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第5話 本音

陽介と俺は、陽介がよく行くバーに来ている。


店内にはクラシック音楽が流れている。

ちらほらと客の姿は見えるが、一人で飲んでいる客が多い。

おかげでより店内ミュージックが響いて聞こえた。


俺達はバーカウンターに並んで座っている。

お互い業務を終え、労いのグラスを交わした。


酒を口に含み、味をしっかり噛み締めてから喉に流し込んでいく。

アルコールが身体に入っていくのを感じる。

今までの疲れを吹き飛ばすような高揚感に包まれた。


「陽介、なんで資料室にいたんだ…?」


俺は2人の静寂に終止符を打った。

陽介をちらりと横目に見る。


再び静寂が2人を包み込む。

空気に緊張感が走る。


中城さんと陽介は知り合いなのか?

何の話をしていたのか?


俺はどうしても聞かずにはいられなかった。

彼女の様子が普段とは違っていた。

陽介が彼女に何かしたんじゃないのか?


陽介を疑いたくなんかない。

陽介はいつだってかっこいい。周りからも慕われ、皆の人気者なんだ。

俺にとって憧れの存在だ。

だからこそ、このもやもやとした気持ちを晴らしたかった。


「彼女とは特に話してない」

「特別な関係ではないから安心してくれ」


そんな言葉を待ち望んでしまう。


陽介はグラスをテーブルに置きながら静かに答えた。

ドクンと胸が鳴る。


「あの人はやめておけって言っただろ」


答えははぐらかされてしまった。

それよりも陽介には俺の気持ちはもうバレてるようだ。


「前に聞きそびれてたけど、それどういう意味なの?」


陽介は横目で俺を見つめる。


「…お前、また繰り返すのか?」

「…!」


俺はその言葉に面食らってしまう。

もう思い出したくない過去がフラッシュバックする。

グラスを強く握りしめる。

酒のグラスを半分近くまで一気に飲む。

身体の熱が上がっていく。

俺は身体を陽介の方に向ける。


「過去のことは関係ない。その…俺は今彼女のことが好きなんだ」


熱を帯びていく俺に対して、陽介は落ち着いている様子だった。

いつもと変わらない様子で、飲み進めている。

陽介の言葉を待つ。

ひと呼吸おいて、陽介が話し始める。


「俺はまたお前が傷つく姿は見たくないんだ。

お前が中城さんと一緒にいたいって思うなら、俺は…応援してやれない。

もっとふさわしい人がいると思う」


真剣な眼差しが刺さる。

彼なりの優しさだということはわかっている。

でも、ここで引くわけにもいかない。


「中城さんは陽介が思うような人じゃないよ」

「お前、彼女の噂知らないのか?」

「もちろん知ってるよ。

でも、彼女からはそんな感じがしないというか、中城さんはひたむきで努力家で、

周りの人のために一生懸命で…俺はそんな彼女に惹かれたんだ」


2人の視線が激しく交わる。

グラスに水滴が浮かび上がっていた。

氷が溶け、カランと音を立てる。


「どうしても諦める気はないのか。あの人のことだ、

どうせ今も色んな男と遊んでるかもしれないような人だぞ?」

「もし、彼女に今好きな人がいるなら俺は手を引こうとは思ってる。

でもそれがわかるまでは、俺を見てもらえるように頑張りたいんだ」


平行線のまま言葉の応戦は続く。

陽介は深い溜め息をついた。


「草太、これ」


陽介は胸の内ポケットから封筒を取り出し、俺に差し出す。

中身は今話題の映画のチケットだった。


「姉貴がチケット取ったんだけど、行けなくなったからくれるってさ」

「でも…」

「おまえにやるよ。その代わり、ちゃんとはっきりさせてこい」


俺は口を固く結んで頷いた。

陽介はいつも俺のことを心配してくれる。

彼がいるということが、どれだけ心強いことか改めて感じる。

緊張の糸がほぐれる。


「ありがとう。

陽介はいつも俺のことを見ててくれるんだな…もしだめだったら慰めてくれよ」


陽介の目が見開かれる。

変なことを言っただろうか。

今発した言葉があやふやになっていく。

だいぶアルコールが回っているようだ。


「俺は…!」


陽介はそこまで言いかけて言葉を止める。

顔を伏せると、投げやりに続けた。


「いや、いい」


どこかいつもの陽介と違ったような気がした。

しかし、思考回路はいつも通り働いてくれない。

陽介は立ち上がり、上着を取る。


「そろそろ帰るか」


俺は陽介を急いで追いかける。

店を出ると、ぬるい空気が纏わりついてくる。

だいぶ酔ってしまった。

久しぶりにハイペースで飲み進めたからだろう。


「草太、俺今日は自分のマンションに帰るから」

「うん、わかった、気を付けてね」

「お前こそな」


陽介に手を振り、別れるを告げる。

おぼつかない足取りで家路へと向かう。



前野は奥村の姿が見えなくなるまでそこにいた。

内に溢れる感情を押し殺しながら。


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