第62話 どうして
見送りの挨拶が長引いたので、もう周りに同僚は誰もいなかった。
荷物を取りに控え室に戻る途中で、安達と直とたまたま鉢合わせた。
直は彼女に何かを頼んでいるようだが、全くとりつく島もない様子だ。
二人も俺に気づいて、こちらに向かって歩いてくる。
安達はこれから予定があるというので、軽く挨拶をして別れた。
直はその場に残り、寂しそうに彼女の背中を見ていた。
「陽介先輩、夜景見に行こうって誘ったら断られました〜」
彼は悲しそうに目を潤ませ、俺を見上げる。まるで主人を見送ったあとの子犬のようだ。
俺は慰めるように肩をぽんと叩く。
「まあ、そう落ち込むなって。また誘えばいいさ」
「そうっすよね…俺頑張ります!」
この切り替えの良さは、こいつの長所だ。
俺の見立てでは、粘ってアタックしていれば安達はオトせると予想している。
その前に彼女の方に恋人ができる可能性は否定できないが。
「陽介先輩、このあとメシとかどうですか!?」
「俺は結構会場で食べたから腹減ってないんだ、悪いな」
「陽介先輩にもフラレた…」
「まあ、また今度ラーメンでも奢ってやるから」
「ほんとですか!約束ですよ!」
「ああ」
「じゃあお先っす!」
「お疲れ、気をつけて帰れよ」
彼は笑顔で手を振り、ホテルの回転扉へと吸い込まれていった。
俺は一人控え室まで戻ると、扉が僅かに空いていることに気づく。
その隙間から室内の声が漏れ聞こえてきた。
「…お時間ありますか…?」
草太の声だ。もう仕事は終わったのか。
声を掛けようと思い、扉のノブに手を掛けようとしたとき、聞き覚えのある女性の声が扉越しに聞こえてきた。
「あ、なにか手伝いますか?」
俺は扉の隙間から室内の様子を窺う。
「いえ、その、もしよければこのあとご飯とかどうですか?」
気恥ずかしそうに話す草太の姿に目を見張った。
俺は思わず顔を伏せると、足早にその場を離れた。
◆
ホテルを出たところで、私たちは立ち止まる。行き先がまだ決まってなかったので、どこかへ進むか決めかねていた。
「ピザとかパスタが美味しいお店があるんですがどうですか?」
「あ、はい!ぜひ!そちらで!」
慌てて返事をしてしまったので、変に大きな声が出てしまった。
ふわふわと浮足立ったまま彼の隣を歩く。
(なんでご飯に誘ってくれたんだろ…だって今日イブだし…変に意識しちゃう…)
奥村はホテルからほど近いビルに向かう。
その4階にイタリア料理をメインとした隠れ家レストランがあった。
暖色のランプで照らされた店内は落ち着いた雰囲気だ。
他のテーブルとの間がカーテンで仕切られ、半個室のようだった。
私たちは静かに乾杯すると、サラダやピザ、パスタを少しずつ取り分ける。
「あ、あの由井社長とはお付き合い、とかされてるんですか…?」
視線を落としたままの奥村だったが、私に答えを求めるように顔をあげた。
「え!?なんで由井さんが出てくるんですか?」
「いえ、その、由井社長が中城さんのこと婚約者って言ってたって話していた人がいて…。それに今日、来るときに手を繋いでたし…」
由井の冗談が奥村の耳にまで届いていたことに驚いた。
それに車から降りたところも彼に見られていたようだ。
「いやいやいや、婚約者の件は由井さんの冗談ですよ!元々お見合いの話があったのは本当ですが、会わずに断りましたし!今日だって車を降りるときエスコートしてくださっただけなので!」
変な誤解はいち早く解きたかったので、つい大きめの身振りと早口で捲し立ててしまった。
「よかった…」
彼はほっとした表情を浮かべる。
由井の話題になったことで、気になっていたことを尋ねる。
「そ、そういえば奥村さん、由井さんと知り合いだったんですか?」
「え、いえ、全然知らないですよ」
奥村はピザを頬張りながら答える。
だが、二人のやり取りは初対面のものとは思えなかった。
「でも、この前は、みたいにお話してませんでした?」
「ああ、あれは彼が以前オフィスに来たときにエレベーターに偶然乗り合わせて。そのとき少し話しただけですよ」
あのときの彼らはもう少し意味深だったようにみえたが、彼はそれ以上話さなかった。
「ここにいない人の話ばかりはやめましょうか」
たしかに彼の話ばかりするのは、この場に似つかわしくないだろう。
「そうですね」
その後は、料理を楽しみながら会話を弾ませた。
私はまるで恋人同士のようなそんな錯覚に陥る。この時間が終わってほしくないと、ただ私は願った。
すると、彼は鞄からラッピングされた袋を取り出す。
「あの、これ…」
「え?私に…?」
「はい」
「開けてもいいですか?」
「どうぞ」
ゆっくりとラッピングを解く。
袋の中にはえんじ色に染められたチェック柄のマフラーが入っていた。
「どうして私に…あ!プレゼントの中身どう思うかってことですか!?良いと思います!クリスマスっぽくて!あ、ラッピングきれいに直せるかな…」
私はリボンを結び直そうと試行錯誤する。
「いえ、そうではなく、中城さんに似合うかなと思って…」
彼は赤く染めた頬を指で掻いている。
なぜこんなことまでしてくれるのだろう。
この時間が続けばいい、とは思っていた。
でも現実として、私にそれは許されていない。
あのお似合いの彼女と過ごすべき時間なのに、今日も私といてよかったのだろうか。
私の叶わない片想いにとって都合が良すぎる。
浮かれていた頭の中が、急に冷静になる。
マフラーを見つめてみても、答えは返ってこない。
私は顔をあげ、彼に言葉をぶつける。
「どうして、そんなに私に…奥村さんには好きな人がいるじゃないですか…」




