第51話 訪問
翌日、私は再び友香とランチを共にしていた。
昨日の会食の話をしたくて堪らなかったのだ。
話を聞き終えると同時に、友香はパスタを巻く手を止めた。
険しい表情の中に不快感が満遍なく表れていた。
「うわっ、なにそれ。セクハラなんじゃないの?」
「普通そんなこと言わないよね…」
「言うわけないじゃん。由井さんって顔はいいけど性格クズいのかな」
「クズまでは言わないけど変わってるよね」
「ちょっと!迫られてる本人がそんな他人事じゃダメだよ!もっと警戒しないと!」
語気を強めて注意を促す友香。
彼女の言い分ももちろんわかるが、由井とは会って2回しかない。
そうであっても取引先である私に言い寄ってくるのは考えにくいだろう。
「さすがに大丈夫だと思うけど…。女性に困ってなさそうだし」
「断ってきた人がいないから、翔子をオトしたいとか思ってるんじゃない?」
「これから由井さんとこ行ってくるのに変なこと言わないでよ~。行くの怖くなっちゃうじゃん」
昨日の由井からの誘いを受け、野上部長から早く行ってこいと言われていた。
午後は打ち合わせも入ってなかったので、このあと行くことになっている。
念の為、午前中に由井にも確認を取り問題ないと連絡を受けている。
「前野くんとか奥村くんにも知らせておこうか」
奥村というワードに僅かに身体が反応してしまう。
彼に知らせたら心配してくれるだろうか。
彼の優しさはもう身に沁みてわかっている。
きっと心配させてしまうに違いない。
今は彼の努力が実を結ぶかどうかが問われる大事な時期だ。
彼なりに例の彼女と上手くいくように考えているに違いない。
そんなときに、ただの先輩の話で気を揉ませるわけにはいかない。
「いやいや、大丈夫だよ!何かあったわけじゃないし」
「まあさすがに昼間に襲ってくることはないか…」
パスタを頬張り飲み込むと、友香は一転して話題を変える。
「翔子がなかなか言わないから聞くけど、奥村くんとはあれから大丈夫なの?遊園地のときも普通そうだったし、落ち着いたのかなって」
友香には奥村との話し合いの件を報告するのをすっかり忘れていた。
「うん、奥村さんとは後輩として接していこうって思ってる」
「翔子はそれでいいの…?」
友香に直接話したわけではないが、私が彼のことを想っていることは察してくれている。
私の中では全て吹っ切れてるわけではないが、彼のことは後輩として見ていこうと決めている。
「奥村さんには好きな人がいるんだよ。だから、私はちゃんと奥村さんのこと精一杯応援しようって思ってる」
「そう…翔子がそれでいいならいいけど、後悔しない方を選びなよ。いつか泣く羽目になるぞ」
「先輩からのアドバイス?」
私は冗談交じりに彼女に尋ねると、得意気に答える。
「そうだよ〜。恋愛経験豊富ですから」
「嫌味だ」
「翔子もハードな恋してるじゃん」
「そうかな」
「そうだよ」
私たちはランチを終えオフィスに戻る。
業務を程よくこなすと重い腰を上げ、水橋屋へ向かう。
野上部長は打ち合わせがあるため来ないらしい。
由井から指名を受けたのは私なので、上手く彼の気をよくしておけと散々言われた。
そんな簡単にできるものでもないだろう、と思ったが、社会人らしく愛想笑いを浮かべながら頷いた。
東京の店舗は3つあるが、彼から指定された店舗へと向かう。由井は今日その店舗にいると言われたからだ。
会社からは乗り換えを含めて1時間ほどかかる。
電車で揺られながら、訪れた際のシミュレーションをする。
(今日は補足資料を渡して、皆の分の水まんじゅうを買って、さっさと帰ろう)
スマホのマップを見ながら歩いていく。
賑やかな大通りから一本裏通りに入る。
道の中央に川が流れており、橋をかけるように道路が並んでいた。住宅街へ続く道しかないので、車が通ることはあまりない。
閑静な住宅街という言葉がピッタリだ。
住宅街の一角にさしかかってはいるが、個人宅を改装したような小さな店舗がちらほらと営業している。
スマホの現在地を確認しながら歩く。
キューブ型の四角い家や低階層マンションの間に異彩を放つ建物があった。あれが目的地だと瞬時にわかった。
昔ながらの瓦屋根を並べた漆黒の建物は一際目を引いた。
入口には暖簾が掛けられており「水橋屋」と書かれていた。
店内を覗くと、内装はその歴史を感じさせない真新しさが目立っていた。
ちょうど買い物をしていた客と入れ替わりで私が中に足を踏み入れる。
女性客はやけに色めき立っている。
由井の姿を探すまでもなく、彼は店頭で接客をしていた。
女性客が興奮していた理由に合点がいく。
彼なりに売り上げに貢献しているようだ。
「ようこそ、いらっしゃいました」
相変わらず穏やかそうな笑顔を浮かべている由井。
これは彼の営業スマイルなのだなと悟る。
私は持参してきた資料を渡すと、彼は快く受け取ってくれた。
すると、彼は私を店内の奥へ進むようにと促した。
「どうぞこちらへ」
仕事関係の話を奥でするということだろうか。
彼に先導されるがまま後をついていく。
レジ場を抜け、関係者が出入りするような廊下をさらに進む。
「あ、あの、どちらまで行くんですか?」
「ちょうど紅葉が望める場所があるので、せっかくならそちらでうちのお菓子を召し上がっていただきたいなと思いまして」
店舗はかなり奥行きがある。住宅を改築しているのか和室が2部屋続いていた。
襖は全て開けられている。
机と座布団があるので、来客用のスペースなのかもしれない。
由井について縁側を歩く。
縁側の右には庭があり、中央には大木がそびえ立っていた。
縁側を庭に沿って曲がり、一番奥まで進むと、左側に小さなスペースが設けられており、テーブルと椅子が2脚並べられていた。
さらに、そこからは来る時に見た川が眺めることができた。
私は誘導されるがまま腰掛ける。
「少々お待ちください」
由井が場を離れると、少しほっとする。友香の話もあって、変な緊張感があった。
誰もいない家の中を進むのも不安に感じていたが、景色のいい場所で和菓子を食べてもらいたいというだけなのだと安心する。
紅葉が川面に浮かび、川のせせらぎも聞こえる。昨日の料亭とはまた違った風情を感じる。
由井がお盆に2人分のお茶と水まんじゅうを乗せて戻ってきた。
「さあ、うちの自慢の水まんじゅうです」
皿を取るだけで、プルプルと揺れる弾力さが見てとれる。透明感のあるくず餅に、こし餡がぎっしりと包まれていることが食べなくてもわかった。
「いただきます」
私は木製フォークで一口サイズに切ってから口に運ぶ。
上質なこし餡にくず餅がマッチし、柔らかい味わいが広がっていく。
餡子もクドくないので、1個では物足りないかもしれない。
「すごく美味しいです…!」
お世辞抜きで美味しかった。さすが長年愛された老舗の味だ。
代々受け継がれている技法や配合等があるに違いない。
「お口にあってよかったです」
営業スマイルを浮かべる彼は、私の手にそっと自分の手を重ねてきた。
(え?え…!?)




