うためのもので。


 刹那、ヒダキは己れが死地にあることを悟った。


 ナメクジの背から暴力的なまでの魔力が立ち上る。その出力は先の『レーゲン』をも上回った。

 圧倒的な出力の魔法によって、自身もろとも粉砕する。

 ナメクジの判断はそれだ。

 魔物であるナメクジは核が無事なら再生できる。また、巨体であるが故に許容できるダメージの総量も多くなる。


 魔法少女が防御をしたとて、その防御ごと圧殺できるのだ。


 探す手間をも省いて、最速最短で殺しに来たのである。



 悪態を吐くだけの間もない。

 ヒダキが肌感覚で察知した魔力は既に雨雲の形成を始めている。もう数瞬で、雨が叩きつけられる。肉体を微塵に潰す粉砕機が動き出すのだ。

 だからヒダキは、猶予を得ることにした。


「ブースト!」


 当たりはついている。

 自身を始点にした魔法であれば、視界の有無はそこまで問題にならない。

 強引に狙った方向へ身体を飛ばす。


 肉()叩く衝撃に息が詰まった。

 ぐちぐちと気色の悪い感触は成功を知らせるもので。直後、押し潰されるような重圧を覚えた。




 雨災たる『レーゲン』の再起動は、ナメクジに望んだ結果をもたらさなかった。

 直前に感じた背中の違和感と核の近くでの異物感は、ナメクジに危機感を持たせるに十分であった。

 大瀑布を浴びながら、ナメクジは身悶えする。

 どうにかして取り除かなければ。ただそれだけを考えて。




 肉に埋もれながら、ヒダキはナメクジの背中に居た。背中の中、という聞いていると頭が痛くなるような場所だ。

 ナメクジの身体を盾にして、思考する余裕を作り出したのである。


「ははっ、どうだ……」


 その声には痛みが滲んでいた。

 急激な軌道の変化による慣性の影響と、肉の塊に叩きつけられたことでダメージは大きい。ヒダキの左腕は折れ曲がっているし、全身が打撲だらけだ。しかしまだ生きている。


 生きているということは、勝ちの目があるということだ。


 強引に身体を吹き飛ばしたため、狙いはずれていた。本当は核のすぐ脇につけるつもりだったのだ。しかしそこまでの余裕はなく、慌てて放った魔法はヒダキをずいぶん後ろの方にまで運んでしまった。


 だがそれでも。


「シャイニング──」


 殺すには十分だった。



 ナメクジの核までは十メートル強。

 ヒダキの魔法であれば射程に収められる。常ならば外さぬと確約出来る距離だ。

 しかし間に挟まる肉の壁と魔力の妨害を考えて、彼女はより確実な手を打つことにした。



「──ブラストォ!!!」




 極光がナメクジの身体を内から貫いた。







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