最終話 私の好きな人
「中城さん…僕はあなたが好きです。あなたの好きな人を僕にしてもらえませんか?」
その言葉が私に向けられることはないと思っていた。
これは叶うはずのない恋だから。
私は彼の幸せをお祝いする立場で、彼の傍にいることなんて想像していなかった。
まるで夢でも見ているかのようだ。
私は思わず自分の頬を軽くつねる。
「ど、どうしました…!?」
「い、いえ、もしかして夢なんじゃないかと…」
「大丈夫、夢じゃないですよ」
「本当に、私のこと…?」
「はい、僕は中城さんのことが好きです」
夢じゃない、そうわかった瞬間、頬に涙が零れる。
今までの悩みなんかどうでもよくなった。
私はなんて都合のいい女なんだろう。
でも、今はそれよりも、この現実が嬉しくて堪らなかった。
「す、すみません…!僕が勝手に舞い上がってしまって…」
慌てる奥村に、私は横に首を振る。
涙を拭いながら、どうにか言葉を並べる。
「違う、違います…その、嬉しくて…私も奥村さんのこと好き…だったから…」
私の身体がふんわりと優しく抱きしめられる。
「僕も嬉しいです」
彼の匂いに包みこまれ、堰き止めていた涙が途端に溢れ始める。
「う…ぅ…う…すみ、すみません…」
「気にしないでください、中城さんが落ち着くまでずっと傍にいますから」
私たちは公園を後にし帰路についた。
並んで歩く2人の影が地面にくっきりと映っている。
今日の月はやけに明るい。
眩しすぎるくらいだ。
◆
翌日、会社の休憩スペースで友香と高須に、奥村とのことを報告をした。
話したと同時に、友香に勢いよく抱きしめられる。
「おめでとう!よかった、本当に…」
彼女の目に少し涙が浮かんでいた。
自分ごとのように喜ぶ彼女を見て、もらい泣きしそうになる。
隣にいる高須はやや興奮気味に、こちらを見ていた。
「中城さん、おめでとうございます!!びっくりしました!」
「あ、ありがとう。高須くん、でも、もう少し声落として…」
「あ、すみません…」
口もとを手で覆い、周囲に目を移す。
集まった視線が散ったところで、彼は友香に声を掛ける。
「俺も負けてられない!安達さん、俺とデート行きましょう!」
声のボリュームが抑えきれない様子に、再び視線が集まる。
友香はたしなめるように、彼の頭を軽くチョップする。
「声が大きい。全く…。もう少し大人になって出直してきなさい」
「すみません…」
◆
往訪が終わった直後に私用のスマホが鳴る。
電話に出ると、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
いつものバーに向かうと、待ち合わせ相手がカウンターに座って待っていた。
「陽介」
俺は草太の隣に座ると、事の顛末を聞かされた。
「そうか…よかったな」
「うん、ありがとう。陽介のおかげだ」
思わず目を見開く。
俺が裏で動いていたことに気づいていたのだろうか。
いつから気づいて…いや、もうそんなことはどうでもいいか、と思い直す。
この笑顔を見られたら、俺はもう満足だ。
俺はグラスを草太の方に差し出す。
その意図に気づいた草太が、自分のグラスをあわせる。
ガラスの交わる音がきれいに響いた。
◆
本店にある事務室の一室で書類仕事をしていると、スマホの着信音が鳴る。
電話口で仕事の確認が終わると、歯切れの悪い様子で彼女は話し始めた。
「そうですか、それはおめでとうございます。わざわざご丁寧にありがとうございます」
電話を切ると、部屋の入口に真が立っていた。
「兄さん、そろそろ会合の時間だよ」
「ああ」
俺は立ち上がると、部屋を出る。
派閥争いを終止符を打つために、派閥のトップと話し合うことになっている。
話し合いも3回目だ。前回が平行線で終わったので、今日は少しは話を進めたい。
背中を押してくれた彼女のためにも良い報告をしたいところだ。
俺は真とともに会議室に入った。
◆
「よしっ!」
化粧、服装も我ながら気合いが入っている。
等身大の鏡で何度かチェックし終えると、家を出た。
待ち合わせの広場に向かう道中、桜並木が続いている道に出くわす。
桜が舞う様子を眺めるながら歩く。
待ち合わせ時間の10分前に着くと、そこには読書をして待つ奥村の姿があった。
その立ち姿も絵になる。
しばらく見ていようかと足を止めたが、彼が私に気づいたので、彼のもとへと歩み寄る。
「中城さん!」
「奥村さん…!お待たせしてすみません!」
「いえ、僕もちょうどさっき来たところです」
彼はいつものように優しく微笑む。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい!今日はどこに行くんですか?」
「着いてからのお楽しみです」
「それはお手並み拝見、ですね」
「お手柔らかにお願いします」
左手に彼の温もりを感じながら、今日のデート先へと向かった。
あの日、駅で彼のパスケースを拾ったときから始まった恋。
これから楽しいこともあれば、辛いこともきっとあるだろう。
でも、彼となら全てを乗り越えていける気がする。
きっとその思い出を積み重ねた先に幸せが待っていると思うから。
今までご愛読くださりありがとうございました!
長編を書いたことは初めてで慣れないところもありましたが、無事最終話を迎えることができて嬉しく思います!
また、エピローグ(全2話)も掲載予定なので、もうしばらくお付き合いいただけますと幸いです。




