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10:やはり代償はつきもので


「まったく、ふざけているのか。そいつは健康体だろ」


 魔法少女保護局の医務室の主、医療魔法少女『114』大平ミサキはドアを乱暴に開けて入室してきた同僚に文句を言う。

 『81』である彼女とは長い付き合いになる。その彼女がこうも取り乱すのは初めて見る光景であった。メガネを光らせ怜悧な印象で北関東支部の魔法少女たちに怖がられている普段からは到底考えられない姿である。

 原因は脇に抱えられた少女だろう。ミサキに向けて挨拶をする余裕のある彼女には見覚えがあった。

 ミサキが会うのは二度目になるか。最初に会った時には少女の意識は無かったが。


「私のところに連れてくるのは怪我人か病人、もしくはその疑いがある者と決まっているだろうが。どう見ても元気じゃないか」

「そんなわけないでしょ!」


 食って掛かるヤヤを宥めつつ、ミサキは椅子に腰掛けた少女の方を見る。目が合うと、申し訳なさそうな表情を浮かべられた。

 その悄気る姿に文句も引っ込む。


「きっと過剰運用(オーバードライブ)してるのよ!!」


 何度見ても元気そうな少女を脇に置いてヒートアップしていたヤヤ。その言葉にミサキは視線を向ける。

 過剰運用とは尋常でない。

 仮にそれが本当だとすれば命の危険すらある。



 ヤヤの言葉に不承不承従い、ミサキは疑い半分に少女を診る。


「ん?」


 間違いかと思い、もう一度よく診る。


「んん? …………おいこれ」

「どう? 治せるわよね?」

「帰れ」

「はあ!?」

「やっぱり健康じゃねーか!」

「そんなはずないわよ!!」


 何度診ようとミサキの結論は同じ。この少女、ヒダキは健康体である。

 過剰運用? 痕跡すら無い。

 全てはヤヤの早合点。一人で騒いでいただけと言わざるを得ない。


 苛立つミサキがそのように説明すれば、そんなはずはないとヤヤは噛みついた。

 曰く、ヒダキは通常考えられないような出力で魔法を行使していた。そんな魔力を引き出せばどのような反動があるか分かったものではない。確実に影響が出ているはずだ。詳細に調べ上げるべきだ、と。


 ヒダキは嫌そうに眉根を寄せた。

 ミサキも同様だ。

 面倒だし、健康な奴に構いたくない。彼女が診るべきは苦しむ人であり、今のヒダキはそれに合致しないだろう。


 それでもヤヤに押し切られる形で、ミサキは渋々カルテを取り出した。記録と照らし合わせるようにして、細かな変化を見逃さないためだ。

 彼女は一度ヒダキを診ている。それは桧田木幸次郎がヒダキとなった時。目覚める前に肉体の異常を確認していた。

 ヒダキが目覚めた時ヤヤが付き添っていたのは、診察が終わり別の患者のもとへ向かったミサキの代わりだったのだ。あの時に記録されたヒダキの様子は共有されており、今もミサキの手の中にある。


 パラパラと診察記録をめくり、以前のヒダキを確認したミサキはある可能性に思い至った。

 手を止めて、じっくり思案する。その真剣な面持ちにヤヤは固唾を呑んで見守った。


 やがてミサキは視線をヒダキへ向け、魔法を行使する。


「ベラートン」


 ミサキの瞳が仄かに青い光を帯び、うっすらと魔力が漂う。これは体内を観測するための魔法。骨格も内蔵も神経系も魔力器官すらも詳らかにすることが出来る。

 これによりミサキは医療魔法少女としての立場を確立させた。


 彼女が注目していたのは魔力器官だ。

 ヒダキのそれは通常の魔法少女と比べて体内で偏りがあった。これをミサキは当初個体差として記録していた。

 未発達なだけだろうと考えたのだ。

 だが今は違う。そこに着目する必要があると直感が働きかけてくる。


 ヒダキの魔力器官には明らかな変化が見受けられた。

 異常とまでは言えない。だが、たかだか二週間そこらでは起きるはずの無いレベルでの成長が起きていた。

 魔力器官だって成長はする。しかしそれは長い時間をかけて徐々に進むものだ。こんな急激に、目に見えて肥大化したりはしない。


「どういうこと……?」


 違和感があった。

 魔力器官によって魔力が生成される。

 ヒダキは大量の魔力を撒き散らした。

 そして、彼女の魔力器官は前よりも大きくなっている。

 普通のはずだが、普通でない。何かがおかしくなっている。


 ミサキはより深く診ようと集中した。

 時間を遡るようにして魔力器官の変化、その痕跡を辿る。

 彼女の額に玉のような汗が浮かぶ。


 魔力器官の変化を追う内に、ミサキはようやくその違和感の源に気が付いた。

 診察記録の日付を確認する。

 6月13日。確かにそう書かれている。

 それはミサキの記憶とも合致していた。ヒダキがここに担ぎ込まれたのはその深夜だ。待機していて呼びつけられたのをしっかり覚えている。



 ──だが。



「嘘でしょ。それ以前から、存在している……?」


 男性であったはずの頃から魔力器官が存在していたことになっている。そうとしか表現が出来ない。

 魔力への適性は男性でも持ち合わせている。だがそれと魔力器官の有無とは別問題だ。存在しないものが存在していたことになっているのは明らかな異常であった。


 ヒダキの肉体は書き換えられ、魔力器官をずっと有していたように馴染んでいる。

 過去の改変。

 起きてはいけないことが発生していた。


「どういうことよ!?」


 ヤヤの戸惑いはそのままミサキの感じているものと同じだ。

 意味が分からなかった。

 しかし一つ言えることがある。


「これから先、今回みたいな大魔法の使用は止した方がいい。元に戻れなくなる」


 肉体の変化だけでなく過去までが書き換えられると言うのなら。

 ヒダキは生まれてからずっと魔法少女であったという風になりかねない。

 そのように中身から作り替えられてしまえば対処のしようがなかった。


 ミサキは優秀な医師であり魔法少女なのだが、それでもこんな事例は初めてだ。とんでもない大問題に頭がおかしくなりそうに感じていた。

 だと言うのに、ヒダキ本人が取り乱さないことが驚きである。まるで薄々察していたかのようだ。


(いや……)


 激情のままに真山へと連絡をとるヤヤを見ていれば、かえって落ち着くのも無理はないか。



 そのままいくつかの状態をカルテに書き記し、ミサキは二人を退出させた。

 ひどい疲れを覚えて椅子の背もたれに身体を預けた彼女は、天井を仰いで呟いた。


「……ルイーネ、あんたの仕業でしょ」


 一人残った部屋で答えは返ってこない。

 それで構わなかった。誰かに向けたものではない。ただ、口にせずにはいられなかっただけのこと。

 ここが仕事場でなければ、きっと煙草の一本でも吸っていたことだろう。

 そんな哀愁が彼女の回りには漂っていた。




 それでも、ミサキは何も知らないフリをして生活をしていくのだ。






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