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【完結】30歳、処女が恋愛指南していたけど、自分の恋愛は対象外です!  作者: 結城トウカ


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第72話 存在

朝起きると母さんから不在着信の通知がきていた。

昨日は、急遽(きゅうきょ)取引先の契約関連で呼び出され、帰りが遅くなってしまったのでだいぶ寝過ごしてしまった。


(せっかく草太と帰れると思ったのに)


何回このセリフを思ったかわからない。

雰囲気的には、まだあの2人は付き合い始めた感じはしない。

あの後、草太は告白したのだろうか。

応援したい気持ちもあれば、阻止したい気持ちがせめぎ合っている。

もしかしたら自分にもチャンスがまわってくるかも、なんてまだ夢をみたいと思ってしまうのだ。

俺は寝ぼけ(まなこ)で、母に折り返す。


「母さん、朝からなに」


電話口の母からの言葉に、俺は一気に目が覚めた。


「え、草太が!?」


俺は急いで身支度を整えると病院へ向かった。

病室に駆け込むと、草太はベッドの上で起き上がっていた。


「草太、大丈夫なのか!?」

「陽介、来てくれたんだ」


思ったより元気そうな様子に俺はほっとする。


「それで大丈夫なのか?」

「うん、まだちょっと痛いけど」

「よかった…」


草太は脇腹を手で押さえる。そこが刺された場所らしい。

俺は荒い息を抑えつつ、ベッドの横にある椅子に腰掛けた。


「刺されたって聞いたけど」

「うん、昨日会社から中城さんと帰ってたとき、女の人が突然彼女を刺そうとしたんだ」

「お前、まさか中城さんを(かば)って…」

「うん、咄嗟(とっさ)に身体が動いてた」

「くそっ、俺もその場にいれば…」

「陽介…ありがとう」


俺だっていざとなれば草太を守れる自信はある。

でも、それよりも、俺にとって草太がそうであるように、草太にとって彼女がそういう存在だと嫌でも感じてしまう。


「朝、警察の人が来て、その人捕まったって。週刊誌に載ってた由井社長との記事を見て、中城さんに逆恨みしてたらしい」

「…そうか、早く捕まってよかったな」

「うん」


こんなときに聞いてもいいものだろうか。

中城との関係が変わったかどうか。

最近はお互い忙しく、なかなか草太と2人で会う時間が取れていない。


「陽介?」

「中城さんには…その、まだ言ってないのか?」

「うん、まだ。次に会ったとき告白しようと思ってる」


心が決まっているのか、その言葉に迷いがなかった。

その表情に、その言葉に、俺はしがみついていた崖から落ちるような感覚に(おちい)る。


「俺さ、今回のことでやっぱり中城さんが好きだって改めて思ったんだ。彼女を守れてよかったよ」

「そう…か」


(あぁ…もう…ダメなんだな…)


ノック音が鳴ると看護師が申し訳なさそうに扉口に立っていた。


「そろそろ検診の時間なので…」


看護師は部屋には入らず、俺が出るのを待ってくれているようだ。


「じゃあ俺、そろそろ帰るな。お大事に」


俺は帰り支度の動きを止める。


「どうしたの?」


言ってしまおうか。

今なら言えそうだ。

いや、言わない方がいいか。

揺らぐ。

困らせてやろうか。

俺のことを見もしないくせに。

ずっと俺が守ってきたのに。

また嫌な俺の(ささや)きが大きくなってくる。

俺はもう一人の自分を追い払うように口を開いた。


「いや…頑張れよ」


結局、俺は臆病者(おくびょうもの)意気地(いくじ)なしだ。

嫌な自分がした言動で草太に嫌われるのを恐れている。

もし伝えたら、草太が俺のことをちゃんと考えてくれるかもしれない。

でも、今の草太には好きな人がいる。

そんなことを言えばきっと草太は困るだろう。

俺のこと、中城さんのことを。

でも、俺の独りよがりになってはいけない。

この想いはこのまま胸に秘めたままでいい。


俺は(てい)のいい言葉だけを並べて、草太を守った気でいるだけ。

だから、何もできない。何もしてやれない。

そんな俺を俺は嫌いだ。


「陽介、ありがとう」

「え?」

「陽介がいてくれたから、こんなふうに誰かを想えるようになったんだよ。昔の俺からしたら考えられなかったよ。だから、ありがとう」



奥村の部屋へやってきた看護師が怪訝(けげん)な顔でこちらを見る。

私は慌ててエレベーターに向かって引き返した。

聞いてはいけない会話だった気がした。

しばらくすると前野が病室から出てきたので、彼をやり過ごすことにした。

今、鉢合わせしたら知らない振りができるかわからない。

奥村がついに彼女に告白をする。 そう思うだけで心臓の鼓動が速くなった。

すれ違う前野は、嬉しそうな、泣きそうな、今まで見たことのない横顔だった気がした。


「あら、中城さん?」


振り返ると、奥村の母親の姿があった。

私は慌てて姿勢を(ただ)す。


「こ、こんにちは」

「草太のお見舞いに来てくれたんですか?」

「あ、はい」


私は手土産のフルーツを差し出す。


「あの、これ、大したものじゃないですが…」

「あらあら、わざわざありがとうございます」

「ぜひ草太とも会っていて。今朝、目を覚ましたんですよ」

「え、いやでも…」

「草太もきっと喜ぶわ〜」


そう言って病室に向かう彼女の誘いを断ることができなかった。

再び病室を前にしたが、今度は中にまで足を踏み入れる。


「中城さん!」

「お、お疲れ様です…」


元気そうな奥村の姿に安心する。

昨日の姿が嘘のようだ。


「これ、中城さんがくださったのよ」


フルーツをサイドテーブルに置きながら彼の母は言った。

立ちすくむ私に、見かねた彼女が椅子に座るように促す。


「じゃあ、草太。着替え、ここに置いておくから」

「うん、ありがとう」

「また夕方くらいに来るわね」

「うん」


病室を出ようとする奥村の母が扉の前で足を止める。


「あら」

「どうしたの?」

「また扉開いてるわ」

「あぁ、なんか建て付けが悪いらしくて、しっかり閉めないと開いてくるんだって」

「まあ、そうなの。あ、じゃあ中城さん、ごゆっくり」

「あ、ありがとうございます」


扉はバタンと閉められた。

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