第63話 ホワイトクリスマス
「どうして、そんなに私に…奥村さんには好きな人がいるじゃないですか…」
私はこの疑問を尋ねずにはいられなかった。
奥村は私の言葉を受け止めると、真一文字に口を固く結んだ。
「実は、中城さんにお話しないといけないことがあります」
その真剣な表情に私まで顔が強張る。
これで彼の真意が聞ける。怖いとも思うが、それよりも早く理由を知りたかった。
彼が次の言葉を言いかけたとき、けたたましい警報音が鳴り響く。
すると、店員が慌ててホールにやってくる。
「火事です!皆さん、急いで避難してください!」
その言葉を理解するまで、ひと呼吸の時間があった。
そして、瞬時に皆立ち上がった。
ヒステリックな声とどよめきが渦巻くなか、私は手に持つマフラーの入った袋を鞄の中に入れる。
「中城さん…!」
私は頷くと、走る客の波に乗って店を出た。
上の階から、ゆっくりと白い煙が降りてきている。
独特な煙の臭いにハンカチで口を塞ぐ。
訓練ではない本物の火事だ。
ビルの通路が狭く、人が詰まっているため、なかなか前に進まない。
ようやく非常階段まで辿り着く。
煙の臭いが濃くなってきた気がする。
火元の階が近いのかもしれない。
上の階にも店があったのか、パニック状態の人々が階段を降りてきていた。
なかなか前に進まなかったのは、このためだろう。
私たちは階段を降りる人波に合流すると、奥村との距離が次第に離れてしまう。
「中城さん…!」
顔だけこちらに向けるが、彼の方はどんどん押し流されていった。
私の進む列は進みが遅い。
見失った彼の背中を追いかけたいが、人混みが凄すぎて身動きがとれない。
はやる気持ちを抑えつつ、私は階段を降りる。
ようやく1階に降り立つと、周りを見渡す。
消防車や救急車が複数台止まっていた。
消防車からはしごが伸ばされ、火元となる場所に向けて放水活動が行われていた。
思ったより大規模な火事のようだ。
消防隊員が降りてきた人たちに大声で避難するように叫んでいる。
その指示に従い、ひとまずビルから離れる。
しかし、周りには野次馬も押し寄せており、奥村を見つけることができなかった。
私は連絡を取ろうとスマホを取り出すと、私の手を掴む人がいた。
「ちょ、ちょっと…」
引っ張られるままどんどん野次馬をかき分けて進んでいく。
私を先導する後ろ姿は見覚えがあった。
人だかりのない場所まで出ると、空気が美味しくさえ感じた。
「奥村さん…!」
彼はパッと繋いだ手を離した。
「す、すみません…!急に」
「え、あ、いえ、助かりました…!」
角張った彼の大きな手を思い返す。
名残惜しそうな手を自分の手で包み込む。
「体調とか大丈夫ですか?向こうで救急隊員の方がいたので、応急処置とかはしてくれそうです」
「はい、私は大丈夫です。奥村さんは大丈夫ですか?」
「僕も大丈夫です。ありがとうございます」
ようやく鎮火されたのか、はしご車の放水が終わったようだ。
だが、まだ大きく舞う煙が夜空を白く曇らせている。
「とんだホワイトクリスマスですね…」
「ほんとですね…」
笑えないジョークに苦笑いをする私たちは、その場を離れることにした。
お会計を済ませていないが、それはまた明日お店に確認することにした。
緊張感が解かれ、疲れが押し寄せてきた。
「今日は、解散しましょうか」
「そうですね、早く髪とか洗いたいですし」
「今日はお付き合いいただいてありがとうございました」
「こ、こちらこそプレゼントまでいただいて、ありがとうございます!私、何も用意してなくて…」
「いえ、僕が突然お誘いしたのでお気になさらず…!」
奥村と別れた私はホームで電車を待ちながら、スマホのニュースを眺める。
先ほどの火事は都心で起きたということもあり、トップニュースになっていた。
しかし、煙を多く吸って体調不良を訴えた人が数名いたらしいが、死傷者はいなかったようだ。不幸中の幸いともいえる。
私はスマホをしまう際、鞄の中に入れられた袋が目に入る。
彼が話そうとしたことは、結局聞けずじまいになってしまった。
続きを聞こうとチャットに文字を打つが、途中でその手を止めた。
彼の雰囲気からして、チャットですます話でもないような気がしたからだ。
(話さないといけないことってなんだろう…?)
もしかして彼女と上手くいって、そのお礼としてこのマフラーをくれたのだろうか。
(あれ、そもそもなんで奥村さんはプレゼント持ってたんだろう…元々好きな人に渡すつもりだったものとか?いやいや、私に似合うと思ってって言ってたし)
私は悶々としたまま電車に揺られる。
ふと臭いが鼻につく。
(私、煙臭いな…)




