第56話 競合調査
由井に付き従い、急遽水橋屋のライバル店に調査をしに行くことになった。
外に出ると雨が降っていることもあり、空気がかなり冷え込んでいた。
ちょうどいいタイミングでタクシーが通りかかる。
タクシーを止めると、由井が助手席に座った。その流れで私たちは後部座席に座る。
彼は迷いなく住所を告げると、運転手は素早く発進させた。
「どちらに向かってるんですか?」
「『和み』という店です。看板メニューは和のパフェですが、他のカフェとは一風変わっているのです」
「変わっている、というのは?」
「それは見てからのお楽しみということで」
由井はそれ以上何も言わなかった。
30分ほど乗ったところで目的地に到着した。由井は降車するとマスクをつける。
私が不思議そうに見ていると、彼と目が合った。
「私は顔が知られているので、こうして変装しているんですよ」
偵察がバレたら具合いが悪いということだろうか。
今日の私服姿も変装の一環だったのかと気づく。着物姿で赴けば、由井だということはすぐにバレるだろう。
マスクのお陰で目元しか見えないのに、それでもカッコよさが滲み出ているから末恐ろしい。
前野もいることで、周りの女性たちが一度は振り返っていた。
私は身体を縮こませ、彼らの後ろについて歩いた。
目当ての店は、路面店ではなくビルの一角にあるようだ。
階段を登ると、店に入り切らないほどの人が並んでいた。
由井は並ぶ素振りを見せず、店内の入り口付近にいた店員にコソコソと何かを告げると、そのまま席に通された。
「普段は予約できないんですが、無理言って予約させてもらったんですよ」
その時点で素性がわかってしまうのではと思ったが、彼のことだから身元が分からないように上手く手を回したのだろう。
店内に入ると、思った以上の広さだった。
色んな形のソファと机がいくつも並べられているが、種類や系統はバラバラだ。
私たちが案内されたのはグレーのローソファの席だった。腰掛けると、思ったより深々と身体が沈んだ。
雰囲気の良い音楽と女性たちの楽しそうな話し声が聞こえてくる。
外で並んでいた人も含め、ほとんどが若い女性だった。客足の多くを彼女たちが占めていそうだ。
私たちは調査もあるので、人気メニューである抹茶、イチゴ、期間限定販売の栗の3種類を注文した。
しばらくすると、注文したパフェが運ばれてくる。
だが、その形は想像していたものではなかった。
細長い縦型の容器ではなく、長方形型の横に細長い容器に様々な食材が載せられていた。
色とりどりの形のパーツや色合いが、とても芸術的だ。周りを見ても、皆スマホで写真を撮っている。
由井の言っていた一風変わったパフェの意味が理解できた。パフェというより、パフェとケーキを融合させた新たなスイーツに近い。
最上段に載っている食材を全て説明するのも難しいほどだ。見ただけではどんなものなのかわからないものもある。
栗のパフェには、左から紫芋のジェラート、オレンジ色とベージュでコーティングがされたの丸いもの、白色のメレンゲ、中央にはモンブラン、クッキーが載っている。
抹茶には、抹茶パウダーの上に小さめの三色だんごやマーブル模様のバニラと抹茶のアイス、網目模様のチョコレート、黒色と緑色のメレンゲが飾られている。
イチゴが一番シンプルな見た目だが、イチゴとチョコレートがミルフィーユ状に斜めに重ねられていて美しかった。
私たちも調査用に何枚か写真を撮り終わると、少しずつ食べ進めていく。
載っている食材を食べると、初めての食感や味わいがとても新鮮だった。
オレンジ色とベージュの丸いものは、チョコレートだった。中にはかぼちゃとほうじ茶の味がするソースが入っていた。
加えてガラス容器の中にフォークを差し入れると、ムースやスポンジなど幾層にも重ねられているのがわかった。
「なるほど、こういう組み合わせも面白いですね」
由井は食べながら感想を呟くと、小さいメモ用紙に書き記していく。
「意外ですね、真面目なところもあるんですね」
前野が由井の様子を見て、感心したように話す。
「こうして他社研究しておかないと、時代についていけなくなります。置いていかれる前に気づかないと手遅れになるのです」
彼のことを少し見直した。
伊達に社長を務めていないということか。
「『和み』は、ここ2、3年でチェーン展開も広げていまして、SNSでのシェアをきっかけに人気がでるようになりました。ご覧の通り斬新なパフェですし、味ももちろん美味しいので、我々のお客様が離れていっているのです。さらに店舗ごとに内装は変えているそうで、店舗を変えて違った雰囲気で食事を楽しむお客様もいるとか」
たしかに和みには他の店とは違う趣向があるようだ。
SNS映えのパフェが若者に刺さっているのだろう。
しかし、話題の店舗であることには違いないが、私はある疑問を抱く。
「失礼ですが、水橋屋は老舗ですし若者層というよりは、今までの繋がりのあるお客様がいらっしゃるのではないですか?」
「もちろん、ご贔屓いただいているお客様もいらっしゃいます。ですが、うちがここまで伸びてきたのはお恥ずかしい話、私のメディア露出がきっかけなのです。今では客層の半分は若い方なんですよ」
その話は初耳だった。
老舗といっても顧客獲得をし続けるのは、難しいということだろう。そんな中で、由井がメディア露出を増やしていたのは、そういった事情があったのか。
私たちは話しながらパフェを食べ終える。とても満足感のあるものだった。
店を出ると、どんよりとした曇り空のままだったが、雨は上がっていた。
「今日はこれで失礼します。来週あたりには企画案をまとめていただけると助かります」
「あ、でも予算とかは…」
「そのあたりは後ほど担当の者からメールにてご連絡いたします」
「承知いたしました」
予算などの管理は別の担当なのだろうか。
由井はタクシーに乗るとあっという間に走り去る。
企画進行について話すことはできなかったが、ひとまず企画案を考えることにしようと気持ちを切り替えることにした。




