第74話 過去
前野から指定された喫茶店に入る。
来たことがある場所だったので、迷わず辿り着く。
ここは奥村から最初に相談を受けた場所だ。
カフェラテをかき混ぜながら、店内を見渡す。
あのときと変わらず、客は少ない。
そういえば前野と会ったのもその日だったな、と記憶を遡っていたところに、当の本人が現れた。
「お待たせ。ごめん、道が混んでて」
「いえ、私もさっき来たばかりなので…」
前野は店員にホットコーヒーを注文すると、淹れたてのコーヒーがすぐさま届けられた。
「単刀直入に言うけどさ、中城さん、草太のこと避けてるでしょ?」
直球の質問に思わず面食らう。
前野は笑顔を見せることなく、真剣な表情で私を見つめる。
「…奥村さんから聞いたんですか?」
「草太から話は聞いたけど、ここに来たのは俺の意思だよ。草太には言ってない。あいつは中城さんが話をしてくれるまで待つつもりだったよ」
彼に言われて来たのではないのか。
てっきり奥村に会ってほしい、と言われると思っていた。
でも、前野経由だとしても私の気持ちは伝えた方がいいだろう。
「私は奥村さんを傷つけてしまったんです。だから、もう会わないほうがいいんです」
「草太も言ったかもだけど、それは中城さんのせいじゃないよ」
「でも、私が、あのとき答えなければ、あんなことには…」
「今、中城さんが考えることは自分を責めることじゃなくて、自分と草太の無事を喜ぶことだよ。中城さんがそんな気持ちでいたら、なんのために草太が中城さんを庇ったんだよ」
前野の理屈もわかる。
わかってはいるが、私の中の罪悪感が消えないのだ。
「でも…奥村さんには告白しようとしてる好きな人もいるのに、私なんかに構ってる場合じゃないと思うんです」
「…まあ、どうするかは中城さん次第だけどさ、その前に一つ聞いてほしいことがあるんだ」
彼はコーヒーをひと口飲むと、カップを置いた。
黒い液体が波紋状に波打つ様子を眺めながら話し始める。
「草太は、高校生のとき付き合ってた彼女がいて、その人のことを草太はすごい好きで、幸せの絶頂みたいな感じだったんだよ」
前野は思い出しながら言葉を紡いでいるようにみえた。
「実際、俺から見てもお似合いだったし、2人とも幸せそうだった。でも、あるときその彼女が浮気してることを知った」
「え?」
「偶然、その女と浮気してる男、男の取り巻き連中がいた場所に出くわしたんだ。向こうはこっちに気づかないまま話を続けてた。そしたら、女が草太の話をして周りの奴らと馬鹿にしながら笑っていたんだ」
思わぬひどい話に唖然としてしまう。
お互い想いが通じ合っていると信じていた相手が、自分を騙していたうえに嘲笑っていた。
もし私が奥村の立場だったら絶望の淵に落とされたような、悲しくて、辛くて、全てを投げ出したい、そんな気持ちになるだろう。
「まあ、そいつらは俺が後で痛い目に合わせたけど」
平然と言いのける前野の目は笑っていなかった。
一体どんな目に遭わせたのか気になったが、知らない方がいい気がした。
「とにかく草太はそれから人間不信になった。特に女性を怖がるようになった。そんなあいつがさ、今じゃ好きな人ができてこうして笑っていられるのは、中城さんのおかげなんだよ」
奥村にそんな過去があったなんて愕然とする。
最初の頃、彼が自信なさげにしていたのも、そういう背景があったからかもしれない。
でも、それが私のおかげというのが、どう繋がるのかわからなかった。
私のアドバイスで恋に前向きになれたということだろうか。
「だから、あいつが話そうとしてることをちゃんと聞いてやってほしいんだ」
「前野さんは、どうしてここまでするんですか…?」
奥村に頼まれたわけでもないのに、ここまでするものだろうか。
きっと今までも奥村のために裏で動いていたのではないか。
彼の何がそこまで突き動かすのかが純粋に疑問だった。
「俺は、あいつの…兄貴分だからさ。あいつが笑って幸せになってほしいから、かな」
なんだろう。この表情、見覚えがある。
そうだ、あのときだ。
病院で、奥村の病室から出てきたときと同じ表情だ。
家族を想っているのとは違うような。
これは、まるでーーー。
◆
前野と別れ、私は自宅に帰る。
奥村がどういった気持ちで私に接してきてくれたのか、今までの出来事が思い返される。
きっと、いつだって彼なりに勇気がいることで、精一杯の行動だったのではないだろうか。
私は恐る恐る奥村からのメッセージを確認してみる。
連絡は3件届いていた。
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誤解を招くような言い方をしていたらすみません。
ただ僕は中城さんを守れたことに後悔はしてないですし、そのことで中城さんが気に病む必要はないです。
でも、僕が中城さんの立場だったら同じようなことを思う気がします。
だから、また話しませんか?
中城さんの気持ちを少しでも軽くしたいです。
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今日退院できました。
中城さんの都合のいい日に、またランチにでも行きませんか?
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中城さんが落ち着くまで待っています。
いつでも連絡してください。
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奥村の想いのこもったメッセージに思わず目が潤む。
このまま逃げてばかりいるのは、彼に対して不誠実な気がした。
彼にきちんと私の言葉で伝えるべきだ。
私はゆっくりと文字を打ち込んだ。
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お疲れ様です。
お返事遅くなってすみませんでした。
一度お話させてください。
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