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12:花畑を踏み荒らす


 朝に寝ては昼に起き、夜には日立の警備を務める。そんな日々が数日続き、6月も下旬に入った。

 ヒダキはそのような昼夜逆転の生活を送りながらも元気だ。きちんと時間通りに寝起きし、魔物も手早く片付けている。

 とは言え、あれから彼女の手が必要になるような大物は姿を現していない。ランクで言えば2もあれば一人で倒せるような小物ばかりで、それも少数だ。


 これには理由がある。

 日立の地が魔力活性を迎えるのは10日周期であり、それがまだ訪れていないこと。

 巨怪の顕現やヒダキの大魔法で土地に滞留している魔力を消費されたこと。

 それから、平時に出現する数や質は元々これくらいだったということもある。巨怪がイレギュラーであるのだ。


 日立で行使された大魔法の経過観察という形でヒダキは継続して警戒に差し向けられている。

 影響があるのかないのか。あるとしたらどんなものが、どのように、どれくらいか。それはどうすれば対処できるのか。

 魔法少女保護局は、持てる手札で最上位を惜しみなく切ったわけだ。本人に事後処理をさせているだけでもあるが。


 再びの魔力活性を迎えて日立にどのような変化が起きるのか、それを確認するまでが彼女の任務期間になる。あと数日。それで終わりだ。


(次はどこだろうな……)


 もう既に次の任務に気が向いていた。

 日立での警戒任務は退屈なのだ。一晩に二度あるかどうかの襲撃に備えているしかない。それだって他の魔法少女で十二分に対応できるためにヒダキは本当にすることがなかった。

 夜通し製鉄施設を眺めているだけのお仕事だ。最初こそ興味深く見ていたが、それもじきに飽きてしまった。


 会話も少ない。任務であるのだから集中するべきだとヒダキは考えていた。だから彼女の口数が少ないということもある。

 だがそれ以上に、ヤヤは居らず、夜毎に帯同する魔法少女が変わるため、コミュニケーションそのものを億劫に感じていた。

 毎晩自己紹介から始まるのだ。そしてようやっと打ち解けて来た頃に魔物が現れてはぎくしゃくとした空気になる。その繰り返しだ。

 気づけば夜が明けていて任務は終わり、バスで寝こけて日立を発つ。

 実に退屈な任務であった。




(まあ折り返したし、もう少しの辛抱か)


 養育院の食堂で、遅くに起きたヒダキはこれから朝食を摂ろうとしていた。正午を過ぎた今では、朝食ではなく昼食が正しいだろうが。

 他の魔法少女も居るには居るが疎らだ。

 この時間帯の動向は、主に二パターンである。任務に出ているか備えているか、だ。昼間の激戦区に派遣された魔法少女たちは養育院に居らず、夜間の任務に割り当てられた魔法少女たちは大半が眠っている。夜間任務の子にしてみれば、この時間では早いのだ。


 並べられた皿をとり、ご飯をよそい、味噌汁を器に注ぐ。

 養育院の食事は個々人が勝手にとるスタイルである。

 夜間に動くことが多い魔法少女の都合上、全員で集まって『いただきます』なんてことはしない。決められた時間内であれば、いつ来ても食堂に食事が用意されている。


(さばの味噌煮にほうれん草のお浸しと、ひじきの煮物と白菜の浅漬け。それから豆腐の味噌汁か)


 桧田木幸次郎であった時よりも確実に健康的な食事だ。あの頃の昼食はほとんどコンビニ弁当か惣菜パンだった。たまに外食出ていたが、食べていたのはラーメンだったか。

 栄養バランスが壊滅的で、口内炎によく悩まされていたことを思い出しながらヒダキは昼食をとり始める。


 さばの身をほぐし、タレを絡めてご飯とともに口の中へ。

 味噌汁をすすり、お浸し、煮物、ご飯と食べてから、また味噌汁を口にする。


 この穏やかな時間はヒダキにとっての癒しだった。

 実は養育院の食堂、魔法少女たちからあまり人気がない。メニューのせいだ。和食に偏った構成は地味で、目新しさがない。おじさんが食べてそう、なんて言われたりもしている。

 そんなメニューが、ヒダキの好みにはドンピシャリだった。


 英気を養い、また夜の任務へ向かうのだ。

 退屈だが気の抜けない警戒任務へと。



 と、そこへ近づく二人の人影があった。

 のんびりと茶をすするヒダキのもとへやって来る。


「へーあんた、ひじき食えんだ」

「さばって生臭くない?」


 魔法少女『312』髙野マイと、魔法少女『329』西沢ヒカリ。

 日立の警戒任務を一緒に行った二人である。

 数日前に一緒だったきりで会うのはそれ以来になるが、ヒダキもしっかり覚えていた。他の魔法少女たちと異なり、帰りのバスの中でキャンキャンと吠える子犬のように騒々しかったのだ。

 北関東支部の入り口を通るまで、ひたすら喋りかけ続けてきた二人を忘れるのはさすがに無理な話であった。


 しかし。


「お二人はどうしてここに? 養育院にいらっしゃるとは聞いておりませんでしたが」


 マイとヒカリは養育院の魔法少女ではない。この二人には家族があり、養育院が保護している身寄りの無い少女ではないからだ。

 ヒダキはこの数日で彼女たちを見かけていなかった。それ故にここの所属でないと考えたのだ。

 なお、そもそも任務の帰りのバスで家族の話はされていた。眠かったヒダキが聞き流していただけである。


 二人は一瞬視線を交わし、ヒダキが聞いていなかっただけだとは指摘しなかった。

 それは脇に置いておき、会いに来たのだと答えた。


「あら、そうでしたか。ところで、お二人はまた日立に行かれますか?」


 警戒任務へ参加するのか。ヒダキがそう問いかける。


「あー……、行かないや」


 それは予想外の回答であった。

 虚を突かれたようにヒダキの目が見開かれる。

 わざわざ会いに来てくれたのだし、任務で一緒になるのだろうと予想していた。それが覆され、彼女はほんのわずかに動揺を見せる。


 飢えていた、他者との交流。欲していたものを目の前に吊り下げられ、それを取り上げられた。

 ヒダキは自身が傷ついたことを自覚した。自覚してしまった。


(んだよ……。身体に引っ張られてんのか?)


 苛立ち紛れに鼻を鳴らそうとし、それを慌てて取り止める。



 マイとヒカリは、ヒダキの雰囲気が変わったことに気づいていた。なんとなくむくれているように思える。

 表面上に変化はない。それでもどこか、よそよそしくなっている。


「なに? もしかして一緒が良かったとか?」

「良いじゃん、可愛いとこあんじゃーん」


「いいえ。そんなことはありませんが」


 意固地になっているようにしか見えなかった。否定するヒダキの頬を突つき、マイはにやにやとした笑みを浮かべる。ヒカリもどことなく得意気だ。

 ヒダキは否定を重ねるものの、それは全く聞き入れられなかった。二人は嬉しそうにして、ヒダキに構ってくる。


(あまり言うのも大人らしくねえか)


 聞き入れるまで否定し続けるのもいささか格好がつかない。大人としての振る舞いを思い出し、ここはさらりと流す場面かとヒダキは考えを改めた。

 既に四度も同じやり取りを繰り返していて、ムキになっているようにしか見えないが、彼女は至って冷静なつもりだ。


「あははは、ごめんごめん」

「いやー、初めて勝った気分」


 マイとヒカリは、二人して満足そうである。

 彼女たちとヒダキの距離は随分と縮まっていた。つつかれて撫で回されて、憮然とした表情のヒダキだが、その雰囲気は明るい。


 にこやかに雑談が進む。

 やれ支部に併設されたカフェの店員がイケメンだとか、やれ受験勉強が大変だとか。

 二人はヒダキを中学生、それも今年一年生になったくらいだと思っていたようで、大学受験の思い出話をすると大変な驚きを見せた。


(結局、何しに来たんだ?)


 本題が見えなかった。

 二人はヒダキに会いに来たと言いながら、話す内容はいつでも出来るような雑談ばかり。わざわざ養育院まで足を運んでおいて、ただ下らない話をするためだけなことはあるのだろうか。

 養育院と北関東支部まではそれなりに距離がある。ヤヤが車で送迎をしてくれるように、歩いて気軽に行き来するものではない。それは魔法少女であっても変わらないことで、用がなければ来るようなことはないのだ。


「──何か、言いづらいことでも?」


 だから、ヒダキの方から水を向ける。

 二人はヒダキに伝えたいことがあるはずなのだ。

 先ほど日立に行くかを聞かれた時、彼女たちは何か言い淀んでいた。恐らくはそこに話したいことがある。


 ヒダキはまだ軽く考えていた。

 どうせ大したことではないだろうと、たかをくくっていた。甘く考えて踏み込み、そしてしっぺ返しを食らう。


「えーっと、……ごめんね」

「うちら辞めるの、魔法少女」


「……はい?」






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