第7話 練習 その2
「カップルの方でしたら、証明のためにこの場でキスしていただきまーす!」
「えぇ~!?!?!?」
私達の驚きにも動じず、スタッフは続ける。
「口でもいいですし、ほっぺでもいいですよ~」
(そういう問題じゃない!)
会計が止まっている間に、後続のカップルたちが頬にキスをしたり、熱いキスを交わしており、
店内へ入る待機列の人々の視線を奪っていた。
(この波に乗れるのか…!?
いやいや、さすがにキスをするわけにはいかないでしょ!)
奥村には想い人がいるし、私にとっては初めてのキスになるのだ。
頭を落ち着かせ、スタッフに答える。
「あ、すみません、私達は恋人同士じゃないので…!」
「そうなんですね、失礼いたしました。ではお会計は…」
手早く会計を済ませると、さっと店を出る。
気まずさのあまり、早足で歩き始める。
店から少し離れたところで、私達はようやく一息つく。
「はぁ~~~、びっくりしましたね~」
「そ、そうですね、どうりでカップルの方が多かったんですね」
自分の顔が赤くなっていることがわかる。
熱を冷まそうと顔を手で仰いでみる。
よく見ると、奥村の顔も少し赤い。
お互い顔を合わせる。
今までの展開になぜか笑いがこみ上げてきて、2人ともプッと吹き出してしまう。
気持ちを落ち着かせると、本来の目的地へと向かう。
「さあ、気を取り直して次行きましょうか!」
「はい…!」
モール内に入ると、家族連れやカップル等がいたるところに姿を見せる。
さすがの賑わいようだ。
「次はウィンドウショッピングです!」
有名ブランドショップやセレクトショップ等、幅広いアパレルジャンルが取り揃えられている。
「ウィンドウショッピング…ですか?」
「そうです!相手の好みを知れる機会なので、興味がありそうなお店とかあったら、寄ってあげてください!」
どうやって相手の好みを探れるかアドバイスをしながら、
服だけではなく日用品、靴等の様々なショップを見て回る。
「ただいまキャンペーン開催中でーす!」
数人が店舗前でうちわを配りながら大きな声で呼び込みをしている。
どうやらコンタクトレンズ販売スタッフのようだ。
「そういえば奥村さんコンタクトにしないんですか?」
「コンタクトは目にいれるのが怖いというか…中城さんはコンタクトなんですか?」
「私はコンタクトですよ!慣れたらコンタクトのほうが楽ですよ~」
立ち止まる私達に気づき、スタッフの1人がうちわを差し出してきた。
「本日お客様感謝祭実施中です!今なら当日中にコンタクトお渡しできますよ~!」
店舗スタッフが奥村に向かって笑顔で話しかける。
「お客様いかがですか?今回は初回半額ですよ!」
女性スタッフの方が、うちわの「初回半額!」という面を向け、奥村にぐいっと一歩歩み寄る。
すると、彼女はうちわの面を縦にして、うちわを壁に見立て奥村に小声で話しかける。
「彼女さんにいつもと違うかっこいい姿見せれますよ…!」
奥村は少し目を見開く。
こくんと頷くと、彼女の営業トークを受けたようだ。
「中城さん、すみません。すぐ作れるらしいので…」
「気にしないでください!私はこの辺りで待ってますよ!」
奥村は検査を受けに店舗内の奥へと消えていく。
私はその間店舗内を見て回ったり、次の予定の確認をしながら奥村の帰りを待った。
「中城さん、お待たせしました」
「いえい…え…」
振り返ると、そこには眼鏡をとった奥村の姿があった。
黒縁メガネをかけていたときの真面目そうな雰囲気とは打って変わり、
元々の整った顔立ちがより際立っている。
彼の大きな瞳に吸い込まれてしまいそうになった。
「そのまま着用OKだそうで、アドバイスもらいながら付けました…あ、あの…」
ぽかんと口を開けたままの私に奥村が声を掛ける。
「あ、すみません、すごい似合ってますよ!」
店を出ると、周囲にいる女性からの視線が奥村に集まっている気がしないでもない。
横にいる私への視線がどこか痛い。
(私はただの同僚なんですよ~~)
心のなかで弁明をするが、残念ながら彼女たちに届くことはない。
そろそろ映画の上映時間が迫ってきていたので、モール内の映画館に向かうことにした。
「話題の映画のチケットなのによく取れましたね」
「あ、陽介がもらったチケットなんですが、余らせてるようなので、僕がもらいまして…」
「え、それを私と使って大丈夫なんですか…?お相手の方と行かれたほうがいいのでは…い、今からでも観れる映画は…」
「いえ、大丈夫です!このままで大丈夫なので!」
珍しく奥村が声を張り上げた。
彼のいつにもない様子に驚いてしまう。
「あ、すみません…」
「い、いえ、じゃあこのまま一緒に観ましょう!」
映画館に入り、指定の席につく。
ふと横を見ると、奥村の顔がいつもより近いことに気づく。
映画が始まる前に他の映画の予告映像が流れていく。
最近SNSで話題になっている映画の予告になった。
「この映画も今ちょっと話題らしいですよ」
奥村にこそっと耳打ちをする。
「はっっ、あ、ありがとうございます…!」
突然耳打ちしてしまったので、驚いてしまったのだろうか。
どこか彼の顔が赤い気がする。
雰囲気の違う奥村の姿を横目に見ながら、デートにおける映画鑑賞の意義を改めて感じる。
横並びに座り、相手の息遣いを感じる。
想い人であれば、胸の高鳴りを感じざるを得ない。
映画本編が始まる。
今作はアニメ映像のオリジナルストーリーとなっている。
高校生の男女がSNSをきっかけに出会い、恋愛要素を絡めつつ、
様々な物事を乗り越えていく内容となっている。
◆
「すごいよかったですね!!最後、感動しちゃいました!
奥村さんもあんな恋愛ができるといいですね!」
映画の感想を話しながらショッピングモールを出る。
駅の方へと足を向ける。
複数路線が交わっている駅のため、電車によっては進む方向が変わってくる。
「奥村さん、何線ですか?」
しかし、返答は返ってこない。
振り返ると、奥村は立ち止まったまま地面を見つめていた。
何かあるのかと思い、私も彼の視線の先を見るがなにもない。
彼の様子が心配になり声を掛ける。
「奥村さん?」
奥村は拳をぎゅっと握りしめると、顔を上げ、
意を決したように言葉を発した。
「こんなことを聞いていいかわからないんですが、
お付き合いしている方はいらっしゃるんですか…?」