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13:軋む心


 夜に沈んだ製鉄施設を、既に定位置となったN4管理棟の屋上から眺めながら、ヒダキは物思いに耽っていた。


 思い返すのは昼間のやり取り。

 現状、仲良くなったと言える数少ない魔法少女が辞めると言い出した。

 それを止めるだけの理由も言葉も、ヒダキは持ち合わせていない。


(歓迎、すべきことのはずなんだけどなあ……)


 ヒダキのスタンスとして、いや桧田木幸次郎として、魔法少女に頼りきりな社会を好いていない。仕方ないから黙認しているのだ。魔法少女がいなければ、『アンクライファー』に蹂躙されてしまうのだから。言うなれば消極的な肯定が彼女の立ち位置になる。

 でなければ、機会を得たからと彼女らに報いよう、手助けしようなんて考えることもしないだろう。


(魔法少女なんて辞めて大学生活を謳歌する。それが正しいはずだ)


 マイとヒカリは地元に帰って学生になるのだと語っていた。それがあるべき姿であることは明白で、ヒダキ自身もそう考えているが、しかし胸の内からしこりが失せない。


 唇を尖らせ、眼下の製鉄施設を守ろうと戦う魔法少女たちを見守る。


 組織に属したが故に、ヒダキはここで自由に振る舞えない。

 魔法少女たちを助けたかったはずなのに、彼女たちは戦うことを望んでいて。

 代わりに戦おうとするヒダキは、それを眺めることしか出来ない。戦う力はあるはずなのに、守れる力があるはずなのに、あの時を繰り返させないように出来るはずなのに、ヒダキは見ているだけだった。


 ただ、それだけを望まれたがために。


(こうして見てるだけってんなら、余計なお世話だってんのかなあ)


 ヒダキの望みとしては、魔法少女なんて無くしてしまいたい。だがそれは叶わないから、これまで目を瞑っていた。

 それが、自分が魔法少女になったことで状況を変えられると考えて、前線に立とうとした。大人として当然だと思ったから。もうあの時のような思いをするのはごめんだったから。


 しかしヒダキが強力な魔法少女であったために、彼女は後方に控えることを求められてしまった。戦力の温存や、手柄を求める少女たちへの配慮によるものだ。

 ヒダキの心情は、無視された。


 そうした経緯を踏まえれば、マイとヒカリの話は歓迎すべき内容だろう。ヒダキの望みが叶うのだ。

 魔法少女からただの少女に戻り、日常へと帰る。



 良いことのはずだ。しかし、ヒダキはそれをすんなりと飲み込めていなかった。

 今も、任務の間だと言うのに思考を止められず、二人のことばかりを考えている。

 あれだけ興味がないように振る舞っていたのに。


 実際、この話を聞かされなければ、ヒダキは気にも止めなかっただろう。

 もしも二人が何も言わずに辞めていたら。きっとヒダキは思い出しもしなかったはずだ。


(くだらねえ)


 自分がこうも感傷的な人間だとは思いもよらなかった。

 ヒダキは今、寂しいのだ。

 友人になれたかもしれない魔法少女(同胞)が去ることを決め、取り残されることになり傷付いている。


 ふん、と鳴らされた鼻。それには、強がりが混じっていた。






 ようやっと魔物が倒された。


 相対していた魔法少女は肩で息をしている。まだ小物を三体しか相手にしていないが、疲労は明らかだ。

 ランク2の魔法少女ではこれが限界だろう。片手間に燃やせてしまうヒダキが異常なのである。が、それを自覚しながらも手出しを控えるように言い含められていることが彼女には不満だった。


『──彼女たちに経験を積ませてやってはくれませんか。

魔法少女だって、いきなり強くなったりは出来ません。元は普通の女の子たちですから。その彼女たちが力をつける手伝いをしてほしいのです。

それに、一人に頼るシステムでは不健全でしょう。あなた一人に負担を押し付けては、いざという時に備えられない。それはあなたも分かるはず。

ここはグッと飲み込んで、焦らずに行きましょう』


 保護局の言い分も分かる。

 ヒダキだけに頼るようでは、今の社会の焼き直しだ。それにヒダキは一年後に魔法少女を辞めている予定である。いずれ居なくなる自分が何でもかんでも引き受けるわけにはいかない。


 どうしたって無理なのだ。

 魔法少女は必要な存在であり、なくてはならないものだ。

 魔物が出る限り、それは覆せない。


(魔物を全滅させれば魔法少女は不要になる)


 だが、そのためには魔法少女が必要だと言うループが発生している。

 しばらく頭を悩ませてから、やがてヒダキは天を仰いだ。


「それが出来りゃ苦労しねえよ」


 ぽろりと呟きが漏れた。

 月光が彼女を照らしている。だがその顔には陰りがあった。



『──ランク3まで来て自信あったんだけどさ、あんたのあれ見たらムリかなって』

『もう五年も続けてたしぼちぼち潮時ってやつじゃん? 多分ね』



 明るく語っていた彼女たちだが、一瞬視線が揺れたのをヒダキは見逃していなかった。内に抱えるものは色々とあるのだろう。当然だ。

 きっかけの一つになったヒダキのところへやって来たのも、そうした引っ掛かりを解きほぐすために違いない。



『つくばに、地元に帰って学生生活楽しむわ』

『こいつ、実家が筑波山でホテルやってるお嬢様なんだよ。意外だろ?』



 養育院で、ヒダキは二人から色々な話を聞いた。

 魔法少女となった理由やなってからの苦労話に、学校での思い出話、二人の幼少期の話。どれも楽しく聞かせてもらった。

 しかし、にこやかな笑みで相槌を打ちながらもヒダキは内心で悩み、そしてそれは今も続いている。




 魔法少女が辞めること自体はさして珍しいことではない。だがそれは、ランクが1である時の話。

 ランクが上がるにつれて、魔法少女を辞める人数は減っていく。母数が少なくなっていることもあるが、割合も確実に減少している。

 理由はいくつかある。強くなって安全になった。戦いに慣れた。給金が良くなった、エトセトラ。若く美しい姿が保たれることも理由としては根強い。


 ランク3まで上がった魔法少女が辞めてしまうのは損失だ。それも戦う力を十全に残したままと言うのはほとんど例がない。

 当然のことながら保護局も翻意を促した。貴重な戦力が失われてしまうからだ。


 それを断って、辞めるという意思を貫き通したのだから、マイとヒカリの気持ちは大変に固いものだ。ヒダキもそれを理解していた。

 だから何も言わなかった。

 経緯を説明され、理由を語られ、展望を聞かされて、ヒダキは全てを飲み込んだ。笑って送り出した、はずだったのに。


(はー、こんなに割り切れない奴だったかなあ)


 自身の変化に戸惑う。あるいは、理解したつもりだった自分の新しい一面であるのかもしれないが、彼女はそう思っていなかった。

 これは魔法少女となってから得たものだと、ヒダキは確信していた。身体の変化が精神に影響を与えているのだとすると、背筋に冷たいものが流れるが、その感覚を努めて無視する。



 天を仰げば星空は大きく動いていた。

 下では四体目の魔物と魔法少女が戦い始めている。

 それなりの時間を考え込んでしまっていたようだ。


 いけないいけない、と頭を振りながらヒダキは連絡用のスマホを取り出す。

 深く考えてのことではない。つい、癖で。スマホの確認をした。





 それはアリバイ作りのメッセージ。

 ヒダキがこの時間、この任務中、滅多にスマホを確認しないからこそ送られた緊急メール。

 彼女はそれを見て、顔面蒼白になった。



『──常陸県南部霞ヶ浦に巨大な魔物が出現。平野部一帯を水没させた後、西進』



 ああ、きっと北関東支部はヒダキに関わらせたくないのだろう。魔法少女保護局そのものかもしれないが。

 複数のどうでもいいメッセージとともに誤魔化すようにして送られたそれは、未曾有の大災害を知らせていた。

 関東平野の大規模水害。

 気が遠くなるほどの被害が既に発生している。


 だが、ヒダキの血相を変えさせたのはそこではない。

 "西進"。この二字だ。

 霞ヶ浦の西にはあるものがあった。


 筑波山だ。


 周囲が水没しても、高くなったそこなら難を逃れることが出来る。人が避難しているはずだ。

 魔物はそこを目指している。

 そして、筑波山にはマイとヒカリがいる。

 彼女たちは既に実家暮らしを再開していると話していた。当然、夜は帰っていることだろう。力を使えない状態で。



 ──prrrrr。


 連絡先を昼間に聞いておいたことが功を奏した。

 屋上を吹く風がコール音を拐っていく。

 繰り返し響く呼び出し音に逸る気持ちをなんとか抑えながら、ヒダキは神に祈っていた。


(どうか無事で……!)


 電波が悪いのか中々繋がらない。これが寝ているだけであれば。そう願いながらも、ヒダキはそんなはずがないことを察していた。


 やがて、ノイズ混じりに応答した彼女は泣きじゃくっていた。


 ──助けて。


 ただ一言だけを告げて、ブツリと通話が切れる。

 状況は何も分からない。何が起きているのか、どうなっているのか。

 それでもすべきことは分かっていた。


「今、行きますから」








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