第54話 居酒屋
「なに考えてんのよ!あのイケメン社長は!」
友香は乾杯直後にビールを飲み終えると、開口一番で言い放つ。
水橋屋の事情を聞いた3人が酒を飲んで忘れようという話になり、終業後いつものメンバーたちと会社近くの居酒屋で飲み交わすことになった。
家で一人でいるよりも気が紛れるので、私にとっては嬉しい誘いだった。
「ゆ、友香!声が大きいよ…!」
「翔子ももっと怒りなさいよ!まあ、1番の被害者は…」
その視線の先に枝豆を食べる前野の姿があった。
「ホントだよ」
私と違い、前野は落ち込んでいるというより怒っている。
突然唇を奪われたのだから当然だろう。
眉間に皺をよせ、黙々と枝豆とビールを交互に口に運ぶ。
「え、どういうことですか?」
奥村はキョトンとした顔で、横に座る前野の方に顔を向ける。
友香と高須には飲み会の前に大体の経緯は話していたが、奥村はメッセージでの会話しか知らないので、話題についていけなかったようだ。
奥村が話してほしいと言わんばかりに前野を見つめるが、前野は話したくないのか口をつぐんでいる。
仕方ないので私が今日の出来事を簡単に話した。
「それ本当ですか…!?」
「はい…」
深い溜め息をつく前野を見て、奥村も事実だと察したようだ。
彼の肩をポンポンと優しく叩く奥村。
「にしても、いきなりキスしてくるってやばいですよね。このご時世だし問題になるんじゃ…」
「それが腹立たしいことに、お金の力でどうにかもみ消してるっぽいのよ」
友香はスマホを皆に提示する。
そこには女性問題について書かれた記事が載っており、「イケメン社長の過激な夜遊び!?」と大きな見出しが書かれていた。
記事の文末には女性らと示談成立と書かれていた。
「常習犯なんですかね」
「この記事は5年前だけど、記事になってないだけで遊び尽くしてるんでしょうね」
「もしかしたらですけど…相手は女性だけじゃないのかもしれない…由井さん自身も”雑食”って言ってたし、そういうことなのかなって…」
恐らく性別問わず、彼が気に入った相手はそういった対象になるということだろう。
「陽介先輩も目つけられたってことなんですかね」
「その由井って人許せないですね…」
普段温厚な奥村が笑顔の裏で怒りを昂らせている。
目が笑っていない。相当怒っているようだ。
少し嬉しいなんて思ってしまう自分をビールと共に身体に流し込む。
グラス交換された奥村の手にあるジョッキに「酒に溺れるな」という文字が印字されてるのが気になったが、よく見ると各々のジョッキにキャッチーな文字が書かれている。
この店の拘りなのかもしれない。
そして奥村は文字通り、最近酒癖が露見しないように禁酒しているらしい。今も飲んでいるのはウーロン茶だ。
私のジョッキには、「前方不注意要注意」と書かれていた。
「まあでも私はもうお役御免だし、あとは部長に任せてます」
「あの男のことだからわかんないよ。何かにつけて会いに来るんじゃない?」
「部長には由井さんのこと言ったんですか?」
高須がポテトをつまみながら尋ねる。
「うん、少なくとも一人では彼のもとを訪ねないようにってなった。もし何かあれば相談してほしいって」
「そりゃあそうでしょ」
「こういうとき部長は頼りになりますね〜」
「でも大口契約になりそうだから、部長も多少は目を瞑ってほしいって…」
「はぁ!?なにそれ!今度あいつの髪の毛毟り取ってやろうかな」
「それはやめてあげてください…」
怒りを露わにする友香を高須がなだめる。
「とにかく中城さんも陽介も気をつけてください。今度は何があっても僕が駆けつけますから!」
奥村が私と前野に対して力強い言葉を掛けてくれる。
その優しい言葉にじーんと心にくる。
その後は高須を中心に世間話に興じていたので、一時でも由井のことを忘れられた。
おかげでだいぶ気分も落ち着いたように感じた。
◆
翌日、昨日の出来事も忘れ、淡々と業務をこなしていたところ部長から声を掛けられる。
部長の自席ではなく、会議室で話すことになった。
「水橋屋の契約まとまったよ」
「…それは、よかったです」
「だかねえ、向こうは企画の担当に君を指名してきた」
思わぬ言葉に耳を疑った。
あれだけのことをしておいて、まだ言い寄ってくるつもりなのだろうか。
「担当が違うなら契約はなしにしたいと」
「そんな…。私一人で担当しろっていうことですか…?」
「あ、いや、実は君以外にも営業の前野くんも指名してきている」
「え!?」




