第75話 告白
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ご連絡ありがとうございます。嬉しいです。
早速ですが、明日の夜はご都合いかがでしょうか?
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奥村に連絡したあと、すぐに返事が来た。
日程を延ばそうかと悩んだが、このままの勢いで言ってしまおうと決心する。
了承の返事をしたものの、いざ明日と思うとなかなか落ち着かなかった。
ただの先輩後輩に戻りたい気持ちもないわけではない。
むしろ、奥村からしたら私との関係を戻したいと思っているだろう。
でも、私といたらまた彼を傷つけてしまうかもしれない。
奥村の未来を思えばこそ、なのだ。
それでも、好きな人ともう会わない、会えないと決意することの辛さを改めて痛感していた。
「うぅ…緊張する…」
◆
翌日。
こういうときに限って仕事がスムーズに進み、定時過ぎに退社できてしまった。
外に出ると、少し肌寒さを残しつつも、流れる空気はちょうどいい気温だ。もうすぐそこに春の気配を感じさせる。
待ち合わせ場所に向かいながらも、逃げ出したい気持ちがこちらを覗く。
しかし、ドタキャンすることもできず、一昨日前野と来たばかりの喫茶店に再び訪れる。
腕時計を見ると、待ち合わせ時間ピッタリだ。
昨日、何を話すか何度もイメージトレーニングを行った。
大丈夫、練習通りにすればいい。
緊張で心臓の鼓動が速くなる。
もう彼はいるだろうか。
彼と会うのは病院で会ったとき以来だ。
一度、深呼吸をする。
私は思い切って入口のドアを力強く押した。
ドアのベルが私の入店を知らせる。
「中城さん」
奥村の姿を探す間もなく、彼は立ち上がり居場所を知らせてくれた。
彼がお辞儀をするのに合わせ、私も軽く頭を下げる。
店員に待ち合わせであることを伝えると、彼の座るテーブルに向かった。
奥村に気づかれないように、そっと息を吐く。
席につくと、店員が注文を取りに来たので、カフェラテを頼んだ。
奥村も来たばかりのようで、テーブルに置いてあるコーヒーはまだ湯気が立っていた。
「お待たせしてすみません」
「いえ、こちらこそお時間いただいてありがとうございます。お会いできて嬉しいです」
そんな台詞を恥ずかしげもなく言わないでほしい。
思わず赤面してしまう。
「お、お身体はもう大丈夫ですか?」
「はい、もう大丈夫です」
私が頼んだカフェラテが運ばれてきたので会話を一度止めた。
店員が去ると、奥村が話始める。
「仕事の方は大丈夫でしたか?」
「はい、忙しい日もありますが、今日は落ち着いていたので…。お、奥村さんの方は大丈夫でした?」
「ええ、月初の対応も一段落したので、今は落ち着いています」
「それはよかったです…」
世間話が一区切りつくと、間が空く。
本題に入ろうと思うが、なかなか言い出せなかった。
すると、奥村から話を切り出した。
「中城さん、あの…僕はもうこうして元気になりました。だから、少しずつ中城さんの不安を拭えるように手伝わせてください」
相変わらず彼の優しさが胸に沁みる。
言いたくない。
でも、彼のためにも言わなければ。
そのために来たのだ。
私は大きく息を吸った。
「あ、あの…私のことは気にしないで大丈夫です。奥村さんは、その…好きな人と幸せになってください」
私の言葉を受け止めた奥村は、無言で荷物をまとめて立ち上がった。
突然の出来事に声も出なかった。
彼を怒らせてしまったのだろうか。
「中城さん、少しお時間をいただけませんか?」
「え…?」
私は彼に連れられて外に出ると、ゆっくりと歩き出す。
今日で最後なのだから、彼の我が儘くらいには付き合おう。
彼は駅とは反対の住宅街の方へと歩いていく。
しばらく歩くと、ブランコとベンチがあるだけの小さい公園があった。
こんな場所があったなんて知らなかった。
彼はすぐそばにある自販機でお茶を購入すると、私の分まで手渡してくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
両手で包み込むと、じんわりと温かった。
「まだ新卒で会社に行き慣れてない頃に偶然見つけたんです。夜は誰もいないし静かな場所なので、気分転換に何回か来たことがあるんです」
「こんな場所があるなんて知りませんでした」
「この場所は誰にも言ったことないんです。誰かと来たのは、中城さんが初めてです」
特別な場所に、なんて聞いてしまうとつい意識をしてしまう。
これ以上、彼のペースに乗ってはいけないというのに。
小さなベンチに2人腰掛ける。
とても静かだ。まるで私たちだけがいるような、そんな感覚にさえ陥る。
「覚えてますか?最初に2人で出掛けたときのこと。中城さんに色々アドバイスもらったりしましたよね」
「はい、覚えてます」
「その夜、中城さんにお付き合いしている人はいるかって尋ねたんですよね」
「…そうでしたね」
「あのときは、すごく緊張していました。今ではそれも懐かしいです」
そういえばあのときは私も男性と出掛けたことがなくて、我ながらテンパっていたなとを思い出す。
あれからもう半年以上経ち、奥村とも色々なことがあった。
それも今日が最後にーーー
彼は徐ろに立ち上がると、公園の中央に向かって歩く。
空を見上げると、こちらを振り返った。
「中城さんに話したいことがあるって言っていたの覚えてますか?」
「はい」
「僕はあなたに謝りたかったんです」
「え?」
「僕はずるいことをしました。好きな人に嘘をついて、恋愛相談をお願いしました。そうしないと、その人に近づくのが怖かったんです」
思わず目を見開く。
繁華街で奥村と共に歩く女性の姿が脳裏に浮かぶ。
(奥村さんの好きな人はあの人なんじゃ…)
「でも、今では後悔しています。ちゃんとあなたに向き合えばよかったと。そうしたら、こんなにあなたを悩ませることもなかったのに」
雲間から月明かりが差し込み、奥村の姿が少しずつ照らされる。
彼の言葉を繋げていったとき、その意味が胸の中で紐解かれていく。
彼は私に一歩前に歩み寄り、真っ直ぐと向き合った。
「中城さん…僕はあなたが好きです。あなたの好きな人を僕にしてもらえませんか?」




