沖縄戦最終始末部隊
沖縄戦最終始末部隊
みかつきなお
鹿児島の桜島がよく見える農村にそびえる4階建ての老人ホームの一部屋しかない貴賓室。90代の老人が夜寝ていた。
そこへドアノブを破壊して入って来た男たち二人、二人は旧日本陸軍の軍服を着た30代くらいの男たちだった。隊長らしい男がライフル銃を向けた。
「下田原医療会最高顧問、下田原衛二。いや、第53師団第15遊撃隊伍長下田原。貴様を沖縄住民虐殺の罪で軍事裁判にかける。拒否するなら撃ち殺す。ただし裁判に応じるなら自決する権利を残す。いいか。」
下田原老人は思った。あの悪夢の戦場がやってきた。沖縄戦の亡霊だ。人生の最後にこれとは。やがてガンで私は死ぬ。
罪が重いのはわかっている。時効はないんだな。従うとしよう。
「わかった裁判に応じよう。ではあんたらも名乗ってほしい」
「私は甲、こいつは乙だ。日本陸軍某部隊、自衛隊ではない日本軍だ。戦争は終わってない。」
「テロリストの理屈はわけがわからない」
「では証人に登場してもらおう」
乙はリュックからノートパッドを取り出した。
画面には下田原と同じくらいに見える年の老人がベッドの上に座っていた。
「人生の最後にやりたいことが法に触れるとしてもやりたいことはある。苦痛をあじわってほしい。私は沖縄戦で家族をお前に殺された。当時11歳だった私の証言をしたい。」
甲は乙に命じて注射器をとりだした。
「鎮痛剤だ。」
「なにか混ざってるだろ。」
「教えないね。医者に答えを言うわけにはいかないな。」
乙は下田原の左手の静脈を注射した。
「上手い注射だ。」
「衛生兵だからな。 隊長、即効性だろ。」
甲はライフルを下ろした。
下田原は全身が硬直した感覚を覚えた。
「では裁判を行おう。証人比嘉正治、被告が最初に証人の弟を殺したのはたしかか。」
「ああ、あれは大きなガマ(洞窟)だった。数家族と兵隊4人がいた。水汲みなどは、民間人にやらせていた。そして水汲みに行っていた弟が帰ってきた。『アメリカ―が来た!』
隊長は下田原、ここの子供共を追い出せ。
と言って銃剣で脅され5人の子供を外に出していった。みなおどおどと歩いていたところ最後尾の弟の背中を撃った。みんないそいで先を急いだが私は弟の様子を見た。即死だった。」
甲はここで画面の比嘉に待ったのサインを出した。
「さて被告、証人の言うことに間違いはないか。」
「間違いない。」
甲はアーミーナイフを取り出し、「では、刑を執行する。」
グサッ。
下田原の左小指が切り落とされた。指は床を転がり落ちた。
「ああ、痛い。しかし、鎮痛剤のおかげだな。わたしが冷静でいられるのは。」
甲は比嘉に「続けて」と言った。
「遠くに走って行った子どもたちは爆撃機の銃撃にあった。全員死んだ。ガマの入口でその様子を見ていたそれぞれの家族は悲鳴をあげた。
ある男が石を取って兵隊たちに投石し、全員が投石しはじめた。
隊長は『全員発砲!』といい、銃撃で何人も死んだ。母はその時に死んだ。」
比嘉は口を止めた。
「ジェノサイドだな。貴様らに対しても制裁してある。生き残りの隊長の生命維持装置は外しておいた。被告は沖縄人が嫌いだろ。乙、自白剤を。」
乙は下田原の首筋に注射した。
下田原は「兄とよく話した。沖縄は発展性がないと。」
甲はサイレンサーをつけたピストルで、下田原の足首にそれぞれ2発づつ撃った。
「証人の母の分、沖縄県民の分だ。比嘉さん続けて。」
「隙をみて私の父は下田原に殴りつけ取っ組み合いになり、ナイフをとりだしたそいつは父の背中を刺してして首を切った。」
甲は「比嘉さん、続けて。」涙でいっぱいの比嘉は続けた。
「そこで入口の隊員が『米兵が約15名来た!』と言って、入り口の方で銃撃が始まった。二人死んだ。隊長は上着を脱いで下田原とともに投降していった。そして私は米軍に保護され、今に至る。」
甲はアーミーナイフで下田原の左手の甲を刺した。
「なぜ自決も特攻もしなかった。」
「隊長がおじけづいたからだ。私の本心はここで残りの手榴弾で命果てるまで戦って散りたかった。」
乙がテレビのあるところにノートパッドを置き、比嘉の顔がよく見えるようにした。
甲は右手に手榴弾をもたせた。
「最後の判決はあんたが決めろ。比嘉さんがあんたを『救ってくれる』かもしれない。我々を通報しても良い。我々は常にこの国
を見張っている広大な組織だ。簡単には捕まらない。」
そう言ってロープで病室の窓から甲と乙はスルスルと降りていった。
そして下田原は画面を見た。比嘉は黒尽くめの牧師の扮装になっていた。
「私は助けてくれた米兵、リーグマン氏のおかげでキリスト教に入信し、牧師になった。私と同じように苦しんだ人々を救うためだ。」
「私も救うべき人々のために医者になった。お互い様だな。」
「お互い様?君には私の家族を殺したという罪がある。いずれガンで死ぬ。しかし償いはしなければならない。私もガンで余命いくばくもない。診断書だ、なぐり書きのドイツ語の診断書、古い医者なら読めるだろ。」
「わかった。でもあんたの復讐はこれで終わりではないのか。」
「下田原君、靖國に行きたくないか。このままだと君は地獄に落ちる。」
薬の影響だろうか、彼の脳神経は若い頃の軍国青年に戻っていた。
「あの時特攻していたら靖國にいけたのだ。それが償いになっていた。」
「でしょう。天国に行ける保証はないのですから。軍国主義は上手い信仰をつくりましたね。多くの特攻隊員は見事な遺書をかきました。この国が平和でありますようにと。平和?あなたは戦後医局でどれだけ汚い手をつかって今の地位を得たか。特攻隊員の思いとあなたの人生、天秤にかけてください。」
「ああ、靖國に行きたかった。」
「ではどうしますか。」
「兄の所、靖國に行く。」
手榴弾のピンを引いた。
甲と乙はバックミラー越しに老人ホームの4階が閃光を放ち、火がでるのを見た。
助手席の甲が携帯を取り出した。
「大佐、ターゲットは自決しました。半径10キロを離脱、車両の乗り換えを以て解散いたします。」
「ご苦労。これでアシはつかない。消防車もこんな田舎簡単にはこれない。時間もかかる。
しかし彼の兄も戦時中我々が粛清を施した。そして戦後79年、やっと戦争の虫をつぶした。我々は軍規違反を最後までつぶす。それが総長の思いだからな。」
貴賓室の中ではベッド脇の家族4人の白黒写真が燃えていた。
同じく比嘉も家族4人の写真を眺め、
「主よ、導く場所へ私は行きます。アーメン