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17:飛び降りるプロフェッショナル


「改めて、助かりました」

「いい、こちらも手をこまねいていたからな」


 ヒダキはヘリコプターに乗っていた。

 陸路がダメであれば空路で向かう。そんなシンプルなアイデアで、輸送をされているわけだ。

 手配をしたのは魔法少女保護局北関東支部だが、実際にヘリを出したのは軍である。



 突如として常陸県霞ヶ浦に出現した大ナメクジの魔物は、流域に大きな被害をもたらしながら西進していた。

 家を崩し、道を潰し、辺りを水に沈めた怪物は、筑波山に向かう進路を北よりに修正して、日光方面に侵攻をしている。

 これに慌てたのは保護局だ。日光には北関東支部が置かれている。そこに何か狙いがあるのか。


 軍も大騒ぎだ。筑波山で止まらないとなれば、県を跨ぎ被害がさらに拡大してしまう。

 迎撃作戦は始められているが、如何せん効果が出ない。ナメクジは軍の兵器をなんら気にすることなく、平然としていた。

 想像してみてほしい。アフリカ象を輪ゴム鉄砲で倒せるのかを。ナメクジからすれば人などその程度のものであった。


 また、濁流も問題だった。

 冠水は作戦行動の妨げとなったし、弾丸も爆薬も無力化されてしまう。本体であるナメクジまで届かない上に圧力で勝手に起動させられることもあった。

 ただでさえ通常兵器は相性が悪いのだ。魔力を帯びた相手には魔力を纏った攻撃でなければ効果が薄く、盾になっている魔力をこちらの魔力でもって剥がし取らなければ碌なダメージを与えられなかった。つまり、魔法少女でなければ倒すことが出来ないのである。

 軍としてはそのような不思議装甲は業腹だった。それが今、最大級の理不尽として立ちはだかっている。



「それで、……大丈夫なのか?」


 ヒダキとともにヘリコプターに搭乗した軍の人間であるササキは、拭いきれない不安を口にした。

 魔物は恐ろしい。一メートルそこらの個体ですら、軍の部隊を壊滅に追い込める。

 それが数十倍の大きさだと聞く。ササキは弱った。そんな化け物のところへ行くとは自殺と変わらないではないか。


 そんなササキを見据えて、ヒダキは目をすぅっと細める。一見笑っているかのようであったが、ササキは蛇に睨まれた蛙のような心持ちになった。


「確約はしませんが、全力を尽くしますよ」


 隣の座席からの圧力に、ササキは頷くことしか出来なかった。




『目標が見えたぞ!』


 ササキを救ったのは皮肉にも化け物の知らせであった。

 パイロットの報告に、ヒダキをはじめとした搭乗員たちは揃って外へ意識を向ける。


 窓の外。遠目にぼやけて灰色の柱がそそり立つのが見える。


「でけぇ……」


 誰が呟いたか。皆同じような感想を抱いていた。

 比較できるようなものが周囲に存在しないくらいに大きなそれは、恐れだけでなく畏れすらも引き起こす。


「ここでは駄目です。近づいてください」


 一人冷静にヒダキは指示を出す。

 パイロットもそれに応え、ぐんと機体が加速する。


「近づいてどうするんだ」


 思わず飛び出した失言に、あっとササキは口を押さえる。どうするもこうするもない。ヒダキはあれを殺すためにここに来ている。

 そんな当たり前のことを口にしてしまうほどに、ササキは己れを律せていない。ヒダキ以外の同乗者から一斉に白い目を向けられる。

 そしてヒダキは、そのやり取りそのものを無視して思考の海に沈んでいた。


(どうする? 大魔法が効くのか。あの巨体では怪しい……。いや、あれどうなっているんだ? 身体の輪郭がぼやけてやがる)


 窓から観察を続けながら、ヒダキは頭の中で作戦を組み立てる。


 遠目に見ただけで感じ取れるほどに雨の柱は魔力に満ちている。あれを貫通させるには余程の魔法でなければならないだろう。

 ヒダキの大魔法『グロリアスバースト』であれば恐らく(かな)う。しかし仕留めきるだけの自信はなかった。狙うべき本体が視認できない雨量だ。回避される可能性も考慮に値する。


(やはり剥がし取らなければ……)


 ヒダキは雨の柱を注視する。真剣な眼差しだ。

 同乗者たちはプロフェッショナルとしての姿を見たように思った。


 雨の柱は魔力によって生成されている。その生成主が件の魔物だ。それは一目見れば分かることだった。


 ではどうやってそれを妨害するか。雨の生成を止めなければ被害は拡大する一方で、加えてこたらから手出しが出来ない。


 そこでヒダキは雲に着目した。

 魔物は雲を産み出して、そこから雨を降らせている。それは本来余計なひと手間を挟んだ処理だ。

 やらなくても良いことをしているからには、何か狙いがあるはず。

 わざわざ経由させるだけの理由があるのだ。何かしらの制約か、あるいは利点か。


「だったら晴らせば良いのか」


 ヒダキの結論は力業だった。

 産み出された雲を晴らし、雨を止ませる。

 その結論を踏まえて雨の柱を見れば、なるほど、雲と雨とで含まれる魔力の量が異なる。

 雲に干渉する方が、雨を正面からどうこうするよりも成功しそうだった。


 方針を固めたヒダキは、瞑目して己れの魔力を確かめる。大魔法を撃たずとも雲を晴らすことは可能だ。ただ、負担がそれなりにある。

 とは言え、魔力は日常生活の中で蓄積していたものがあるし、ここ数日は変身することも少なく消耗もしていない。


 ここが勝負どころだと、ヒダキは己れに言い聞かせる。



 深く息を吸って、数秒止めて、ゆっくりと全て吐き出す。ヒダキの呼吸に合わせて魔力が活性化していく。

 熱を帯びた魔力は、魔法少女の素質がない軍人たちでも徐々に肌で感じ取れるようになった。ちりちりと首筋の毛が逆立つような落ち着かなさを彼らは感じた。


「一度上空で旋回、その後に魔物の進路上を交差するように飛行してください」

『了解、滞空は?』

「不要です。通過後は離脱を」


 ヒダキの指示を受けてパイロットはヘリを操縦する。雨の柱を囲うように旋回していく。

 そこでヒダキはベルトを外し始めた。


「な! 危ないぞ!」


 慌てるササキ。彼だけでなく同乗していた隊員たちも止めようとする。


『止めるな!』


 その隊員たちをパイロットが一喝した。

 魔法少女との関わりが他よりも多い彼は、その心配が無用のものであることを理解していた。


『ドアロックは外してある』


 ヒダキの行動を察した彼は、指示通りにヘリを飛ばす。


「助かります」

『頼んだぞ、魔法少女』


「おい、まさか!」


 隊員たちが驚く様子に、バツの悪そうな笑みを浮かべながらヒダキはドアに手を掛ける。

 ガラリ、とドアが開けられた。



 雨の柱の正面を横切るように飛ぶヘリから、ヒダキは身を投げる。凄まじい風圧が一気に彼女の姿勢をめちゃくちゃにした。

 吹き飛ぶように落ちていく。

 もみくちゃにされながらも、少女は懐の変身端末(コンパクト)を握りしめて叫んだ。


「──夜を焼こう」


魔法少女、変身(ハイペリオン)──!」




 地上に星が現れた。


 輝く光の球は直視出来ず、滾る灼熱は爆風とともに空を撫でた。

 雲は散り散りになり、辺りは昼間のように照らし出された。


 雲が消し飛んだことで、雨も止んだ。

 魔法の産物であるために、一部でもかき消されれば連動して消えるようになっていたのだ。

 それこそが"雨"の制約。雨量を増すために釣り合わせた(まじな)いの天秤。


「第一段階は完了だ!」


 落下速度を減じながら、ヒダキは高らかに吠えた。見ている者が居ないのならば、遠慮なく素をさらけ出せる。


 素をさらけ出したのは魔物も同じだ。

 身体を隠していた雨の柱が消え去り、本体が引きずり出される。

 全長百メートルあまりの大ナメクジの登場だ。


「うわ……」


 どうしようもなくスケール感が違う怪物に、ヒダキの全身が粟立った。


 うねうねと波打つ身体。半透明な皮膚。極彩色の油膜に、ばっくりと裂けて赤黒い肉が覗いた背中。何よりも、パンパンに膨らんだ眼。


 相手にすることを躊躇うほどに、気色の悪い化け物がそこにいた。

 そいつは、落下するヒダキを見ていた。


 舌打ち一つ。

 視線を嫌がるように、ヒダキは火球を放った。間髪入れずに連続で投射する。


 一息に十を超える炎の塊が浴びせかけられ、ナメクジの頭で弾けて消えた。

 焼けた痕跡一つなく、全くの無傷であった。


「くそったれが」


 再度雨雲を召喚されるのはまずい。

 プールしてあった魔力は既に消費しており、ヒダキはもう一度同じように雲を晴らすことは出来ないのだ。

 仮に雨の柱が復活したならば、その時こそ大魔法を切らざるを得ない。



 先制攻撃には成功したものの、ヒダキの側にも余裕はないのだ。






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