第64話 忘年会
「かんぱーい!!」
年内の最終出勤日後、いつもの5人で今年最後の労いに集まった。
年末ということもあり、私たちだけでなく多くのサラリーマンたちが居酒屋を賑わせている。
店員も慌ただしくホールを行ったり来たりと忙しそうだ。
「いやー、今年もあっという間でしたね!」
ビールの泡が口髭のようについている高須。
気づいてないのか、気にしてないのか拭く素振りを見せなかった。
「本当にそうですね」
相槌を打った奥村が自分の口もとをそっと指す。
彼の無言のサインに高須が気づいて、おしぼりで口もとを拭く。
奥村は相変わらずウーロン茶を飲んでいた。
「そういえば5人で飲むの初めてだよね」
「…まあ、日程とか合わせるの大変だし」
「それもそうか」
友香を除いた4人で、高須の恋愛相談を兼ねた飲み会が開かれていたことは彼女には秘密だ。
季節がら年末年始どうするかという世間話に興じつつ、おつまみをつまんでいく。
私を含め他3人は遠方出身のため帰省するが、奥村と前野は実家が近いため、数日実家に顔を出す程度だそうだ。
「前野くん大丈夫?今日元気なさそうだけど」
話がひと息ついたところで、友香が心配そうに声を掛ける。
彼女の言葉に前野に目を向けると、たしかにどこかうわの空にみえた。
「あ、いや、ちょっとぼーっとしてました。最近忙しくて」
奥村も心配そうに前野に視線を向けるが、前野の方は目を合わせないように振る舞ってみえた。
「あー、営業だと取引先の挨拶まわりとか大変そうだもんね」
「そうなんすよ、感謝の会やったんだから、もういいんじゃないかって感じですけど」
注文した鍋の準備を黒子のように店員がテキパキと進める。
野菜に火が通ったら食べていいらしい。
鍋を見つめていた高須だが、まだ食べ頃じゃないとわかると、その代わりにと新たな話題を提供する。
「そういえば俺、感謝の会で由井社長初めて見ましたけど、カッコいい人ですね!大人って感じで!」
「性格はなかなかだけどな」
苦虫を噛み潰したような顔で前野がすぐさま反応する。
「でも陽介、気に入られてるんでしょ?」
「気に入られてんのかなあ。よくわかんないんだよな、あの人」
「ちゃんと仲介してくれたんだっけ?」
グツグツと湧き立つ鴨鍋を取り分けながら、友香が返す。
「もちろん。じゃないと文句言いにいきますよ。かなりの時間アイツに付き合わされたし。ま、プロモーションも一段落したし、もうそんな会うこともないでしょ」
前野はそう話すが、由井の事を想像すると、それくらいで諦めるとは思えなかった。
「由井さんのことだから、何か理由作って会いに来そうだけど」
「怖いこと言わないでよ…」
高須がビールを飲みながら一言。
「しかも由井社長、自分のこと雑食とか言ってるんですよね?」
「まあ…でも…何かあればガツンというから大丈夫。あんな屈辱は二度とごめんだ」
前野は突然キスされことを言っているのだろう。
だが、そんな前野の態度すらも、彼は面白がりそうだなと思ったが黙っておいた。
前野ならきっと由井を上手くあしらうことができるだろう。
酒も進み、酩酊気味になった高須が奥村に泣きつく。
「陽介先輩はモテモテなのに、俺は全然安達さんとデートできない…。草太先輩、俺はどうしたらいいですか〜」
「デート行ってもいいよ」
シメのバニラアイスを食べながら友香は平然と答える。
皆の視線が一気に彼女に集まる。
「年末のバーゲン行きたいんだけど、荷物持ってくれる人が欲しいんだよね」
そういう意味かと私は納得する。
彼女はお気に入りブランドのバーゲンがあると、必ず参戦している。
以前、買い物に一緒に出掛けたときに両手いっぱいに購入していたことを思い出す。
取引先と話す際に目劣りしないためのブランドだ、というのが彼女の心情らしい。だが、彼女自身もブランドものが好きなのだ。
その代わり、普段は節制した日々を送っている。
「はい!はい!俺、行けます!」
「え、ほんとに来るの?」
酒の席の冗談のつもりだったのか、高須が机に乗り上げるほど前のめりになったことに驚いたようだ。
「はい!腕っぷしには自信あります!任せてください!」
「直、よかったじゃん」
「はい!」
22時過ぎになり、忘年会はお開きになる。
前野が代表してお会計を済ませてくれている間、私たちは店の前で彼を待った。
高須は熱冷めやらぬなか、友香にデートの日時を聞いていた。
すると、後ろから肩をとんとんと指で叩かれる。
振り向くと、奥村の顔が目の前にあった。
「そのマフラー似合ってます」
耳元で微笑みながら囁く奥村に、思わずどきまぎしてしまう。
(いつの間にそんな技を…!)
胸に手をあて、心のざわめきを必死に抑える。
店から出てきた前野と目が合った気がするが、そっぽを向かれてしまう。
彼なりに気を遣ってスルーしてくれたのかもしれない。
「良いお年を〜」
「来年もよろしくお願いします!」
私たちは改札前でそれぞれの路線に向かう。
高須は嬉しそうに前野と奥村の間に挟まれ去って行った。
「友香、高須くんのことよかったの?」
「まあ、荷物持ちとしてだから。彼のことどうこうなんてのは思ってないよ」
そうは言うものの、彼女なりに心境の変化があったのではないのだろうか。
すぐ諦めると思っていた高須が、こうも健気に想いを口にしてるのだ。
彼女の中の天秤が少し傾いたとしてもおかしくはない。
友香は腕時計と電光掲示板の表示を交互に見る。
「あ、電車きそう。翔子またね。良いお年を!」
「うん、良いお年を〜」
私は最寄り駅に着くと自宅への道を歩きながら、この一年を振り返る。
今年は色々と目まぐるしい一年だった。
仕事の方は良い経験をさせてもらったし、自信に繋がる場面が多く、充実した一年だったと言える。
だが、プライベートの方はまだ気持ちが定まっていない。
私は首に巻かれたマフラーにそっと手をやる。
今はまだ奥村さんに惹かれているし、彼を忘れるような恋をしたいとも思っていない。
今まで恋に消極的だった分、今さら自ら進んで恋をしようとも思えなかった。
年齢を考えたら急いだほうが良いのはわかってはいるが、気持ちが追いついてこない。
いつか彼を忘れるような素敵な恋ができる日がくるだろうか。
自宅に着く頃には酔いは完全に覚めていた。




