第67話 由井家の事情
「ど、どういうことですか?」
思わぬ話に戸惑いを隠せなかった。
このタイミングで、また言い寄られるとは思わなかった。
まさかそのつもりで私を呼んだのだろうか。
「そのままの意味ですよ。この記事の通り、私と結婚しませんか?ということです」
どこまで本気なのかとつい勘ぐってしまう。
すると、彼はふっと笑みを浮かべる。
「そこまで露骨に疑われるのは残念ですね」
「い、いえ、その…」
しまった、表情に出てしまったようだ。
しかし、彼が水橋屋のときのように強硬手段に出るとも限らない。
私は彼の行動に神経を張り巡らせる。
「安心してください、もう強引に迫ったりしませんよ」
彼からいつものにこやかな笑みは消え、真剣な表情に変わる。
「中城さん、これは冗談ではなく私はあなたとの結婚を真剣に考えています」
彼の今までの言動もあり、素直にその言葉を信用できない。
だが、その並々ならぬ雰囲気に、もしかしたら本気で言っているのかもしれないと感じ始める。
「ただ答えを聞く前に話しておきたいことがあります。この話を聞いたうえで判断していただきたいんです」
彼はシャンパンをひと口飲む。
グラスを静かにテーブルに置くと、話を切り出した。
「由井家は今2つの派閥に分かれています」
「派閥?」
「ええ、私と弟の派閥です。私たちが派閥を作ったのではなく、周りの者たちが勝手に作っていました。要はどちらが水橋屋を継ぐかということです」
「え、由井さんが社長ですよね?それなのに、対立しているということですか?」
彼は小さく頷いた。
「今は私が社長を務めていますが、周りは私には期待していません。幼い頃からの私の自由気ままな振る舞いは社長の器にふさわしくないそうです。彼らはこの容姿を利用した客寄せパンダのようにしか見ていない」
想像していた内容より暗い話題だった。
だが、自らの身の上話をしているはずなのに、由井の表情は何も変わらなかった。
彼はその境遇を落ち着いて話せるほど、自分自身と向き合ってきたのかもしれない。
周りから期待されていないと知ったとき、彼は何を思ったのだろう。
彼がどう過ごしてきたか想像をすることも追いつかない。
「それでも彼らが私に求めているのは所帯を持ち、その跡取りをつくること。そして、その子を自分たちの思い通りにさせることを目論んでいる」
「そんな…」
彼が見合いを設けて出会いを求めているのはそのためだったのか。
もしかすると過去の火遊びや強引な手法をとるのは、相手が結婚を望まないように仕向けるためだったのではないだろうか。
将来の妻と子を守るために。
だが、そこまでわかっているのであれば、彼は何故周りからの冷遇を受け入れているのか疑問に感じる。
「どうしてそんな扱いをされているのに社長を続けているのか、と思いますか?」
「その、少し…」
「ふふっ、正直ですね」
彼はひと呼吸置くと話を続けた。
「それはもう一つの派閥が関係しています。弟は職人気質で、経営に関しては全く関与していません。ですが、中城さんもご存知の通り和菓子を作る腕は確かです。そして、もう所帯をもっている。そのうち子が生まれ、経営に携わるようになれば、彼が水橋屋を率いるようになるでしょう」
由井の見立てでは、遠くない将来で弟が水橋屋のトップになると考えているのだろう。
それが彼が由井家を離れない理由とどう繋がるのだろうか。
「弟さんに家を奪われたくないということですか?」
「いえ、むしろ私は弟が水橋屋を継いでほしいくらいです。ですが、このまま私が家を離れれば、私の派閥の人間が何をするかわかりません。皆、権力を得るのに必死なんです」
話を聞いても実感がわかなかったが、覇権争いのような言葉は聞いたことがある。
古くから続く水橋屋であれば、実際にそういったことがあるのかもしれない。
「私はただ弟が継ぐ場所を守っているにすぎません」
「その派閥を解散してもらうことはできないのですか?」
「できないですね。そもそも派閥と言っても我々兄弟は関与していない。それぞれリーダーが立ち、対立しているのです。決着がつかないまま争いを終わらせたとき納得できない人間たちが現れる」
彼は天井を見上げる。
私も釣られて見上げるが、天井には照明が眩しく光っているだけだった。
「弟の人柄と技術があれば、由井家をまとめあげることができると思っています。現にこの記事で、弟の方に揺らいでいる人もいるでしょう。私はこの対立を終わらせて、この鳥籠のような場所から離れたい」
「それって…」
「もし、私と結婚していただくときは水橋屋と縁を切った後です」
力強く言い放つ言葉に彼の覚悟が伝わってくる。
「私はあなたが由井家の人間としてでなく、私個人を見てくれる人であると知っていますし、あなたとなら良い関係を築けると思っています」
彼は言い終えると、それから何も言葉を発さなかった。
私の答えを待っているようだ。
だが、彼はその言葉を急かすことはなく軽食を楽しんでいた。
私は彼にどう応えるべきだろうか。




