選挙戦の基本。
読み替えるなら「三位さんはなぜ惨めに三位であったのか」です。
まあ、選挙の技術論。
都知事選の話を例に一般論。
選挙のたびに毎回思うのですが。
街頭演説の下手な候補者多すぎ。
文の末尾が
「ではないでしょうか?」
……いやいやいや。
「だ」せめて「です」で言い切りましょう。
有権者に選択を委ねるな。
ようは責任逃れ。
現代日本の最悪なところです。
自身(自信)が無い。
そんなんでオマエを売り込めるわけないでしょう。
問いかけを使うとしたら一対一で質疑するときです。
三位さんの選挙下手すぎ。
挑戦者が守りに入ってどうする。
人が大勢いる、自分の支持者が多いところで囲まれても票は増えません。
気分がいいだけです。
これは現職の戦い方。
現職は支持層を固めりゃいいんですから。
対立候補はそれを切り崩さないといけない。
くそ役にも立たない「無党派層(マスコミ命名)」を顧る暇があったら、敵に回った連合の支部でも回るべきでした。
もともと味方よりであった人たちほど切り崩しやすい相手はいない。
ハッキリ敵視されてないだけ転がすのは簡単。
しかも次回の国政選挙の布石にもなります。
街宣でビラ配ってるじゃないですか。
ビラを受け問ってくれる相手はもともとの支持者ですよ。
渡す手間と印刷代の無駄。
だから、私は受け取りません。
受け取ってくれない相手に渡そうとしろよ、と。
丁寧に行って断らせることで負い目を感じさせればよし。
候補者の名前を聴かせれば十分。
配って一枚なんぼのバイトなんですかね。
いやはや役立たず。
現職は巧かったですね。
無茶苦茶票を減らしてましたけど。
あの減り方なら国政選挙で10議席程度野党に流れるでしょうが、与党とも義絶してるから痛くもかゆくもない。
それになにより何が巧かったかって「対立候補を増やしたところ」です。
本来泡まつ候補以下の色物が何故か世論調査(大本営発表)や報道(宣伝)で候補と並んでる。
巧く発注したもんです。
予算を握ってるからマスコミ(宣伝会社)に発注するのが巧い。
本来くその役にも立たない広告費は数十年続く終わらない不況で激減。
公共(笑)広告が増えたこと増えたこと。
いえ元々が日本と共産圏(同じか)限定の現象として「自称ジャーナリスト」っていうのは半官半民の政府広報なんですけど。
国家自治体の予算をめぐんでもらわないと存在できない惨めな貧乏人に投げ銭すれば、何でもやらせられますから。
そのお金はまんま税金の横流しですけれど。
共産圏だから当然ですね。
無力な泡沫に本命候補が支持組織やスポンサーを融通して「絶対勝てない対抗馬」に仕立てる戦術って、特に地方選挙ではよくつかわれます。
選挙ネタのフィクションなんかでよく登場しますが、現実でも使われるからこそ。
それが今回見事な実例。
現職への不満を二分すれば、圧勝は決まったようなもの。
もちろん、そんな報道(宣伝)はさせません。
最初から途中もこれからも。
いやいやいやいや……。
「落選寸前現職の逆転選挙術」
ってタイトルのほうがよかったかもしれませんね。
ところでサイトリニューアル後の執筆が「ものすごく」困難なのを再確認いたしました。
ほんとにいい加減にして。